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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第二十八話、貴賓室の中から理玖を観る・前編

 ここが貴賓室、赤と青のメイディドゥイフのモチーフカラー、赤と青のビロードでまとめられたシックな部屋だ。四面の壁のうち一つがまたもや鏡だった。日本にいた私の部屋ぐらいの大きさではっきりいってかなり狭い。天井も低い。調度品はアンティークだが繊細なデザインのチェアと小さなテーブルが置いてあるだけだ。あとは何もなかった。

 私は太后に指図されるままに椅子に腰かける。壁に映っている人間は太后と私だけだ。レイレイは部屋の隅にかしこまって立っている。鏡越しにレイレイの礼装の腰に銃がつけられているがわかった。やはりレイレイも兵隊の一員なのだ。

 太后は慣れた様子でゆったりと座っている。ドレスの裾をゆっくりとした動作で何度か綺麗にまとめて一方向に裾が流れるようにしていた。やがて太后はその動作をやめてゆっくりと片手をあげた。

 するとまたもや鏡張りの壁から大きな舞台が出現した。舞台の手前には正装したらしき十数人の人間がかしこまってこちらを見つめている。証明が薄暗いので誰が誰かはわからない。

 そのまわりにも武装? した兵隊のような人物がぐるりと取り囲んでいる。暗い中、皆の目が光っている。皆がこっちを向いていた。皆がドレスや燕尾服の礼装だ。一番後ろの離れたところにグレイグフ皇太子と女性の姿が見えた。多分彼女が皇太子妃になるのだ。私は驚きのあまり大声をだしそうになったが、かろうじてつばを飲み込む程度ですんだ。

太后が再び片手を上げた。何かの合図で太后の命令が伝わっているようだ。こちらからは皆の様子がわかるが、あちらからはこちらの様子がわからないようだ。やはりこの貴賓室もマジックミラーだ。ということは太后と一緒にいる私もいないってことだ。私は透明人間なのだ。

 皆が後ろを向いた。つまり舞台に向かって座り直したのだ。太后はメイディドゥイフの独裁者でありながら、孫のグレイグフ皇太子の結婚式にも貴賓室に籠る。こうして誰にも姿を見せないのだ。

 私はその太后のすぐ隣に座っている。ただし透明人間状態で。

 舞台はまだ無人のままだ。後ろにオーケストラが十二ぐらいの体制で音出しチェックなどをしている。私は前列中央に座っているグレイグフ皇太子の隣の女性をよく見ようと目を凝らす。

 私が死んだことにされていなかったら、その場所にいるのは私だっただろうから。

 本当の皇太子妃は黒髪が印象的な女の子だった。ここから見ると横顔しか見えないが目の色も多分黒色だろう。頬が赤かった。艶のある巻き髪の上にはティアラがある。私より年上ぽいが、グレイグフ皇太子よりもずっと若い印象だった。

 ホールでは結婚式はできないだろう、式典はこれからなのだろうか、それとももう終わって余興になっているのだろうか、それすらもわからない。

 出席者は全部で十人ぐらい、女性と男性半々ぐらいだが皆高齢のようだ。まだ暗いのでわからないが、一番若くてグレイグフ皇太子と皇太子妃ぐらいだろう。正装しているのが出席者となるとすれば、メイディドゥイフの後継者たる皇太子夫妻の結婚式にこの人数ではあまりにも少ないのではないか。あとはぐるりと親衛隊? のような兵隊が取り囲んでいる。さっきエレベーターから貴賓室に入るまでに敬語? してくれた人たちとはまた衣裳のデザインが違った。


 その時に舞台が明るくなった。それで客人の来ている色彩や部隊がよく見えた。私は軍人さんの制服がさっき見ていたメイディドゥイフのモチーフカラーの赤と青でないことに気付く。軍服には間違いないが、ホール前にいる兵隊さんの軍服は純白だった。結婚式用の軍服なのかもしれない。

 そこで私ははっとした。一度太后がパソコンの画面越しにある軍人さんを殺した時に、直接手を下した人もこういう純白の軍服だったこと。同じだ。あの時は確か五人組だったようだが、顔を覚えていない。ばたっと即死した軍人さんはひげを生やした年配のひとだったけど、あんまりびっくりして全く覚えていない。となると近衛兵の衣装がこの純白の軍服になるのだろうかと考えた。


 私は明るくなったので改めて貴賓室から客席を眺める。客席といっても日本のホールのようにずらっとつながった席ではなく、適当な間隔をおいて椅子、といってもゴチックのような立派な椅子が置かれている。そこに客人は座っているのだ。座っていても背中が曲がっていた李、杖を持っていたりして太后よりも年をとっているのではないかという人も多かった。皆まじめにまっすぐに前を向いて座っている。

 貴賓室の素晴らしいアンティークチェアに腰かけて私は明るい照明になった舞台を見下ろす。私はもう一度皇太子妃の顔を、貴賓室からは後ろ向きしか見えないがドレスの色とデザインを見て、改めて違和感を感じた。

 私は太后の方を仰ぎ見て「ドレスが……」 とつぶやいた。太后は私の方から話しかけたので驚いたようだが、「ドレス」 の単語と私の意図するところがわかったらしく顎をのけぞらせて「ほほほ」 と笑った。

 そう、ドレスはいうなれば私のお古だったのだ。

 正装の薄いピンクのお姫様ドレス、私が地下の軟禁部屋にいたときから太后に謁見するために用意されたドレスと全く一緒だ。

 あれは古いけど手の込んだ刺繍が施された一級芸術品だったが、同じデザインのものが数着あったのだろうか?

 でも多分あれは、先に私が着ていたものだという確信があった。というのは太后がそういうことをしそうな感じがするのだ。

 先に彼女が着ていて次に私に着せるために一日だけ貸出して、というのは太后の性格からしてありうると思った。この疑ぐりの強いそして我儘な独裁者の太后が。


 オーケストラの演奏の最終チェックが終わったようだ。楽器の音が静かになった。時間がきたのだ。もうすぐ理玖が出てくる。

 結婚式の祝福、余興として。

 私はどきどきしてきた。

 理玖の踊りをメイディドゥイフでみることができるなんて。私達また胸張って会える時期がくるのかしらね。

 とにかく理玖はメイディドゥイフの皇太子の結婚式のお祝いに呼ばれたんだ。理玖は鎖国の国のメイディドゥイフの王家の人間を前に踊れるというのできっと緊張しているだろう。私はよもや生きて貴賓室にいる太后の隣に妊娠して座っているとは思ってもいないに違いない。


 前奏曲だ。シンデレラの振り付けってどんなのだっただろうか? 王子様も出てくるパ・ド・ドゥなのだろうか。メイディドゥイフのバレエ団もあるといってたな、もっとくわしく聞けばよかったなと思った。


 貴賓室は太后と私でいっぱいだった。つまり狭いのだ。太后はそこまでして暗殺を用心しているのか、と思った。太后がチェアに座るとレイレイが小さなトレイに缶ジュースを運んできた。太后の部屋に常備されているアレである。世界有数の大金持ちのはずなのに暗殺を警戒してこんなことをするのだ。

 そして金にあかせて私を拉致して妊娠させた。私は太后の考え方がまったくわからない。どうしてそこまでして赤ちゃんが欲しいのかかわからない。有り余るほどの権力があって何不自由のない生活のはずなのに。

 権力がありあまっているはずなのに、自ら居室にこもって政務を取り、マスコミや国民の前すら出ず、窮屈に見える生活を送っているのだ。今日だってもし透明人間の私がいなかったら太后はこの貴賓室にたった人でいるはずなのだ。太后がそう望んでいるのだ。とても不可解な人だ。

 私は太后の顔をそっと窺う。太后はまっすぐ前を向いている。その顔は孫の結婚式に臨むやさしいおばあちゃん、ではない。いかめしい顔を崩さない、あくまでも一国の独裁者かつ最高の地位にある権力者の顔だった。





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