第43話・スタブロギナ・プラスコヴィヤ太后逝去
私はすることがない。大きなパソコンの画面もすべて消されている。右下の小さな画像もまた。部屋にほんの類はない。書類はあるが、読めない。私は手持無沙汰だった。何かが起きようとしているのに……私は気をもんでいた。
どのぐらいの時間がたったのか。やがて全員がぞろぞろと出てきた。これは私の直観だが、太后がなくなったのかも、と思った。でもわからぬ。全員の顔を私は見たが黙りこくっている。笑顔なし。ダミアンは憮然とし、レイレイは私を見ても無表情だった。見知らぬ世界に再び迷い込んでいる感覚がする。
そして全員が私が座っているソファの前で立ち止まった。総勢、ワルノリビッチ首相、グレイグフ皇太子、レイレイとダミアン、ザラスト。プラス透明人間の私で六名。
車いすのザラストさんが中心にいる。何かをしゃべっているが、首相がそれに反対しているような感じだ。ダミアンも意見を言っている。ザラストさんの言葉も私はわからぬ。はっきりいって私は何も知らぬ。ただ皇位継承者をおなかに入れているだけ。
六人の上下関係も知らぬ。だがザラストさんが中心になっていること。レイレイよりは身分が上なのはダミアだが、ザラストさんと対立している感覚を受けた。皇太子と首相は仲良しというよりも、グレイグフ皇太子は傀儡なようだ。
だが太后と首相はそんなに親密ともいえぬ。私は太后の笑顔を思い出した。あの人が亡くなったのか、実感もわかない。
孫もひ孫もあの人にはいなかった。夫もない。彼女の人生は知らぬ。しかし彼女と一緒に過ごせるのは言葉も通じぬ日本育ちの私だけだった。世界有数のお金持ちで独裁者と言われていても彼女は孤独だった。私ともキスや強制わいせつまでされてはいたが、今となっては憎めない。
孤独でかわいそうな人としか思えなかった。
この部屋にいる五人はたぶん最高機密の話し合い中だろう。しかし私には関係ない。帝王切開には間に合わなかったな、と思ったがザラストさんの声がして私ははっとした。
しかし「めぐみ」 という言葉を発されてあれ、と思った。
いつのまにか私は五人に囲まれていた。皆が私にうやうやしかった。ダミアンが私のおなかを指差して何かを説明している。
私はレイレイを見た。日本語をしゃべるのはレイレイしかいないからだ。
やがてレイレイは私を見て小さく頷いた。
「二時間後に帝王切開をすることになりました。めぐみ様は、寝ているだけでよろしい」
「……え? ち、ちょっと……」
「太后様に皇位継承者を見せてあげないといけません。またそれは遺言です」
「え、え……て、帝王切開、し、出産……いきなりすぎるわよ、私はイヤよ」
声を出せるとわかったとたん、私は叫んだ。
「絶対、イヤよっ」
五人はただ黙っている。太后の死後もなお、太后の遺言に縛られている人々だ。ダミアンが私に一歩近寄った。私は悲鳴をあげた。