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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第41話・日本食の料理人・前編

 レイレイが部屋から出てから数分、私はぼうっとしてしまった。あれでプロポーズを受けたことになるのだろうかと。夢見ていたロマンチックなプロポーズではない。私の人生はいったいどうなるのか。

 直後にダミアンの出入りがあった。前の時もそうだったが、本当に間一髪の時にレイレイは話しかけてくる。一度は隣にダミアンがいるというのに、日本語で忠告をしてきたこともある。信用していいのだろうか、いや、信用するしかない。

 そして今やカードは私がもっている。私のおなかの中にいる赤ちゃんと私の身体だ。

 皇位継承権も……私は持っている。ザラストさんが証言したのもあってこれは確かだ。そしてレイレイもダミアンもあるという。

 そうだ、これは、どういうことだろう。似ていなくとも似たような感じをもつのは、血縁者だからか? レイレイとダミアン。地位的にはダミアンの方が医師の資格があって上の立場にいるようだがどうなのだろうか。


 ダミアンは点滴のバッグを手で持っていたので取り換えにきたのだろう。ちらっとしか見ていないが疲れているように見えた。私はたぶん気分が高揚していたのだろう。ベッドから降りて部屋の奥、つまり太后が寝ているところにに行く。

 こういうことをするのは初めてだ。カーテンをそっと開けると太后は寝ていたがダミアンは点滴液の交換をしているところで私を見てびっくりしたようだ。すぐにレイレイが再度入室してきた。

 やはり部屋に監視カメラがあるのだ。私が太后に近寄ったので警報か何かが鳴ったのか。レイレイは私を見て言った。つい数分前まではキスをしたレイレイが。

「恐れ入りますが、めぐみ様はベッドでいてください」

「太后の様子を見に来ただけです。今日はずっと会っていないので……」

 ダミアンがレイレイに話しかけて二人は話し合っていた。それから同時に私を見た。レイレイが口を開く。

「太后様は寝ておられるだけです」

 私は太后を見る。小さく口を開いて確かに寝ている。私が横にいるのに気づいていない。口元がしわしわでのどの奥に引っ込んでいるようだ。もしかしたら入れ歯をしていたのか、と思った。髪はほどけてざんばらでシルバープラチナの髪が汚い灰色に見える。顔つきが全体的に黄色く見えて「この先長くないな……」 と思った。だとしたらレイレイが私に対して行動を起こすのはあせったからだろう。

「めぐみ様、ベッドにお戻りください」

 私は首をふって太后に近寄った。制しようとしたダミアンとレイレイに首を振った。

「少しだけ手を握らせてください」

 二人の返答を待たずに、私は太后のしわがれた小さな手を握る。メイディドウイフの独裁者である太后はたった一人でキングサイズのベッドで寝ている。本当に小さく見える。これが世界で謎とされる独裁者の正体だ。私はいや、私のおなかの中の胎児がその後継者になるのだ。

 両手で強く握ると太后は薄く目をあけた。私の顔を見、次いで私のおなかを見た。そして薄く笑った。

「れ、れびょ……れびょう……の……く……」

 子供、といいたいのだとわかった。この人は本当にこの世を去ろうとしている。太后はダミアンに気づくと何かを命令した。ダミアンとレイレイは「はっ」 と敬礼をした。太后は私を見て再び笑顔を見せ、それから目を閉じた。

 ダミアンが私に何を言うとレイレイが通訳した。

「ベッドにお戻りください」


 私はカーテンをあけて自分のベッドに戻ろうとした。レイレイがそっとついてきて私の首筋にかぶせるように言った。

「近日中にご出産ということになります。誠心誠意お守り申し上げます」

 え、と思う間もなく、私の身体はベッドのあるカーテン内に押し込められてレイレイは去った。レイレイの忠告だ。

 またもやダミアンの眼をかすめて教えてくれた。たぶんさっきの太后のいったことだろう。れいびょうのく、といって「早く赤ちゃんを出してやれ」 とでも命令したのだ。

 畜生、クソババ……。私は唇をかんだ。帝王切開……怖いというよりおクソババの罵る感情の方が強い。混ん畜生とばかり私はベッドに飛び上がってどーんと横になった。

 あったまくるわーぁ……



 翌朝、私が起きると太后がすでに起きていた。真ん中のカーテンはとりはらわれて二人ともベッドの上で食事をとるようになっていた。対面で食事をとるのは久しぶりだ。

 例によって白衣のダミアンと執事服のレイレイがそばにいた。そしてその食事はいつもと違っていたのであれ、と思った。日本食だったのだ。

 白米、それと懐かしい卵焼き、黄色の四角の卵焼き、それとお味噌汁……

 私は就寝直前にレイレイから聞かされた言葉に怒るのを忘れ、なつかしさのあまり「うわー」 と声をあげてしまった。

 レイレイが説明した。

「特例として日本食の専門家を呼びました。太后の調子を取り戻すために簡素な日本食がよいと以前からレクチャーを坂手大臣から受けていたからです。そして大臣推薦の料理人に特別に調理していただきました」

 えっ!

 国交がなくても、坂手大臣はここまでの力があるのか。外務大臣としては、やり手ではないか。すごい。

 グレイグフ皇太子の結婚式にも呼ばれ、理玖のバレエもみて、太后にお菓子をあげたり日本の温泉までその良さを伝えたのはすごい。

 ダミアンは言った。

「ユタカハラ、ハラショージャポニカ▽◎▲▲」

 その時に私はアレ? と思った。

 ユタカ。

 ……聞き覚えがある。レイレイが意味ありげに私を見てウインクした。あれ、と思った瞬間レイレイは素知らぬ顔をしてサーブをした。しかし、おはしはない。スプーンとフォークで食べろというのだ。そして日本の食器ではなくいつもの大きな平皿だ。いつもの銀食器で伝統ある日本食を食べるとは思わなかった。坂手大臣は食器まで気がまわらなかったのだろうか。ジャポニカのユタカハラ……名前かな、私はそこまで考えると思わず声をあげそうになった。

 もしかしたら帝国ホテルの波羅ゆたかシェフかもしれない。いや、坂手大臣の紹介ならばそうかも。絶対にそうだ。それにしても私は人の名前や顔を覚えるのは壊滅的に苦手なのにすごい。

 太后はめずらしそうに卵焼きをフォークでさして食べている。食欲はなさそうだがでもベッドの中で起き上がって食べている。私はほっとした。太后は持ち直したのだ。しかも「めぐみ、おいしいか」 とジェスチャを出して聞くではないか。

 私は頷いて「ハラショー」 とだけ言った。本当に懐かしい味わいだった。白いごはんとみそ汁を食べられるとは思わなかった。でも波羅ゆたかシェフは帝国ホテルのシェフでとても手の込んだものをたべさせてくれたはずだが、太后の高齢と病気を気にしてかとても簡単すぎる料理を出してきたなと思った。だってメニューが白いごはん、みそ汁、卵焼きだけだもん。

 材料がそろってさえいれば、私の方がしゃけを焼いたり、ノリの佃煮をだしたりもっとヴァリエーション豊かに出せると思う。でもおいしかった。みそ汁もなんとなくお父さんが創った方がおいしいように感じたがここは日本ではなく、メイディドウイフだから勝手が違うのかも。これからも日本食が出るなら波羅さんもいつか私の存在がわかってくるのではないだろうか、私はそんなことを考えた。


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