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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第二十七話、グレイグフ皇太子の結婚式にあたって・後編

 正装した太后が立ち上がる。私を振り返りもしないで部屋を出ようとする。私も一応正装しているのだが、ついていっていいのかどうかがわからない。まごついているとレイレイが私を促すようにどうぞ、と言った。

 となると部屋を出れるのだ。

 ちょっとだけうれしかった。私は心臓がどきどきする。今過呼吸をするわけにはいかないので、ゆっくり息を吸ってゆっくりと吐く。

 手も細かく震えているのでドレスの裾をつまむふりをして隠した。これ以上震えて不審に思われることのないように。私は奥歯をぎゅっと噛んだ。

 見飽きたデザインの青と赤の国旗。その本家本元のぼろぼろの布でできた国宝の国旗、太后の宝物の国旗。私の名前の一部に誰か気付いてくれるだろうか。カタカナが一番簡単で手早くできるが、英文字の方がよかったかもしれない。多分目立たないだろう。しかし私は、はじめてメイディドゥイフに「一糸報いた」 のだ。

 正装している太后はいつもより威厳と気品があった。さすが最上流の人という感じだ。


 歩きながら考える。

 私の名前入りの刺繍の件はみつからない可能性が大きいだろう。

 そしてグレイグフ皇太子が結婚したら多分本物の皇太子妃が赤ちゃんを産むかもしれない。そうなれば私のお腹にいる赤ちゃんは一体どういうことになるのだろう。

 私は頭を振った。

 私を手間暇かけて拉致してきたのだ。私と私が生む子は殺されることはないだろう。

 私には考える時間はたっぷりあるのだ。

 私は今日、理玖に会える。貴賓室越しであっても理玖の踊りを見れるのはうれしかった。


 レイレイが私を促し廊下に出ると太后はすでに廊下で待っていた、礼服に大量の勲章をつけたワルノリビッチ首相がいた。それと同じく軍服をつけたダミアン、そしておなじみのレイレイ。レイレイの手にはさきほどの国旗の入った箱がある。

 グレイグフ皇太子はいない。花婿だから多分花嫁と一緒なのだろう。

 太后は私の姿を上から下までじろりと一瞥してから声をかけた。

「めぐみ、△▼▼◎○」

 言っていることがわからないので、私は首をかしげる。レイレイが「行きましょう」 と言ったのですと通訳したので私はわざとレイレイの顔をみずに軽く頷く。刺繍に手をかけたことを知られたら、今この場で殺されるだろう。私は一糸報いた喜びと恐怖にうれしいのか怖いのか震えそうだった。だけどぎゅっと奥歯をかみしめて持ちこたえた。

 それから太后が先に立って歩いた。この部屋を出たのは強制受精の手術を受けてから実に二度目だ。たったの二度目。半年近く私は自分を見失っていた。どれほど時間を無駄にしたのだろう。それを思うと、地団太踏みたいぐらいな強い自己嫌悪になるが、今からでも名誉挽回するつもりだった。


 廊下には両側とも花が飾られていた。全ての花弁が白い花ばかりだった。壁も花で埋められていた。腕の良いフラワーアレンジメントさんがいるのだろう。満開だった。この日のためにお花屋さんはがんばったに違いない。

 私は知らなかったが今日のこの日は以前から決まっていたに違いない。

 そして理玖に会える。

 私は太后のすぐ後ろについて歩く。鏡の間に行く。そこで会えるのかと思いきや、鏡の場を通り過ぎた。近衛兵やセキュリティセンターのコンベヤーを通り過ぎ、一番最初に乗ったエレベーターに乗る。しかも太后と一緒だ。大きなふわふわドレスを着た私と太后、レイレイとダミアン首相と一緒に乗った。はっきりいってぎゅうぎゅう詰めだったが、エレベーターの回数は不明だが、すぐに到着した。

 着くとそこはすでに天井が高い大きなホールだった。縦長のステンドグラスが天井から床まで一定の間隔を置いて並んでいる。どこからか明るい光が差し込んできて太后のまとっている宝石類とステンドグラスの光が混ざり美しかった。

 両脇にずらりと大勢の衛兵たちがサーベルを揃えてさっと持ち上げた。太后が通る間はずっとだ。私の顔は誰も見ない。太后が通り過ぎるとその瞬間に衛兵はサーベルを下ろしていくのだ。メイディドゥイフの国旗にちなんだ赤と青の礼装服を着こんだ衛兵たちは行儀がよい。まっすぐに前をみていて誰も私を見なかった。見えているはずだが、見ていない。

 太后の姿を視線で追いかけるわけでもなく。ただただ衛兵、として護衛しているのだ。

 太后、私、その次に首相、それから例の国宝の国旗を広げて上にかかげたレイレイとダミアンが並列になって歩く。

 突き当りに不自然に小さな階段があり、小さな扉があった。太后が扉の前に立つと内側から扉があいた。太后が扉の中に入ると次に私も入るように言われた。私は言われるとおりにした。レイレイもついてきた。国旗はダミアンが持っている。

 次は首相たちが入ってくるのかと振り返ったが、誰も入ってこないまま扉が閉まった。

「え、」 と思ったが太后は素知らぬ顔だ。レイレイも何も言わない。この小さな部屋に私と太后、レイレイと三人だけになった。

 小さな部屋だった。








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