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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第39話・ゾフィ皇太子妃と対面・後編

 私のお腹にいる胎児を見ているのだ。グレイグフ皇太子がゾフィ皇太子妃の手をそっと握ったのがわかった。このやろーと思いきや、ゾフィ皇太子妃がいやもうゾフィでいいや。ゾフィがその手をそっとはずしたのを見た。

ていねいな態度だが拒絶した? きのう結婚式をあげたばかりなのに? ちょっとグレイグフ、あなたはゾフィから嫌われているの?

 ゾフィが私の方に視線を向けた。いや、私のお腹を見ている。しかし親しみも何もない、虚無な視線だ。ゾフィは私ではなく私のお腹のふくらみだけを見ている。

 私は直感した。彼女は妊娠していない。

皇太子との結婚は形だけだ。私が出産した後、彼女が母親になるのだろう。だって私の子は太后の子で、その子がメイディドウイフ王国の跡継ぎだから。

 このパズルは太后が作った。強引であっても、それを完成させるだけの権力があるのだ。

 しかしグレイグフ皇太子はどう思っているのだろうか。皇太子も皇太子妃もこの太后のおもちゃなのだろうか。だとしたら一体なんという欲深いババアなのだろう。欲深くて権力があれば何をしてもいいんだろうか。

 私はその虚無な目を見たことがあると思った。

 はっとした。時々太后はうつろな目をしたざんばら髪の女性をモニターで見ている。一日に一度は必ず。ゾフィはその彼女の目とそっくりなのだ。

 メイディドウイフは、謎が深すぎると思った。

 それでも太后は私に裸を見せてくれた。傷だらけの肌を。多分グレイグフもゾフィもそれを知らないだろう。知っているのは身体に直接触る医師のダミアン、レイレイ、そして多分私だけ。ザラストさんはどうかな? 弟だといっていたから知っているかな。ここまで考えてヨハンの顔の傷も思いだした。あれもこれも何か関連があるはずだ。私の直感だけど。

 日本語で意思の疎通ができるのは、レイレイだけだ。私はレイレイに聞かねばならぬことがいっぱいある。太后に復讐するならば、レイレイを味方にしないといけない。彼は私に服従するそぶりを見たが、「本当に?」 私のいうことを聞くだろうか。またそれも太后の想定内としたら、私はどうなるだろうか。

 レイレイに聞くことも大事だが、簡単な英語ながらも話せるザラストさんとヨハンからも聞き取りをしないといけない。となると太后から離れる時間、一人になれる時間が必要だ。それも出産するまでに、必ず。考える時間も、すべてが。私にはすべてが必要だ。

 すべてがわかったら、私は日本に帰れるだろう。

 出産までが勝負だろう。

 私はダミアンにお腹を器具で撫でられながらゾフィを見つめる。私は動かない。多分ぼんやりとした視線をしているだろう。ゾフィは私のお腹をずっと見ていた。

 彼女とも話ができたらいいのに、ちらりとそう思った。

すると、テレパシーが通じたように、ゾフィと目が合った。視線がかち合ったというべきか。するとゾフィが私の方に近寄ってきた。視線には親しみは一切ない。事務的な視線だった。

 ダミアンが振り返った。私はお腹を出したまま座っている。グレイグフ皇太子がゾフィの腕をつかもうとしたが、ゾフィはまた腕を振り払った。

「△◇▼、◆◆!」

 何をいっているかわからない。するとゾフィはゆっくりと言い換えた。

「ホワッツユア、ネーム?」

 英語だ! 彼女は英語が話せる。

 私はすぐに「メグミ、マイネームイズ、メグミ・バクセツ」 と返した。

 ゾフィはにこりともしない。しかし軽く頷いた。私も笑い返すことはしない。

 ゾフィは次に口を開いた。

「メグミ、ユアプレグナンシィ……」

 プレグナン……妊娠だ! ほとんど使わない英単語だが私はゾフィが何を言おうとしているのか理解した。私は大きく目を開いた。しかし言葉が出ない。

 私は立ち上がろうとした。ダミアンが私を押えた。同時にグレイグフ皇太子がゾフィの肩をつかみ、ゾフィを向き直らせて平手打ちをした。パンという音がした。もう一度、また一度。そのたびにパン、パンという音がする。グレイグフ皇太子の顔は真っ青だった。大柄な人なのに、小柄なゾフィを思い切り平手打ちする。つい前日に結婚式をあげたばかりの妻に。

 太后が立ち上がった。レイレイは太后とゾフィの間に立った。迎撃の態勢だ。ダミアンも私のお腹をかばうように身構えている。今ゾフィは太后の前で決して言ってはならぬ言葉を使ったのだ。それぐらい私だってわかる。太后の許可なしで私の名前を聞いたうえで、私の妊娠に触れたのだ。拉致までして人目に触れさせずに太后と過ごしている。これは絶対の秘密なのだ。それをやすやすと破り、プレグナンシー、妊娠と言う言葉を発した。

 ゾフィは床に倒れた。ゾフィの鼻と口から血がでてきた。小さなティアラがはずれ、髪がみだれた。耳の前の飾りがちらりと見えた。耳たぶのピアスではない。耳の前だ。ということは、やはりこの人もメイディドウイフ王室の血縁者なのだ。グレイグフ皇太子は構わず今度はゾフィの膨らんだお腹を蹴った。ゾフィは背中を丸めた。スーツの裾から白いものが出ている。クッションだ。やはり妊娠を偽装していた。たとえ妊娠していなかったとしても、無抵抗な女性のお腹を蹴るなんて。そういえば、私も小学生の時にいじめにあって、男の子からお腹を蹴られたことがあったわ。あれは許せなかったわ。今でも許せないわ。私は思わず立ち上がって怒鳴った。

「ちょっと! もう倒れているじゃないの、これ以上蹴るのはやめなさいよ、かわいそうでしょっ」

 グレイグフ皇太子はぎょっとした顔で私を見た。日本語がわからないにしても、私が咎めたのはわかったのだろう。足をひっこめた。ダミアンやレイレイまでも私を見た。太后はパソコンの前から動かない。ただ目を細めた。

 ゾフィは動かない。失神している。太后が短い言葉を発した。

「ゾフィ・コルンパコロゾフゥウワッ、◎▼◇ッ」

 同時にダミアン、レイレイ、グレイグフ皇太子が太后に向き直った。三人そろって直立し、右手を頭の横にかざすポーズをした。三人とも呼吸が一緒だった。ゾフィは床に転がったままだ。ノックもなしに近衛兵、結婚式に見かけた兵たちが五人ほどやってきた。五人とも太后に向かって短い拝礼をしたあと、失神したゾフィを肩でかついで連れて行く、いや連行か、担架にものせない、鼻血も出ているのに、ケガのチェックもない。二日前に坂手大臣はじめ人数が少ないとはいえ、結婚式をあげた皇太子妃の扱いではなかった。メイディドウイフ王室の血をひいてはいても、ゾフィは単なる飾り物、ダミーの皇太子妃であったのか。

 私はグレイグフ皇太子の顔を見たが今度は真っ青だった。太后は皇太子の顔をにらんでいる。ゾフィのふるまいを押えられなかったことに怒っている。

 ダミアンもレイレイも太后をみていた。ゾフィを連行した五人の兵隊は余計なことは全くしなかった。誰も私の方を見ない。私は透明人間だから。

 私はゾフィがどうなるのかと思った。そしてそういうことが過去にこの部屋で何度もあったのだろうと思った。これからも起こりうるのだ。

 太后はものすごく怒っていた。この人は誰も信用していない。孤独なのだ。権力を持った老婆の裸は傷だらけだ。だから私に子供を産ませる。これからもこの権力を維持するつもりだ。

 透明人間の私は捨て駒だ。

 ずるりと胎児が動いた。

 私はそっと突き出たお腹を撫でた。私が妊娠しているのだ。

 










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