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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第42話・日本食の料理人・後編

 白いご飯も久々だったが、お粥だった。夢中で食べられたが、太后の方も食べられていたようだ。点滴ばかりしていたので、食欲が戻ったならば、それはそれでよかったと思う。

「ヴァダー」 

 太后が一言いうとレイレイがさっと水をついだ。日本食の場合はお茶の方がいいのに、と思ったが波羅さんはお茶は持ってこなかったのかなと思った。できるならば波羅さんにこの点でも会って一言いいたいところだ。

 ともあれ、久々の日本食に満足していたら、太后はいつも通りにムームーのようなストンとしたドレスに着替えて広間に出て、執務を始めた。あれ、ずいぶんと元気になった。日本食のせい、というよりも、私が昨夜手を握ったせいではないかと思ったぐらい。

 太后は私を見て笑顔を見せた。私も少し笑って笑顔を返した。温泉以来また気持ちが通じたのかもしれない。また私はレイレイと婚約というか密約をかわしたので、私の方でも余裕ができたのかもしれない。しかし出産は間近だというのでどうしてよいかわからぬ。まったく私は私自身気がおかしくならぬのが、不思議だ。結構私は精神が強いのかもしれない。

 やがて太后が一声だした。意味がわからない。ダミアンとレイレイが礼をした。そしてすぐに一人の男性を連れてきた。大柄だが、杖をついている。足が悪いようだ。コックの服装をしている。そして大きなマスク。顔が隠れている。まさか、と私は思った。

「ユタカハラ」

 私は例によってバーに足をかけていたが「波羅さん?」 と思った。波羅さんはこちらへは振り向かない。背が高くでがっちり。波羅さんはそんなにがっちりしていたっけ? でもコックさんであまり見かけない名字でとなれば数は限られてくると思う。しかもレイレイは波羅さんの料理を知っているのだ。

 そして波羅さんは緊張していた私にも優しかった。しかし私のことは覚えていないのか。いや、覚えていたにしろ、私のことは無視するように言われているのかもしれない。

 透明人間だといわれているならば当然の態度かもしれぬが、私はもどかしかった。だって久々の日本人なのだ。

 太后は波羅さんには直接声をかけていないが、レイレイの説明に頷いている。これは上機嫌な証拠だ。しかもマスクのままでの表敬訪問はありえないが、波羅さんは料理人だしそれもありなのだろうか。

 しかし私が言葉をかけることはできない。もし日本語で話しかけたら太后は何をいうだろうかとまだ怖い。そうだ。やはり私はまだ太后が怖いのだ


 太后は何かを話しかけている。

「▲◎◇□」

 私が見る限り、外部から人を招くなんて初めてのことではないか。しかも日本人、しかも調理人。すごい変わりようだ。

 波羅さんはメイディドウイフ語で応じている。さすが帝国ホテルの調理人だ。何語でも国交がなくてもしゃべられるのか。いや、待てよ。どうもおかしい。

 私は鏡越しに波羅さんを見る。あんなに大柄ではなかったようにみえる。杖もどうしてついているのか。私は波羅さんを、おぼろげにしか思い出せない。ほんのすこしだけのつきあいだったし、無理もない。でも私がおいしいというと本当に喜んでくれた。手の込んだ料理だった。それがメイディドウイフでは、日本食であっても、お粥と卵焼きとみそ汁。具も豆腐ではなくてみそをお湯で溶いただけのもの。帝国ホテルの料理人さんじゃないのでは? 私はどきどきしてきた。でも私は透明人間だ。マスクの下の波羅さんの顔は見れないだろうか。私はそっと背伸びをしてみた。やっぱり違うような気がする。私は人の顔を覚えられない自分の頭の悪さを恥じた。横顔を見て鼻の部分が妙にへこんでいるような気がする。

 そのうちに波羅さんは深く礼をして出て行った。太后は後姿を見送る私を振り返ってまた笑顔を見せた。これはめずらしいことだがなんとなくもやもやするものがあった。でも一度は会ったことのあるような気がする人だ。波羅さんでもなければ一体誰だろうか。


 そして昼ご飯は日本食ではなく、普通のスープにパン、魚のソテーだった。いつも通りだ。太后はワインなど飲まないで缶ジュースだ。世界有数の金持ちだといのに宝の持ち腐れである。でも八十才もすぎていればこんなものかも。

 ダミアンとレイレイが診察にきた。私は言われるままにソファに座りおなかを突き出すと太后がよろけた。アッという間もなく、ダミアンが何か叫び、太后はレイレイに抱かれ奥のベッドに連れ込まれていった。私はそれきり太后と話していない。

 ダミアンやレイレイが持ってくる点滴だけではすまなかったらしく、事態が急に動き出した。


」」」」」」」」」」」」」」」


 まず、グレイグフ皇太子やワルノビッチ首相が見舞いにきた。ゾフィは来なかった。二人の深刻そうな顔をみて「悪くなったのだ」 と思った。良くなったり、悪くなったり。どういうことだ。私は波羅さんのことも忘れた。次いでザラストさんも電動車いすで操作して太后のベッドわきまでやってきた。私にはその面会の様子は見られない。カーテン越しに姿が見えるぐらいだ。そのカーテンも結構分厚い。そして面会者は全員、私が太后のカーテンのすぐ横にいるのに見えないふりをする。

 しかしこれは……。メイディドウイフの主要メンバー全員が集合している。

 もしかして悪いどころか本物の「危篤」 かもと思った。ザラストさんは私の顔を見てもそしらぬふりをした。私は車いすですれ違う時に目礼だけはした。するとザラストさんの手首が浮いて左右に振られた。何かの合図? 

 ザラストさんはすぐにカーテンの奥に引っ込んでしまった。私は手持無沙汰で広い部屋をうろうろする。ベッドの横に行こうかと思うとレイレイがすぐに顔を出して「そこのソファでじっとしていてください」 といった。それきりレイレイもベッド横に行ってしまった。

 私はこの広い部屋に一人きりになった感覚だ。しかし部屋の一番奥には太后とグレイグフ皇太子、首相、ザラストさん、レイレイとダミアンがいる。そして廊下にも大勢の人の気配がするのだ。こういうことは初めてだ。



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