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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第二十九話、貴賓室の中から理玖を観る・後編

 前奏曲がしばらく続いた。

 そのうちに司会者らしき人がでてきた。その人は白い軍服でいかめしい様子で何かを読み上げている。客席側の一番端にいる人を眺めて私は再び驚く。ついさっきまで暗かったのと、皇太子夫妻に気を取られてわからなかったが、なんと坂手大臣がいたのだ。

 日本の外務大臣が。

 背の低いきさくな坂手大臣がいる。ということはメイディドゥイフの結婚式に招待されていたということか。だけどグレイグフ皇太子の結婚式ぐらいはいくらメイディドゥイフが鎖国であっても、ニュースにはなっているだろう。国を挙げて自衛隊基地から私は皇太子妃になるべく出国したのだから、政治パフォーマンスも兼ねて外務大臣を呼ぶのは当然かと思った。ついでにお父さんも呼んでくれたらよかったのに、と思ったがこれはやはり無理があるのだろう。

 音楽が変わった。

 太后が「リク△△◎◎◎◇、バレエリク」  と声をかけてきた。意味がわからないがもうすぐ出てくるよ、という意味か。太后は好意でイギリスから理玖を呼んだのだろうか、私を喜ばすためにだけに呼んだとは思えない。これも坂手大臣と並ぶ日本に対する政治的パフォーマンスなのだろう。


 前奏曲が終わり、何人かの男女のバレエダンサーが出てきた。ワルツのようだが曲はわからない。男性ソリストが四名、女性が四名、その中に理玖は出てこない。いや、出てきた。舞台の一番後ろから走り出てきた。

 理玖は赤と青のチュチュを着ていた。メイディドゥイフの国旗にちなんだチュチュだ。シンデレラの曲でこのカラーのチュチュはめずらしい、これはメイディドゥイフのバレエ団の振り付けなのだろうか。シンデレラはお姫様の踊りなのだが、たいてい純白のチュチュを着る。なのにメイディドゥイフカラーのチュチュでシンデレラを踊るのだ。

 理玖は舞台中央でいったん止まってポーズをとめた。そこからは理玖のソロだった。はじめはゆったり、時々はターンもいれて。うしろの男女とからむ踊りもある。見たことのない振り付けだがオリジナルだろうか。難易度は高い。でも理玖は笑顔を崩さず軽々と身を躍らせている。

「理玖……ほんとうに上手になったわ」

 私は理玖に向かって手を合わせる。理玖の踊りを間近に見れるなんて。

 理玖は私がここにいるのを知らない。知らないままにメイディドゥイフに来て、皇太子夫妻の前で踊っている。その後ろの貴賓室でメイディドゥイフの真の権力者の太后がいる。でも皆は知らないのだ。太后の隣に私がいることを。理玖は私が皇太子妃として結婚式を挙げたら公演に呼んでねとはいっていたけど、まさかこんな形で実現するとは。

 日本人は理玖と坂手大臣だけのようだが、二人で話をするほどの時間もないと思う。

 拍手が湧いた。

 理玖の得意のピルエットがふんだんに取り入れられ、最後に舞台中央に出て連続して回っている。拍手が大きくなった。

 時間にして十分ぐらいだろうか、そのあとは歌手が出てきて何かを詠おうとしている。国家斉唱だろうか、客席にいる皆が立ち上がった。もちろんグレイグフ皇太子や皇太子妃も。

 同時に貴賓室の窓がミラーに変わった。

 私にみせてもよいシーンはこれで終わりなのだ。

 おもむろに太后も立ち上がった。レイレイが太后の後ろにたった。

 これから貴賓室を出て、観客の前に出るのだろうか? 私に対しては何の指示もないので、そのまま座っていた。できるなら貴賓室のドアを開けて理玖と坂手大臣に向かって「私は生きている、ここにいるわよ」 と叫びたいがこれだけの兵隊がいては無理だろう。

 太后をエスコートしながら、レイレイが言った。

「めぐみ様、これから結婚式のミサが始まります。あなたはミサには出れません。このまま少しの間待っていてください、それから部屋に戻るように案内します」 


 私はよほど後ろを追いかけて客席に躍り出ようかと思った。そうすれば理玖と坂手大臣に少なくとも私が生きていることとメイディドゥイフにいることがわかるのだ。だができなかった。太后の性格からしてどうなることか想像しただけで怖かった。まず大臣と理玖は日本に帰れなくなるだろう。全てがめちゃくちゃになる。

 太后が私を同席させたのは、ひとえに理玖を見せるためだけだ。太后なりの私への好意なのだろう。

 ならば、太后を油断させておくことだ。

 私の理性が勝った。


 レイレイはすぐに戻ってきた。貴賓室の鏡からは太后がどこへ行ったか見えない。ミサはあの舞台でやるのかどうかもわからない。ミサの時には理玖の出番があるのか、また坂手大臣への挨拶などがあるのかも全くわからない。

 レイレイは貴賓室に入るなり前置き無しに私のそばに近寄って囁いた。

「めぐみ様、今からザラスト様のお部屋にご案内します。ザラスト様から話があります」

「えっ」

 意外な人物の名前を聞いて私はびっくりする。レイレイは私からパッと離れてドアの取っ手に手をかけた。

「命がけです、めぐみ様、どうしますか。私についてきますか、それとも太后様の部屋に戻って大人しくじっと座って待っていますか?」

 時間が動いている。しかも自由時間だ。太后に内緒の自由時間。もちろん私はすぐに反応した。

「ザラストさんの部屋に連れて行って」

「じゃあ、勝手な動きは禁物です。今日は特別の日なので警備の様子やモニターカメラの位置が違います。私の指示通りに動いてくださいね」

「わかったわ」

 

 

 貴賓室のドアを開けると、ホールの前に出たが誰もいなかった。大勢の赤と青の軍服を着こんだ兵隊は誰もいない。静かな道をレイレイの後ろについて私はドレスのすそをからげて小走りに走った。エレベーターホールには数人の近衛兵がいる。黄色の軍服でこの色は初めて見た。彼らの役目はわからない。レイレイと私が通り過ぎると挙手はしたが私には目もくれなかった。レイレイも声をかけず、彼らも声を出さない。

 エレベータを最上階の位置まで上がり、鏡の間を通る。このままだと素直に太后の部屋に戻ることになるではないか、と思ったが、鏡の間の違う方角のドアをレイレイが開ける。

「こちらから出てください」

 そう言われてみれば、最初にザラストさんが車いすを操作して入ってきたドアだった。私はレイレイの言葉にうなずいてドアを出る。そのまま廊下を進む。廊下には太后の部屋に続くフラワーアレンジメントどころか何もなかった。逆に壊れてネジや金属、プラスチックの破片が落ちている。綺麗な廊下なのにどことなく荒れた感じだった。これがザラストさんの部屋に続く廊下なのか。太后のプライベートな部屋とは正反対な感じだった。しかしこれもメイディドゥイフの独裁者の弟の部屋なのだ。

 レイレイはとても緊張していた。

「この部屋です」

 ザラストさんの部屋はやはりというか太后と同じ宮殿ビルの最上階にあったのだ。

 太后とこんなに近かったんだ。そりゃあ太后の弟といっていたので、家族も同然のはずだが、ザラストさん自身が太后の部屋まで来たことがない。だから私はザラストさんは遠いところに住んでいると思い込んでいた。

 私は理玖の踊りが終わるまでずっとどうやって理玖や坂手大臣に私がここにいることを知らせるかなどと考えていたが、ザラストさんに会えることで思考が違う方向でふっとんでいた。

 レイレイがノックをした。返事を待たずに扉をあけた。

「急いで、ミサの時間は三十分ぐらいです、この機会を逃すとゆっくりお話はできないでしょう」

「わかったわ」

 太后やダミアンを介さずレイレイと会話するのも久々だった。

 私はザラストさんの部屋に入った。







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