その3
「あれですか、カールおじさん」
「俺は畑耕してねえぞ?」
…むさ苦しいおっさんことカールさんについて歩き始めてからおよそ日時計で五時間。
ようやく村が見えてきた。
「…疲れた」
僕は思わず呟く。
何となくだが、以前より小さく感じる身体はヘトヘトだ。
「ご苦労さん」
それを聞いたカールさんに頭をガシガシと撫でられる。力が強すぎて痛い。
「……」
僕が目線で抗議すると、カールさんは頭を掻いて、
「嬢ちゃんもそういう反応するのな」
とぼやいた。…待て。嬢ちゃん"も"?
「も、ってどういう事ですか?」
まさかとは思ったが聞き返す。
「ああ。俺には嬢ちゃんと同じくらいの娘がいるんだ」
本当に既婚者だったらしい。
…この筋肉の塊のような人の娘はどんな娘なのか想像してみる事にする。
「……ぐはぁっ!」
ダメだった。小さくてロン毛のカールさんしか出てこないっ…!
再び僕は勝手に精神的ダメージを負った。
カールさんはそんな僕を見て何かを察したらしい。
悟ったような表情で言った。
「…言っておくが、娘は嫁さんに似て無茶苦茶べっぴんさんだぞ?」
それは素晴らしい。
「…ちなみに、筋肉は?」
「ちっとも。びっくりする位小食でなぁ。俺としてはもう少し食って欲しいんだが」
正直、安心した。
誰もマッチョの幼女なんて見たくないに違いない。
それから、娘さんの話をするときのカールさんは凄く優しい顔をしている。
きっと家族思いの良い父親なのだろう。
記憶の無い僕が話せる事はほぼ無いので、聞き役に徹していると村に到着した。
村の入り口には古びた看板が立っていた。
結構傾いている。
…あれは直さなくて良いのだろうか。
文字も掠れて読みづらい。
「マチ、ムラ…?」
「そうだ」
町なのか村なのかはっきりして欲しい。
「嬢ちゃん、こっちだ」
「はい!」
そんな事を考えている間に、カールさんは少し先に進んでいた。
…町でも村でも良いか。
マチ村…?の入り口から三分程真っ直ぐ歩いた所で、
「サラぁぁぁっ!」
煉瓦造りの一軒家に突撃していくカールさん。僕も慌てて追いかける。
「お邪魔…します」
カールさんが開け放した玄関から中を覗き込む。
そこには満面の笑みを浮かべているカールさんと、
嬉しく無さそうに頭を撫でられている女の子の姿が見えた。
娘さんにしては驚くほどカールさんと似ていない。
共通点は髪の色位か。
透き通るような黒い瞳。
雪を思わせる白い肌。
背中に達する程の柔らかな金髪。
そして実に微妙な表情。
…カールさん気付いてあげて下さい。
しばらく眺めていると彼女と目が合った。
驚いたように目を見開いて、怪訝そうに首を傾げる。なんとも可愛らしい。
彼女は僕の方をじっと見ている。
僕も彼女を見つめ返す。
…目を逸らしたら負けな気がしたのだ。
しばらくして、僕らの交わす視線のレーザービームに気がついたカールさんが、僕に向け手招きする。
「おぉい、嬢ちゃん!」
「はい」
僕はカールさんの側に移動する。
僕の事を見て1つ頷き、カールさんは言った。
「サラ、新しいお姉ちゃんを拾ってきたぞ」
…どんな説明だ。
「…お姉ちゃん?」
物凄く訝しげな表情を見せる娘さん。
当たり前だ。
唐突に知らない人が家族になるなんて不安なだけだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女は言った。
「…お兄ちゃん、じゃないの?」
そこじゃなかった。
しかもその通りだ。
カールさんは何故か僕を"嬢ちゃん"と呼んでいた。
不思議には思ったが、それほど気にしていなかったし、訂正するのもどうかと思ったのだ。
「…いや、これは嬢ちゃんで…」
困惑した様子のカールさん。
「お兄ちゃん、で合ってます」
彼の言葉を遮って、僕は肯定する。
訂正しなくてごめんなさい、と心の中で謝る。
男と女を間違える方もどうかと思うけど。
そんな僕の内心など露知らず、彼はブルブルと全身を震わせ、そして叫んだ。
「なんと言う事でしょう!」
…彼は恐ろしい程の全力疾走で走り去って行った。