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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第三十三話、ヨハンのキス

 メイディドゥイフでは私は一人ぼっちだが、私が妊娠して出産する。その子供が王位継承権を持つことは、決定しているのだ。これを知っているのはごくわずか。

 太后が決めた。レイレイとダミアンはその手下。ザラストさんはこの計画を知らなかったという。確かに初対面ではそういっていた。ザラストさんは信用していいのだろうか。そしてこのヨハン。この人はダミアンの兄だという。その顔の傷、私のカンだがこれも太后にからんでいるような気がする。

 ヨハンには長い名前はついていない。私のおばあさん、ダリアのように。ということはもしかしたらヨハンも太后からみたら罪人なのかもしれない。ザラストさんの庇護にある罪人? よくわkらない。

 私はよく考えて行動しないといけない。こうしてザラストさんに会うこと自体太后からみたら「裏切った」 ことになるだろう。

 私は動画をみる。太后が取り仕切る皇太子の結婚式のミサだ。

 太后が背中を見せて並んでいる皇太子夫妻の前に立っている。太后の後ろには、大きな白いそして細かい刺繍をしているような帽子をかぶった枢機卿が数人いる。私は目をこらして、坂手大臣の姿をさがしたが、この画像ではわからない、もちろん理玖の姿も見えない。

 日本人のみならずアジア系、アフリカ系の人は皆無だった。

 ヨーロッパ系の人は何人かいたと思うが私にはメイディドゥイフどうかの人かの区別はつかない。ロシアの首相かな? というようなおじさんを見たが新聞と同じ人かどうかも自信がない。

 というかメイディドゥイフという一国の皇太子の結婚式というのに、すごく少ない人数だ。はっきりいってお金はかかっているかもしれないが、寂しい感じをうけた。


 太后が片手をあげると正面前にいる二人はまた太后の前にひざまづいた。太后は二人に背を向けて扉の方に出た。退出か。

 ここまで見るとザラストさんがレイレイに何かの合図をした。

「太后が自室に戻られます。めぐみ様もこの部屋からご退室を」

 ザラストさんが言った。

「めぐみ、アゲイン、シーユー?」

 英語だ、こっちが幼児並とわかったので超簡単な英語を使っている。アゲインはまたね、という意味だ。シーユーアゲイン、またね、私は言った。

「オフコース、シーユーアゲイン、スーン」

 もちろんまた会うけど、すぐにねという意味でついてにスーンをつけておく。英語の点数は悪い方だけどそのぐらいなら大丈夫。ザラストさんが私の言葉が通じて逆にほっとした感じを受けた。レイレイに連れられていく私にヨハンが扉の所で「めぐみ」 と呼びかけた。

 私はヨハンにも笑顔を向けた。

 ヨハンは笑顔を返し大きな一歩を踏み込んで、私の片頬にキスをした。一瞬の事で私には何がおこったかわからなかった。同時にレイレイがまたヨハンにつめよったがザラストさんがレイレイに一声なにかいうとレイレイは扉をやや乱暴にしめた。

 私はどうしてよいかわからないまま、レイレイにうながされ太后の自室に戻るるべく走った。鏡の間を通り抜け、見慣れた短いそして広い廊下を抜ける。両側に飾られている生花の匂いを思い切り吸いながら戻る。太后の部屋の前にきた。レイレイが呼吸を整えながら、見慣れたメイディドゥイフの国旗の飾っている部屋をあける。

 太后の自室イコール私の部屋なのだ。


 レイレイが私を部屋に戻すと私はやれやれと思ってソファに腰かけた。腰を下ろした途端、疲れを感じた。お腹の中の子供は大丈夫だろうか、私は両手をお腹にやりさすった。

 時計を見たが三十分もたってない。今までのことを思えば初対面の短い時間で充実した話し合いができた方だろう。私もパニックにならず、冷静に話を聞けたし、自分の要望も伝えられたと思う。何よりも太后以外に私の血縁者のザラストさんと話ができ、かつザラストさんが冷静にしてくれたおかげで私も平静を保てたのだ。ザラストさんに会えてよかったと思った。

 レイレイはまだ部屋にいて顔がこわばっていた。でも私をねぎらってくれた。

「めぐみ様、疲れたでしょう」

 私は私に向かって頭を下げたレイレイを見る。

 レイレイが顔をあげた。座っている私と目線があった。私は微笑する。レイレイも微笑んだ。私は言った。

「レイレイ、よくザラストさんと会えるよう、取り計らってくれたね、ありがとう」

 私がレイレイにお礼をいうのは初めてだ。レイレイは思いがけなかったようだ。

「いいえ、めぐみ様、こちらこそ……」

 レイレイは何かを言いたげだったが、言葉を最後まで言わなかった。太后はいつ戻るかわからない。私は急いでレイレイに聴く。

「今度ザラストさんにはいつ会えるかしら」

「調整します、そして太后にはこのことは」

「わかっているわ、言わないわ」

 レイレイはうなずいた。それから早口で言った。

「でもめぐみ様、ザラスト様はともかくあのヨハンには気をゆるさないでください」

 私は最後にヨハンから受けたキスの感触を思い出した。レイレイがあっという顔をしたことも。私は息を吸いながらゆっくりと聞く。

「それはどういうことかしら?」

 レイレイは言葉につまったがやがて言った。

「だって、めぐみ様にキスを、無礼だと思いせんか」

 私はレイレイの顔を数秒見つめていた。私の頭の中には閃光が走っていた。今まさに私とレイレイの立場が逆転しているのだということ。

 私はレイレイには答えずふっと笑った。レイレイは「ヨハンは」 と言いかけたが私はレイレイを押えた。ヨハンがどういう人か知るのはあとでもよい。レイレイには聞きたいことが山盛りにあるが、今この場で聞かなくともいつの日かたっぷりと聞けるだろう。私にはその確信がある。

 私はレイレイにきっぱりと言った。

「レイレイ、ザラストさんに会える時が来れば教えてちょうだい、頼んだわよ」

 レイレイは時間がないのだろう、すっくと立ちあがって私に向かって再び拝礼をした。

 私はソファに座ったままだ。

 レイレイは小走りでドアに向かい私を振り向いた後、ドアを閉めた。

 一分後に太后が戻ってきた。




 いつもの日々だ。

 太后は少し疲れているようだったが、私を見ると笑顔になり「リク、リク・トモナガ、バレエ?」 と聞いた。太后は太后なりに私に気をつかっているのだ。

 私は心が軽くなっていた。太后に向かい日本語で言った。

「理玖は素晴らしかったわ、ありがとう、すぱしーば!」

 太后はすぱしーばの意味がわかったらしい。メイディドゥイフ語の発音にはほどとおかったが私がありがとう、といったことを!

 太后は笑顔が続いている。上機嫌なのだ。皇太子の結婚式は無事終わったし。

 太后は私にメイディドゥイフ語で何かを囁いた。私はもちろんわからない。首をかしげて「?」 というポーズをとると太后は首を振った。


 理玖はもう帰国したのだろうか。坂手大臣はどうしたのだろうか。ミサの中にはいなかったが、カメラの映らないところにいたのかもしれない。理玖と坂手大臣とは話ができたのだろうか。坂手大臣と皇太子は何度か話をしているから、私の話題は出たのだろう。

 皇太子妃となった女の子は綺麗だったが、私のことをどう思ってるのだろうか。あの子も妊娠五か月……本当だろうか。少なくともあの子はグレイグフ皇太子が日本人の私を一度皇太子妃と迎えるつもりだったことは知っているはずだ。あれからどういう話なったのだろうか。赤ちゃんのすり替えは皇太子妃はしょうちしているのだろうか。そんなにうまくいくものだろうか。


 私は太后に聞いても教えてもらえないことはわかっているので何も聞かない。私はザラストさんに会った。会ってから私の心の中の何かが変化した。それが何の変化は自分でうまくは言えない。

 でもメイディドゥイフの王位継承権って私にもあるのよね……?

 でも今はそれすら些末なことにも思える。

 私は決めたのだ。

 これからはザラストさんを頼りにするつもりだ。

 太后はもう何も教えてくれないと決めた以上、すがりつくようなみっともない真似はしない。

 そして。

 赤ちゃんは素直に産むつもりだが、黙って言いなりになるつもりはない。


 頼れるのは私一人。

 レイレイを上手に扱わないといけない。

 ヨハンは私に好意をもってくれている。

 ヨハンのキスはレイレイにとっては不愉快だったようだが、ザラストさんは咎めなかった。

 何かあるのだ。

 太后は専制君主だが、人間関係は極薄くて、薄っぺらすぎるぐらい、薄っぺら。

 メイディドゥイフがこんなだとは思わなかった。

 こんなに狭いそして強い権力を持っている太后がこんなだとは。

 ……だとしたら、

 もしかしたら、ね。

 私、

 いじめられっ子のブスだった私でも、

 太后の子供を産む以上は、

 それを利用して何かを、

 することができるかもね。

 

 

 その思想は危険だ。

 太后が私の考えていること、ザラストさんに会ったことすらわかればもう一緒の部屋にいることもないだろう。だから黙っている。

 その思想は隠す、隠せ。

 毎日会うのは太后。

 毎日会うのはレイレイ、ダミアン、

 これから毎日ではないが会うつもりなのは太后の弟であるザラストさんそしてダミアンの兄だというヨハン。

 たまに会うのはグレイグフ皇太子、それとワルノリビッチ首相。皇太子妃はわからない。


 それだけだ。

 たったのそれだけ。

 太后は八十歳という高齢。今日の皇太子の結婚式のミサもあげて疲れたのだろう。正装を解くと早々にベッドに向かった。私も付き添ったが、天蓋ベッドのレースのカーテン越しにダミアンが太后に点滴を保護越しているのを見た。

 太后はすぐに眠ったようだ。ダミアンがつきそっている。こういう時はダミアンもレイレイも私にはメモくれない。だから私も早々にベッドについだ。

 私は一人になった、ベッドの中で薄ら笑いをしたと思う。

 世界中の羨望を受けているお金持ちの専制君主はたったのこれだけの人間だけでメイディドゥイフを動かしているのだ。

 その権力。

 果たしてそれはなんと薄っぺらいものか。

 太后はもう八十歳。

 いつ死んでもおかしくない。

 そして私は十六さい、もうすぐ十七歳。

 赤ちゃんもいる。

 お腹の中で赤ちゃんはすくすくと育っている。

 私はこの赤ちゃんに対して不思議と憎しみは感じない。この子は次の専制君主になるのだ。いや君主になる前までに太后は死ぬだろう。死ぬ前に私を拉致したのだ。

 私は 彼女があの屈辱的なセリフを吐かれたのを覚えている。

 ……れびょうのくれびょうのく……

 あれは、あかちゃん、という意味だったのだ。

 私はお腹の上においた手をこぶしにする。

 太后の赤ちゃんではないわ。

 私のお腹にいるのは、

 私の赤ちゃんにするわ。


 私は太后の意図通りに産むつもりになった。

 だけど心の中は太后の意図通りにはならない。

 私は太后に対しては必ず復讐するつもりだった。





 


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