第二十五話、グレイグフ皇太子の結婚式にあたって・前編
レイレイと太后は目線をあわせてにっこりした。そういう時は息があうのだ。この二人は。
太后が何かを言っている。レイレイはそれを通訳してくれた。
「めぐみ様が理玖様と親しいご友人ということで、特別に呼んだのです。めぐみ様が亡くなったのは世界中の人が知っています。グレイグフ皇太子が婚約者が亡くなるという傷を癒して新しい婚約者と結婚する運びを知らせる意味もあります。そのためリク・トモナガを呼んでめぐみ様を追悼し同時に皇太子の結婚を祝う、そういう趣向です」
私はそれを聞くと演目や理玖の話などどうでもよくなった。
グレイグフ皇太子の結婚もどうでもよい。
何が「めぐみ様がなくなったのは世界中の人が知っています」 だ。
しらじらしい。
あなたたちがあの茶番を仕組んだ元凶だ。それを理玖の踊りを見せてあげる、うれしいでしょ、さあ喜びなさいよ、だ。
私は怒ろうかと思ったが太后は私が怒ることはないと信じているようだ。私はお腹に力を入れてつばを飲み込んだ。
私はレイレイに話の続きをするように頼む。レイレイは太后の生きている翻訳機械だ。レイレイは口を開いた。
「リク・トモナガは明日の朝、このメイディドゥイフ宮殿に入り皇太子の結婚式のミサが始まる前に祝福の踊りを踊っていただく予定です」
「踊りの演目は?」
私の声が聞こえた。私がしゃべっている。久々に声を出してしゃべるので声がかすれているのがわかる。
「はい、シンデレラですね。おめでたい踊りをということで」
「それで私は理玖と会えるの?」
「いえめぐみ様は日本で亡くなられたことになっていますので結婚式には参列できません。太后と貴賓室でご覧いただきます。貴賓室は宮殿のホール前奥にありますが防弾ガラスなどで区切られています。またマジックミラーでもありますので出席者や出演者に顔を見られることもありません」
……なんだ、そういうことか。マジックミラーね、ふん……私はダメ元で聞く。
「理玖としゃべるのはいけないの?」
レイレイの笑顔がトーンダウンした。
「めぐみ様、それ以上いうとシンデレラも見れなくなります」
それは困る、私は念押しした。
「じゃあ、私は理玖の踊りを見るだけなのね?」
レイレイは黙ってうなづいた。
理玖がメイディドゥイフに呼ばれた……日本に対する国家的パフォーマンス?
日本人の女の子に一目ぼれした日本びいきのグレイグフ皇太子が結婚するからだろうか、それで亡くなった私の代わりに理玖を呼んで皇太子の前で踊らせる。
ありえる話だと思った。
しかし今私が理玖にあわせろとごねるのはまずいだろう。宮殿とはここの建物のことだが、ホールもあるのだろう。いずれにせよ、踊りだけは見せてやるというのだ。貴賓室の話が出たので理玖が踊るのは少なくともこの太后のプライベートルームではないだろう。
なにかわかるかもしれない。
それと……誰かも会えるかもしれない。
私はふとザラストさんの顔を思い出す。
その時にお腹の子供が動いた。にゅるり……この感覚は慣れない。私は下腹部が少し出てきたが、赤ちゃんに対しても、何も知らないのだ。こんなみじめな状態になっているのを世界中の誰もが知らない。理玖に実際に会えたとしてもどんな顔をしてどんな会話ができようか。
私の行動次第で理玖にも迷惑がかかるかもしれない。
太后はバレエ、そして理玖というキーワードを教えたことによって私が喜ぶとでも思っているようだ。にこにこしている。私は控えめに微笑んだ。すると太后の笑みが深まった。
私は太后にわからぬように手を後ろにまわし、ぎゅっと自分で自分の手を握った。
負けるものか……。
太后のご機嫌は良い。日本語通訳をしているレイレイも。今聞けるなら聞こう、ダメ元で。
私は卓上の電子カレンダーの日付を確認しながら言った。
「今日は二月の十日よね? 皇太子の結婚式は明日って本当なの?」
レイレイがさっと太后を見る。太后が頷く。そしてレイレイは私の意改めて向き直っていった。
「はい、結婚式は明日でございます」
「また急な話なのね?」
「明日は二月十一日で我がメイディドゥイフの建国記念日でもあります。結婚式は以前からこの日にしようと太后様がお決めに……いえ、以前から決まっていたことでございます」
「待って、二月十一日は日本の建国記念日よ?」
レイレイはにっこりした。
「そうですね、偶然ですけどね。我がメイディドゥイフと日本とは本当に偶然ですけど建国記念日が一緒ですね。私もそれを知った時に不思議に思いましたけどね」
私は熟考する。あのグレイグフ皇太子が結婚。でも私と結婚するときはメイディドゥイフへ到着した次の日、つまり八月十五日に結婚式を挙げる予定だったのだ。あれはダミーだったのか、道理でどうでもいいはずだったのだ。あれから半年。
また私はあの屈辱な受精卵植え付け作業の後眠っていた……質問を仕切り直そう。
どうしても聞きたい質問はあと二つある。こうして太后とレイレイが揃い通訳してくるのは、この部屋に来て確か三回めぐらいだ。このチャンスを逃してはならない。
皇太子が誰と結婚しようが私の知ったことではないがレイレイは説明の補足をしてきた。
「太后と一緒に舞台中央の一番良い貴賓席にご臨席できますが、貴賓席は一般席と隔離されています。防弾ガラスと近衛兵並びに鎮守兵で厳重に守られた体制で安心してご覧いただけます」
貴賓席だけど、防弾ガラス、兵隊さんときたら出演者である理玖と話ができませんと言っているのと同じだ。私の考えを見透かしたようにレイレイが続ける。
「太后はいかなる人間に対しても人前に出ることはありません。海外から読んだゲストたちへの返礼はグレイグフ皇太子とワルノリビッチ首相がします」
……じゃあ意味ないじゃんか、そう思ったが、太后は理玖の踊りをみせてやるだけでも、日本に対するパフォーマンスになるし、私への慰めになるしというわけで一石二鳥を狙っているのではないか。
腹がたったがここで私はキレても事態はよくならない。私はその分別がある。ゆっくりとじんわりとこの太后を油断させるのだ。
少なくとも今の太后とレイレイは私の事をなにもできない力と頭と気が弱い日本人女子高校生としか見ていないのだ。
私は後ろ手で自分の手をぎゅうっともっときつく締める。そして努めて平静を装うのだ。
「もう一つ聞くことがあるわ。私の、このお腹の出産予定日はいつなの?」
レイレイが太后の顔を仰ぐ。太后は少し迷った表情をしたがレイレイが一言何かいうとうなずいた。そしてレイレイが私に向き直る。
「六月二十日でございます」
六月二十日!
となると私は今妊娠六か月か。
何とかしたい、何とかしたいわ。
レイレイは言った。
「六月二十日は建国の父であるグレン将軍の亡くなられた命日にあたります」
そうか、ちゃんと計算されつくしているのだ。
私のことも最初から。
そして都合よく運んで皇太子も結婚して。
私はそこまで考えるとまさか、と思った。そしてレイレイに言った。
「出産後、私はどうなるの、子供はどうなるの? それにグレイグフ皇太子にも赤ちゃんができたら」
レイレイは即座に首を振った。
「それはめぐみ様には関係ないことでございますから」
「レイレイ?」
レイレイは再び首を振った。私と目線をあわせない。太后の顔を見るとちょっと不快気だ。このへんでやめたほうがよいのだろう。まだすべてのカードは太后が持っている。出すぎてはならない。私は。
太后が何かいうとレイレイが太后に拝礼し、私にも拝礼しつつ部屋から退出した。
対話は終わったのだ。
あとはいつものように時間をつぶす。
太后はいくつもある画像モニタ―をのぞき、出てくるモニター越しに命令をする。太后はこうやってメイディドゥイフを切りまわしているのだ。彼女一人で。まさに専制君主だった。
私はそのお偉い人と一緒の部屋でただぼうっとして過ごす。
それでも私の心は自由だ。私は熟考する。
理玖……驚いたわ。明日私たちは会える。だけど防弾ガラスつきの貴賓室の中だから理玖は私がいるのはわからないでしょう。
今回は踊りを見るだけで終わるのでしょう、でも私は絶対に日本に帰ってみせるわ。
帰国して落ち着いたらメイディドゥイフの貴賓室から見た理玖の踊りの感想を教えてあげるわ。




