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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第二十六話、グレイグフ皇太子の結婚式にあたって・中編

 それにしても皇太子の結婚式が明日とは!

 私には何も知らされなくて当然だが、どういうつもりだったのだろうかとも考える。そう、私には考える時間はたくさんあった。ただ日本に帰りたいと泣くだけだと何もできやしない。

 言葉は教えてもらえない、地理もわからない。牢獄よりはましだが私のお腹には子供がいる。望まない妊娠。こんな身体にされてもし日本に帰れたとしても私のお父さんはどんなに驚くだろうか。それを思うと私はくやしくて悲しくて……。

 でも今は泣くわけにはいかないのだ。

 現時点では少なくともトイレとシャワーと寝る前の五分間だけは私のものだ。そして太后のプライベートの部屋で一緒になっているのだけど、何もすることがないけれど、何かを考える時間はあるのだ!

 私は自分のことを太后のおもちゃだと割り切った。バレエストレッチをしていれば太后は不思議と上機嫌だ。そして言葉を発すると嫌がられることも。

 太后は私の一緒なのはいいけれどメイディドゥイフの言葉やメイディドゥイフのことについて何か疑問や聞きたいそぶりをするときは露骨に嫌がられる。そのあたりはとても態度がはっきりしていた。レイレイがはらはらして私を見ることもあり、私はやりすぎたと思うとすぐに引き下がる。

 沈着冷静なレイレイ、彼が度を失うほどはらはらしている。ということは皆太后が怖いのだ。この権力、この実力、ただの派手なおばあさんに見えるがこの人はまごうことなき世界有数の独裁者、権力者なのだ。


 その皇太子が明日結婚式をあげる。私はもうこのグレイグフ皇太子は孫、つまり私のお母さんから見たら従兄になる。だけどその親は一切出てこない。出てきたことがない。ワルノリビッチ首相は皇太子の相談役と太后の傀儡? 政治の意向を実現するのが仕事なのおだろう。

 私はこのあたりの政治がよくわからないただの女子高校生。婚約者の私が日本を出国する直前で死んだことになったが、何をどうしたかはわからない。だけど、皇太子が結婚するにあたり、元親友だった理玖を呼んでバレエを躍らせるというのはありえると思った。しかも理玖はローザンヌコンクールでも金賞を取った実力者だ。呼ばれて太后や皇太子夫妻の前で踊るというのはありえる。

 他の日本人はどうだろう、お父さんは呼ばれないにしても、坂手大臣や筆子さんはどうだろうか、私は首を振った。今考えても仕方がない。そして聞いても教えてもらえないことは考えない、そう決めた。


 とにかく明日だ、明日の事は明日考えて少しでも帰国につながるようにしよう。生きて帰りたかったらそうするしかないのだ。最低限気が狂わないようにしよう。

 私は無事出産してもこのままではおいそれとは日本に返してもらえないことはよくわかっていた。

 だから難しい問題だとも。

 なんとしてでも私は帰国するつもりだった。


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 朝はすぐに来た。私が起きるとすでに太后は正装に着替えていた。頭には見たこともない大きなダイヤがついた王冠をかぶっている。それと豪華な毛皮、毛皮にまでダイヤがびっしりついていて、少し動いただけでビカビカに光る。

 レイレイは私のドレスも用意してくれていた。私も白いドレスだった。ウェデイングドレスを着るような裾が長いドレス。それでも私のお腹を気遣っているのか嫌味かはわからないが、ウエストのないすとんとしたドレスだった。それと王冠も、太后ほどではないが、ちゃんとダイヤモンドとルビーが交互に配列されている小さなテイアラだった。チョーカーや腕輪、指輪もちゃんとセットになっていた。

 私が着替え終わると執務中の太后の前にでた。正装のままでいつもの執務をしていた太后は振り返り満足そうにうなずいた。

 思えばこの人が一番わからない。

 しかしこの人なしではメイディドゥイフ国は成立しないのだ。正装した太后は立ち上がり、冷蔵庫を開ける。ジュースの缶を取り除けると奥に小さな扉がある。冷蔵庫の奥に金庫? 

 太后はかさばるドレスを上手にさばいてしゃがみこみ、優雅な動作で金庫を開けた。それから見たことのない古い箱を大事そうに持ち上げた。私は冷蔵庫の奥をもっとみようとしたが、太后はすぐに閉めたのでわからない。いったいどういう仕掛けなのだろうか。箱は赤い布製であちこちはげている。冷蔵庫の奥といっても冷やしていたわけではないので、冷たくはないようだ。太后はデスクにそっと置くと箱を開けた。

「見ろ」 というジェスチャーをするのでのぞきこんだが、ぼろぼろの布だった。これにも刺繍があった。太后が両手で取りだしそっと布を広げた。すると見慣れたメイディドゥイフ国旗が出てきた。同時にホコリ臭い匂いがした。

「さわれ」 とジェスチャーをしたので驚く。

 多分由緒ある自慢の国旗なのだろう。グレン将軍の遺品とか、そう検討をつけた。そして触らせてもらった。

 国旗の赤と青は色褪せていた。一体いつの時代のものだろう。とても古くて裾がほつれていたが本当に大事そうなものだ。

 太后はどんなに豪華なドレスでもティアラでも指輪、ネックレスでもはずすとそこらのデスクやイス、テーブルに無造作に投げ捨てる人だが、この国旗だけは別のようだ。私は今日はグレイグフ皇太子の結婚式だから特別にこの国旗を出したのだろうと考えた。

 ぴぴぴという電子音が鳴った。

 レイレイはまだ来ない。

 太后はトイレに立った。

 同時に私は古い国旗を持って立ち上がった。地下の軟禁部屋のようにカメラがないことは確認済みだ。だが音を立てるのは禁物だ。太后のどんな命令でもすぐに応じれるように二十四時間体制でレイレイやダミアンがついているのはわかっている。

 私は何も考えず小走りでベッドわきまで行った。ベッド下に置いたままのトートバッグの刺繍キットを素早く出した。考えている暇はなかった。

 大急ぎで赤の刺繍糸を選び、刺繍針に通す。トイレの物音に最新の注意を払いつつ、国旗のすみ、赤いところにカタカナで「メグ」 と隅っこに小さく刺繍してやった。

 めぐみ、の「み」 にとりかかりたい。でもトイレから水を流す音がかすかに聞こえたので私はそれでやめて何食わぬ顔でバッグを戻し国旗を畳んだ。


 私は、太后がトイレ中の二分足らずの時間でめぐみの「メグ」 を糸で書いたのだ。手芸部で家でも刺繍に凝っていたので速さとしては上出来だ。日本語のカタカナしかも「めぐみ」 のうち「メグ」 しかもグのうち右上の濁音の二つのうち一つしかできなかったが上等だ。

 メイディドゥイフは鎖国だから外国人は理玖以外来ないだろうし、結婚式とはいえこの国旗の前まで来て隅々とチェックする人があるとは思えない。それに平仮名でもなく漢字でもなく、カタカナだ。

 気づく人はいないかもしれない。

 太后はトイレから戻ると国旗の入った箱をちらと見て、それから靴を履き替えた。礼装姿のレイレイとダミアンが入室してきた。間一髪だったのだ。太后はレイレイに国旗の入った箱を渡した。

 レイレイは拝礼しながら箱を受け取った。あの国旗は皇太子の結婚式場で飾られるのかもしれない。メイディドゥイフ国にとって国宝級の国旗なのだ。その生地に私は自分の名前の一部を刺繍したのだ。

 私はそれを見て「あとは野となれ山となれ」 と心の中でつぶやく。

 あとでばれて殺されてもできるだけのことはしたかった。

 私はどうでも日本に帰るつもりなのだから。




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