異世界ただ1人の桶職人さんがドラゴンに愛されている件。
焦点は「後継者と伝統」。
伝統とは守る物ではなく、伝える物である。
だが、伝えるべき後継者が居ず、さらに収益も少ない。
それでも続ける意味とは?
今回はそう言うお話です。
オウド大陸で一番大きな森、エルフや妖精が住まうオセロット大森林にはいくつかの掟が存在する。その中の1つに木をむやみに切ってはならないと言う伐採制限についての掟がある。
これはこのオセロット大森林の木々は全て、この大森林の中央に位置する霊樹の子供達なのである。
霊樹はエルフや妖精にとって背を見て育つ父であり、安心感を与えてくれる母であり、同時に崇める神様でもあり、エルフや妖精に無断でこの霊樹、そしてオセロット大森林の木々を伐採する事は許されない。
この森の木々は確かに魔力を非常に通しやすい性質と、それで作ったものには木々を守護する妖精が恩恵を授けてくれると言う事もあって本当に重宝される木々であるが、その厳重なエルフ達と妖精達の守護によってそれを無事に採取出来る者は少ない。
これはそんな中、エルフと妖精との採取の許可を得て巨大な桶を作って来た人間、オルタ・ドベネックという職人の物語である。
☆
オルタ・ドベネックはオウド大陸の外れにあるとされる田舎町、ジマリ町と言う所でごくごく平凡な農家の三人兄弟の二人目の息子として誕生した。
昼間は家族一緒になって畑仕事に精を出していたが、夜になるとオルタはそこいらの木を加工しているという少年時代を過ごしていた。そんな毎日を過ごしていたのもあってか、メキメキと木を細工すると言う彼の腕は上達の一途をたどる。
それからその木を細工する腕がエルフや妖精に評価され、オセロット大森林の木を使う事を許可されるようになった。
オルタはオセロット大森林で作った花瓶に組んだ水がひどく清らかになった事に気付いて、水の美味しさによって出来上がりに左右されると言われるお酒造りに使われる全長10メートルという巨大な桶を作り始めて、早40年。
「はぁー……」
既に56にもなっておっさんからおじいさんへと職業変化、段々と息切れと腰痛がつらいお年頃になろうとしているオルタは、王都の酒場にてお酒を一杯いただいていた。
バーのマスターはオルタと既に30年以上の付き合いになる老エルフ、その口元の髭を触りながらグラスをシャカシャカと振っていた。
「マスター、お代わりを頼む」
「はいよ、オルタさん」
既に常連となっているオルタに対し、バーのマスターはおかわりの酒を注ぐ。
注がれた酒を一瞥したオルタはそれをそのまま一気に飲み干す。
「おいおい、オルタさん。一気飲みして死なれたらこっちが困るよ。
もうちょっとチビチビ飲んだらどうだい?」
「人が作ったもんで出来てるような酒だ。どう飲もうが俺の勝手だろうが……ヒック……」
「あーあ、だから言ったのに。そんなんじゃ、明日の仕事にも差し支えるよ? ほれ、酔い覚ましの回復魔法だ」
そう言うとバーのマスターの手が淡い白に光り輝いたかと思うと、オルタの身体を真っ白な光が覆う。
それと同時に真っ赤な顔であったオルタの顔がどんどんといつもの顔色に戻っていく。
「ヒック……おいおい、なんで折角人が酔おうとしているのに魔法で止めるんだよ。俺は別に、こんなのは頼んでねぇぞ」
「お弟子さんのドワーフから今日は酔わさないでくれって言われてんだ。これも立派な仕事だよ。それにオルタさんが作る桶で作った酒は、俺もエルフ達も重宝してるんだ。お前が作った桶じゃないと、あの味にならないと言うからな」
道具1つで出来が左右される。それは物作りでは良くある事だ。
道具が優秀だからこそ作れるものが優秀であると言うのは、往々にしてある事である。
オルタの桶もそれですくった水には妖精が宿り、それによって酒の出来が一段階も、二段階も出来が上がると言うのは、桶を使ったドワーフ……物を作る事に対して真摯に向き合う種族であるドワーフでさえも納得する出来なのである。
「あの頑固者で、融通が利かないドワーフにここまで信頼されているんだからな。それは誇っても良い事なんだよ、オルタさん。だからお酒を飲んで酔っ払って明日の仕事に影響すると、ドワーフに俺が恨まれるんだよ。それは気を付けて欲しいものだよ」
そうやって褒めるマスターに対して、オルタはまたしても深いため息。
「――――でもよぉ、仕事がないんだよ。桶を作る仕事がな」
オルタと言えば桶、と言われるくらい彼の桶を作る技術は高い。
けれどもオルタの店にとって桶の収益はあまり多くない。桶は確かに高価なのだが、全長10メートルにもなるその桶を作るのに約2週間に大人数が必要という多大な労力、そしてエルフや妖精に許可を得ないといけないと言う霊樹の価値としてのコストを考えると大部分が消えてしまって、全体の2割でしかないのである。
また弟子のドワーフ達と行う技術力の高さ、それに霊樹としての希少性もあって、その保証期間――――驚異の300年越え。
一度作るのに2週間近くもかかるが、作り終わると300年はメンテナンス不要と言うその桶。
長寿のエルフや妖精にとっては短い感覚なのだが、人間であるオルタにとってはその限りではない。
100年生きるだけでも精一杯の人間が300年メンテナンス不要の物を作ったら、生きている間はその桶に関わる事はない、つまり一度作ればその桶の修理費用などで稼ぐ事はない。加えて桶は毎年毎年買う物でも無く、1年に10個売れれば大儲けと言われるくらいの代物。
高性能とは言え、かなり高価なオルタの大きな桶の注文がいつも入っている訳もなく――――。
結果としてオルタの巨大桶作りは、その高い技術力故に仕事がないのである。
くわえてオルタも歳なのだだ。御年56ともなると、人間である彼にとっては巨大な桶作りはかなりの重労働なのである。
さらに他にも理由を挙げるとすると、巨大な桶作りの後継者が居ないなども挙げられるが、これがオルタが巨大な桶作りを辞めたいと騒いでいる理由である。
「もう良いだろうがよぉ~……俺はもう頑張った。修理くらいうちの若い衆にも出来るくらい教えている。
と言うか、あんなに手伝いは居ても、後継者は1人も居ないってどう言う事だよ。誰か後を継いで、俺を樂させてくれよ~」
「仕方がないだろう、お前の技術力はドワーフでさえ受け継ぐ事が出来ない技術って事だ。
確か霊樹を乾燥させて、それから釘で――――」
と、前にオルタが話したのを薄ら覚えているような口調でマスターが語り出すと、オルタは「違う」と答えた。
「霊樹はただ乾燥させているんじゃねぇ、妖精を住まわせるために水をかけながら10時間置く。そして妖精が宿った板を桶状にしてるため、妖精が嫌わない自然の竹で作った竹釘、そして同じ竹で作った輪でないと上手く出来上がらないのだ。さらに妖精の効果をより良くするために霊樹で作った板に呪いの文字も木製でないと――――」
「あぁ、俺が悪かったよ……オルタ……」
そしてまたお酒を飲むと言う作業に戻るオルタ。
マスターも苦笑しながらお酒を注ぐ。
再び2人の間に静寂が訪れたのもつかの間、その束の間を破るかのようにしてドンッ、と大きな地響きの音が酒場の外から聞こえてきていた。
それに驚いて、オルタとマスターの2人は外に出る。するとそこには、1体の巨大なドラゴンがその場に立っていた。
「「ど、ドラゴン……」」
「あっ、見つけた! オルタさん!
やったー! この前作ってくれた桶のお酒が、とっても美味しかった! 桶、もっと作って! 作って~!」
まるで子供が駄々をこねるようにしてドラゴンは――――バーの前で暴れていたのであった。
それを見て、オルタとマスターは溜め息を吐いていたのであった。
☆
ドラゴンと言うのはとても長寿な生き物であるが、中でも宝石や剣など趣味に没頭する、趣味の物を集めるのが特徴である。自分の住処に自分の好きな物を溜める事が彼らのステータスのような物なのだから。
そんな中、バーの前に現れたのは1匹の巨大なドラゴン。そのドラゴンは無理矢理オルタを工房へと連れて来させた。連れて来させないと暴れる、とバーの前で宣言でもされてしまえばオルタにとって従うしかなかったのだ。
「……ったく、俺はもう作らないと言ってんだろうが。あれは重労働なんだよ」
俺が溜め息を吐くと周りを囲んでいたドワーフ達がそんな事はない、と力強い口調の元で言っていた。
「そうだぜ! もっと美味しいお酒、飲みたい! だから作って! 作って!」
そう言う可愛らしい赤髪の少女であり、その少女の髪からは大きな赤い龍の角が2本生えていた。赤髪の少女が可愛らしい顔立ちの中で笑うと、その人形のような顔に似合わない巨大な牙が見え隠れしていた。
彼女はあの時の巨大な赤い竜が変身した姿である。この工房の大きさを見て、仕事場に入れないと言う事を知った彼女が人化して入って来たのだ。
……まぁ、この世界で叶う者が居ない絶対的な支配者であるドラゴンにとっては人に化けるなど造作もない事だったみたいだが。
「……言っただろう。俺はもう56、歳なんだよ」
「……? 私、700歳。まだまだ子供、可笑しくない」
ドラゴンの年齢と人間の年齢を比べられても困ると言うものである。
寿命も驚くほど違うため、ドラゴンにとって700歳がまだ子供だとしても人間では50も過ぎれば立派な年寄りデビューしているのだから。
「お前の桶、使うと酒。いつもより美味い。だから作れ。金ある」
そう言って赤髪の幼女となったドラゴンはそう言って、ドンッと重量感のある革袋を俺の机の前に置く。
「お前、俺のあの巨大な桶で酒盛りって……まぁ、ドラゴンのサイズならば問題ないか。けどなぁ、金の問題じゃないのだ」
そう、断じて金の問題ではない。
オルタにとっては例え大金を積まれようとも仕事をしない時はしないのだから。
「俺にとって仕事とはプライドの問題だ。信用の問題だ。
――――そして俺はしないと言ったらしないのだ。例えこの技術が俺の代で滅びる事に成ろうとも」
伝統とは守る物ではない。伝える物なのだ。
そして伝えるべき相手が弟子が居ない以上、もうしても無駄である。
――――それがオルタにとっての"技術"と言うものなのだから。
ドワーフ達も、そんなオルタの技術屋としてのプライドを感じたのか何も言わない。
ドワーフは非常に技術力が高い種族だ、そんな彼らでも妖精を使いこなすオルタが起こした技術と言うのは革新的なのである。
そしてオルタとドワーフ達の間に言い知れぬ緊張感を感じる中にて、ドラゴンの幼女だけはキョトンとした顔でこちらを見ていた。
「えっ? 欲しいと思ったから、求めたらダメなの?」
それは、欲しいと思ったら国さえも滅ぼすともいわれる欲張りなドラゴンの、そして消費者としての正しい真理であった。
それを聞いてオルタとドワーフは笑い出す。
「あぁ、そうだな……忘れてた。
俺達は――――ただ使いたい奴が居るから作っているんだから。
よし、ドワーフ。しばらくは気が抜けない作業があると思うから、一緒に頑張ろうぜ。……伝えるべき後継者については、後で考えよう」
「「はい、親方!!」」
こうして彼らは再び巨大桶を作り始める。
後日、その酒の美味しさを知った赤いドラゴンの方達から大量の注文があり、嬉しい悲鳴をあげる事になる。
これはこの世界でただ1人、巨大な桶を作る職人とそれに関わる者達のお話。
――――そして次代に、この技術を受け継ごうとする者が現れるまでのお話。
実際問題として、
〇取れる量が制限されている物を使用する
〇作るのに時間と手間がかかる
〇大きくて値段も高価
〇一度買うとしばらく買い替える必要がない
そんな商品が売れるにはどうしたら良いんだろう? やっぱり今回みたいに大きな支援者でも居ない限り難しい気がする。