「ちみもうりょう 壱 」
何百年もの時を経て復活したぬらりひょんがラスボスであり、この街に、この日本という国に、魑魅魍魎を跋扈させている原因であることが確定し、いよいよこの話も大詰めである。ぬらりひょんが果たして、僕達に襲いかかってくるものなのか、それとも僕達が仕掛けるのを待つものなのかも分からないが、物語は確実にエンディングへと近づいている。そして一人の男の人生も然り。
人の生というのはどうやら、長くはないらしい。
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僕が大天狗から札を貰って一週間が経った。ぬらりひょんと思しきものは愚か、妖怪の話題すら飛んでこないものだから、僕は神宮寺さんともお友達になることに成功し、充実した高校生活を送っていた。そんな訳だから、今日も一日、何事もなく始まり、終わるはずだった。一日が終わり始まり、また明日が巡ってくるはずだった。
「おぉい!やべぇよこれ!」
朝から明るい声で僕に何やら一報持ってきたのは、僕の唯一の男友達であり、寧ろ今まで一度も出番が無かったのが不思議なぐらい僕と関わりの深い、日野 創であった。片手に新聞を持っているようだが……
「おお、なんか久しぶりな気がしないでもないが、どうしたんだよ?こんな朝から慌てて。まぁお前が五月蝿いのはいつもどおりだけれど、今のはちょっとやりすぎというか、周りの迷惑になっても文句は言えないというか……」
「うるせえ!んなことよりなあ!あれだよ何話そうとしたんだっけそう!これだよ!おい見ろよ!『全国各地で不自然な地割れ 未確認生物の仕業か』だってよおい!お前、オカルト研究部なんだからなんかわかんねえのか!?俺気になって夜も案外寝れたけど気になるんだよおい!なあ!おい!」
彼の鼓膜を引き裂きそうなはしゃぎ声はさておき、その新聞の一面には、未確認生物、不自然な地割れ、それも全国各地となると、また新手の妖怪が、しかも相当規模のでかいものが出てきたとしか思えなかった。数ヶ月前まで魑魅魍魎の類など全く信じていなかった僕も、一瞬でここまで非科学的な思考に寄ってしまうなんて、落ちるところまで落ちたものである。
「さあ、なんとも言えないけど、相当凄いものがいるってことなんじゃあないか?とりあえず僕には何も分からないから、あれだ、部活で先輩に聞いてみるよ。」
「あ!黒川灯先輩だな!?おめえずりいぞ!俺の知らないとこで学校一の美人とイチャイチャしやがってえ!放課後俺もオカルト研究部邪魔すっから!覚えとけよ!じゃあな!」
なんだ、そんなことを思っていたのかお前は。残念ながら黒川さんはもう身も心も僕が奪ってしまったから、お前が放課後いくらアピールしようと無駄だぜ。彼女はもう、僕の彼女(になる予定)なのだから!
後、「じゃあな!」とか言ってるけどお前、僕と同じクラスじゃん。もう見えないし。
それからまた、いつもどおりの気怠い授業を受け、何となく昼食をとり、(一緒にいた創が黒川さんについていろいろ語ってはいたけれど)日常に耽っていたが……朝の新聞を見てから、また不思議な不思議な体験をしてしまうのかという憂鬱が拭えなかった。僕の普通の高校生活は、束の間だったのだろうか。お願いだから普通の生活に戻りたい。何も考えたくない。ただ毎日息を吸って吐いて過ごせればそれでいいと言うのに全く、そうはいかないらしい。
そして放課後が訪れた。いや。もう僕が授業中どうしてたかなんて言うまでもないだろう。
「いちるぅ!いくぜ!美女のまつ宮殿へ!」
誰かと思えば創か。いや、そういや放課後行くとか言ってたけど。
「ん。言っておくが黒川さんのおっぱいは僕専用な。」
「はいはいオタクは黙って部屋でハスハスしててくださいねえ〜。俺はもう見えている!黒川さんと結ばれる道が!!」
はっ。まだあったことも無いくせに何を吐かしているんだこの馬鹿野郎は。
「ん。ついたぞ。教材室だ。」
教材室は大方片付いたらしく、普通に使ってもいいと黒川さんにメールで言われた。そんなわけで僕もあれ以来ここに来るのは初めてである。なんだか懐かしい感じだ。
「おいドア開けるんだよあくしろよ!」
「わーったからだまれよ。」
少し緊張する。黒川さんはいるだろうか。
「しつれいしまーす。」
「あら。遅かったわね。」
いた。なんだかもの凄く眠そうな顔をしているが、黒川さんはそこにいた。しかも、教材室はすっかりもとどおりになっている。僕は心底安心した。家に帰ってきたぐらいの安心感があった。
「そのひとはだれ?」
「お、おっす!おれ、ひのはじめっていいます!よろしくお願いしまっす!」
ガチガチに緊張していて震え声じゃないか創くん。それでは黒川は振り向いてくれないぞ?まあ黒川さんは僕の彼女(仮)だから、お前のことなんて眼中にないんだけど!!
「うん。よろしく。……で、なんできたのかな……?」
眠そうにやれやれ、といった感じである。機嫌でも悪いのだろうか。そりゃあ、こんな単細胞女たらしが急に僕達の愛を育む教材室に現れたら機嫌だって損ねるだろうけど。僕の黒川さんはそんなにデリケートってわけでもないし、心が狭いわけでもない。だから、なにか理由があるのではと思うのだけれど。
「あ、あのこれ!ここに未確認生物がどうのこうの書いてあるんすけど、なんか役にたてばいいなぁっておもって。どうっすかね?」
「そうねぇ……地割れなんて私もよくわかんないわ……無理ね……無理無理……おやすみみかど君。後はよろしく……」
は?この美少女眠りについたんだが?え?僕じゃあ分からなかったから連れてきたんだが?え?寝ちゃうの?おねむなの?え?
「えっそれは……困るんですけど……」
「しょうがないぜ一縷。今日のところは諦めるわ。ありがとな!また邪魔すっかも!」
「あっ、おい!」
創は足早に去っていった。焦ってるようにも見えた。黒川さんは起きる気配ないし……どうしたものか。
そうだ!神宮寺さんがいるじゃないか!
そうして僕は音楽室へと急いだ。神宮寺さんにも妖怪マニアが入っているので彼女なら真摯に答えてくれるかもしれない。
ピアノの音が聴こえる!
「神宮寺さん!」
勢いよく扉を開けた。
「あら、御門君。どうしたの?」
あれからメールでかなり積極的に仲良くなろうとしたのが報われて、僕には少し砕けた感じで接してくれるようになった。
それでもまだ堅いけどね。
「この新聞なんですけど、ここ、地割れってとこ。未確認生物ってもしかして妖怪ですかね?妖怪ですよね?だとしたらなんすかね……しりませんかねぇ?」
かなり適当になってしまったがニュアンスはあっているしいいだろう。女神の答えは如何に。
「……もう来たのかもしれませんね。妖怪の王様が。」
え、それはまさか、ぬらりひょんのことか?冷や汗がどっと吹き出した。まさかこんなに早くお出ましになるとは思わなかったからだ。これがもしぬらりひょんだとして、僕達はどうすればいい?あの札で大天狗を呼ぶか?そもそも彼一人でぬらりひょんはどうにか出来るのか?
「もし私の予想が当たっているとしたら……お互い、先は長くないかもしれませんね……」
「うそ……ですよね……?適当なこと言ってると、僕、その、おっぱい揉みますよ?」
もうとにかく混乱している。本音が出たのは気にしない。それほどこの話は重要だし、もしかしたら人類の未来がかかってる可能性だってある。
その時だった。
「地震……!?」
地震というか、ものすごく巨大ななにかが地面の下を進んでるような振動が起きた。ここは五階だが、その感覚が足にひしひしと伝わってくる……!
「噂をすれば……ということですね……」
「っ!!」
僕は急いでベランダに出た。外はどうなっている!?何が起こっているんだ……!
瞬間、強烈な振動が地上を襲った。突き上げられるような衝撃に僕は上に吹っ飛ばされた。
「うぉおお!?」
「御門君!大丈夫!?」
神宮寺さんが駆け寄ってくる。神宮寺さんも相当焦っている様子で、手も震えている。
「あれは……」
空を見上げると、そこには異様な光景が広がっていた。
曇天を覆い尽くす八本の柱のようなものが、蠢きながら、ゆっくりと、「こっちを見た」
その柱は嗤いながら、僕達を舐めまわすようにじっくりと見回して、確かに、こう言った。
「死ね」
僕はその言葉だけでもう死にそうだった。




