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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第三十二話、レイレイとヨハン

 レイレイが私とヨハンの間に割り込んだ。私の視界がレイレイの背中でいっぱいになった。ヨハンが立ち上がった。レイレイと同じ背丈ぐらいだ。レイレイがヨハンの顔を殴った。

 えっ? ヨハンも殴り返す。思いがけない展開だった。ザラストさんの車いすがひいて「ヨハン、レイレイ、△□◇っ」 と叫んだが二人は無言のままで取っ組み合いをはじめた。

 ザラストさんの車いすが二人のどちらかの足にあたりザラストさんの身体が斜めになってかしいだ。とっさに私は「危ないからやめて」 と叫ぶ。すると二人は同時に無言の取っ組み合いをやめた。そう、これはケンカどころではない、内密の話なのだ。大の男三人が恐れる太后とは内緒内密の話。


 二人はザラストさんを横に立っている私の前に膝を揃えて拝礼した。私の一言で取っ組み合いをためて拝礼したのだ!

 私はこの大きな変化に驚きつつ努めて落ち着いた声を出した。

「ケンカはだめ、ザラストさんにもしなにかあったらどうするつもりなの?」

 レイレイがすぐに反応した。

「申し訳ありません。めぐみ様、でもこのレイレイをお忘れないように。私はあなたの味方です。日本から連れ出したのは私ですが私はめぐみ様の味方です」

 こんなに慌てたレイレイを見るのは初めてだ。レイレイは息をあらげて私を見上げている。レイレイが諸悪の根源である太后の片棒を担いで私を拉致したんじゃないか、それを何が手柄顔にいうのかと思った。

 ヨハンがレイレイに向かってメイディドゥイフ語で何か言った。

 もちろん私には理解できない。でもヨハンの言うことはわかる。日本語でいうな、とかそんな感じだった。この時に初めて私は、レイレイと自分の立場が逆転したのを感じた。

 私はレイレイの上の立場になっている!


 ザラストさんがレイレイに何かを聞いている。多分私が何を言ったのかを聞いているのだ。ザラストさんは私を見上げてにっこりとした。

 ザラストさんがまた何か言った。レイレイとヨハンはひざまづいたままだ。私はわざと彼らに立ち上がるようにとは言わなかった。

「太后のミサがあと数分で終わる。とにかくめぐみは出産まで身体を大事にするように。今後とも太后とは内密で話し合いの機会を持つ。このヨハンは太后の前には出ることができない男だが何かと役に立つから覚えておくように」

 私はザラストさんに聞いた。

「ヨハンさんは誰なの? レイレイのような召使なの?」

 ザラストさんが何か言った。レイレイが通訳を躊躇するので私は目でレイレイにちゃんと通訳するように伝えた。レイレイが言った。

「ヨハンはダミアンの兄だ。しかし彼は本来死刑になるところをザラスト様が預かっている。だから目立つ動きはできない」

 私は驚いた。

「ヨハンがダミアンの兄ですか、道理でなんとなく似ていると思ったわ」

 ヨハンがレイレイの方を向いてまた何か言ったがレイレイは無視していた。わざと通訳しないでいるんだ。レイレイにそんな意地悪な面があるとは思わなかった。

 私はレイレイに構わずヨハンに向かってへたくそな英語で話しかけることにした。えーと似ているって英語でなんて言ったっけ? シムラーだっけ? 私はダミアンによく似ているあごのあたりをヨハンに近寄ってさわってみた。

「ダミアン、ブラザー。シムラー、ヨハン?」

 あとで考えてみればそれは驚くべき行為だった。

 大の男の人に対してひざまづいてくれるからといって、腰をかがめてそのあごにさわったのだから。

 苦手な英語を補足するためとはいえ、初対面の男性のあごにさわったのだ。ざらっとしてあごひざそりあとの感触が初めてだったしそんな自分にも驚いた。だが、ヨハンがすごく喜んだ。

 私にもっと膝で近寄り、私の手を両手で取り、手の甲にキスをしてきた。そして私の顔を見上げてにっこりした。目が片方しかなくて頬もきずららけ、レイレイやダミアンのように耳飾りもない。執事服を着ていてもアクセサリーも何もない地味な人だ。だが笑うとダミアンよりも愛嬌があった。傷だらけの顔でこれなのだから元の顔はイケメンのダミアンよりもずっとイケメンだったに違いない。彼は死刑になることろだった? 顔の傷はもしかして太后につけられたもの?

 彼は太后の怒りをどうしてかったのだろうかと思った。


 レイレイは私とヨハンの様子を交互に見ていた。こんな曖昧な表情をするレイレイを見たことがなかった。度を失ったレイレイ、我を失ったレイレイ、ヨハンの通訳を断るレイレイ。

 全ては私が原因なのだ。

 私は自分の心の中で生まれ出た奇妙な感情にくすぐったいような感じを覚えた。

 これも初めての事だ。


 ザラストさんが言った。

「めぐみはしっかりしていてよかった。話すことができて、私は安心した」

 私はザラストさんに向かって微笑んだ。ザラストさんは頷く。

「めぐみ、時間がない。今から言うことをよく聞いてほしい」

「はい」

「今後も公式行事で太后は部屋を開けることがある。それは事前にレイレイがわかる。そしてこの階には私の部屋と太后の部屋、そして鏡の間、謁見室があって近衛兵と鎮守兵がいる。我が国の最高機密がこの階に詰まっている。この国のネットシステム管理の最高責任者は私だが、事実上はこのヨハンでもある。レイレイから連絡があったら廊下を伝って私の部屋に来なさい」

 反対する余地はなかった。

 ザラストさんが私を気遣っている。日本にはまだ返せないがそれでも気遣ってくれている。この人もまた私のお母さんやおばあさんと血縁でもあるのだ。ダリアと言われている私のおばあさんの弟になるのか。

「帰国については現在約束できない。しかし悪いようにはしない」

 ザラストさんがヨハンになにかいうとヨハンはポケットに手を突っ込み何かを操作した。

 ザラストさんが壁の一部に手を向け見るように促す。するとネット画面が出てきた。メイディドゥイフの国旗が画面いっぱいに広がっている。メイディドゥイフ語らしいトップ画面が出てきた。当然読めない。私は国旗の画像を見て自分の名前のうちカタカナでメグミのメグと半分刺繍したことを思い出した。大事なものだから今日、ミサで出したのだろう。日本語でカタカナを読める人がいたらいいのだけどね、

 レイレイが通訳した。

「見ていてください、太后様がミサをしています」

 私は画像を覗き込む。天井が高く荘厳な感じだ。パイプオルガンだろうか、金属の棒が垂直に並んでいる。黄金の色、その音は高く強く響く、パイプオルガンだろうか。

 全体を見渡す動画、リアル動画だ。グレイグフ皇太子の結婚式だ。

 この画像を見ることができるなんて。もしかしたら皇太子の隣に立っているのは私だったかもしれないのだ。私は画面に目をこらした。皇太子はどうでもいいが、隣に立って女の子の顔を見たかったのだ。貴賓室で理玖のバレエを観た時は後ろ姿だったのから。パイプオルガンが向かって正面左に見えることから天井近い窓から映されているのだ。

 横顔が見える。白いレースに見え隠れするが、黒い髪に黒い目だった。鼻は私よりずっと高い。美人だった。私は死んでいることになっているので、こうして見ているがまさかザラストさんが見せてくれるとは思わなかった。ドレスはもちろんロングでティアラがきらきらと光る。彼女はとても緊張しているようだった。

「あのう、花嫁さんの名前は?」

 レイレイがザラストさんの許可なしで言った。

「その名前を知らない方がよい。この画像もまためぐみ様はみていないことになっているので、何かの拍子に太后の前で名前を口に出したら、太后がすべてを理解する。同時にあなたは死ぬことになる、もちろんザラスト様も、私も」

 私はちょっと考えた。確かにそうだ。しかしザラストさんは太后の弟だというのに姉の権力の方がなお強いのか、それに結婚式にも出席せずこうして自室にいるとは、でもまあ、そのおかげで私はザラストさんんと一緒に話ができるわけだが、レイレイの心配はもっともだと思った。

「わかった、名前は聞かないわ」

 ザラストさんがレイレイに何かを聞いた。レイレイとザラストさんが会話をしている。ヨハンはまだ私の前に膝まずいている。目が少し笑ったような気がしたので私も笑顔を返しておいた。とりあえずザラストさんとヨハン、レイレイは私のことを思っている、ということにしよう。








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