第二十四話、その後の日常形態と私の熟考・後編
最近グレイグフ皇太子の訪問が頻繁だった。時には太后、皇太子、ワルノリビッチ首相、レイレイとダミアンの皆で太后の部屋に輪になって話し合っていることもある。話し合うと言っても発言は主に太后で太后が決めたことをどういう手順でやるかと話し合う感じだった。というとやはりこのメンバーはトップシークレットだ。私はそういう時でも同じ部屋にいたが、部屋の隅の椅子でちょこんと座ってぼうっとしたりバレエストレッチのバーに凭れているかどちらかだった。彼らから私の言動を気にする事は全くなかった。透明人間なのだ。
今日の午前の話し合いの後、皇太子と首相が退室し、レイレイが太后にランチを運んできた。ランチはいつものように太后の分と私の分だ。透明人間にもちゃんとご飯は配られる、しかも世界一のお金持ちで権力者の太后と同じものだ。でも当然だろう。だって私は太后の子供を宿しているのだから。
私はご飯を食べる。幸いつわりはなく、食べようと思えばいくらでも食べることができる。食事中の会話はない。太后と顔をあわせても話し合うことはありえない。
私は考え事をしながら食べる。太后もそんな感じだ。時にはテーブルにつかず、画像が送られてくるディスプレイの前で書類を広げながら書き物をしたりする。太后は今日も忙しそうだ。
レイレイがザラストさんに会わせるといっていたが一体いつになるだろう。レイレイがうそをいうは思えないが、ザラストさんとやらに会えたら何かが変わるのはわかっていた。だから私は大人しく太后の部屋で寝起きしているのだ。
それにしてもザラスト様、か。あの人がこの部屋にまで来たことは一度もない。つまり私はあれからザラストさんに会ったことはないのだ。太后の弟らしいのに、姉の太后の部屋には来ないのだ。
私がこの国の人間関係がわからぬままに行動を起こすことはないだろう。でも透明人間でも魂はちゃんとある。
私は残りの一生を黙ってこの太后のために生きていくつもりはこれっぽちもない。死んだことにされたままにされるつもりもなかった。
ザラストさんに会えることを心の支えにして私は一見普通に暮らしていた。
これを太后やレイレイ、ダミアンは良い傾向だと思っているようだ。妊娠を受け入れ、太后を尊敬し一緒に暮らしていることを喜んでいるように見えるのだろう。
私は太后に向かってわざと喜怒哀楽を出さないようにした。それで正解だと思う。太后はいきなり怒ったり怒鳴りつけたりは画像に向かってだったが、頻繁にあるのだ。かと思えば正装してどこかに行ったりする。どれだけ遅くとも夜には帰ってくるので泊まったりはないのだろう。
太后の部屋はここだけなのだ。
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最近連日のようにグレイグフ皇太子と首相が太后の部屋を訪問するなとは思っていた。他の人物がいるときは例の鏡の謁見室に行くようだが、本当にプライベートな話し合いのときはこの部屋を使うのだ。もちろん私は透明人間だから彼らが何を言っているのかわからないが。
ある日、今日はやたらとグレイグフ皇太子が長くいるな、と思っていたがやっと帰ると今度はレイレイが私を日本語で呼んだ。レイレイに日本語で呼びかけられるのは本当に久々だった。
「めぐみ様、太后様がお呼びでございます」
お呼びも何も一緒の部屋で暮らしているじゃんかと思ったがレイレイは改まった物腰だ。太后は私を手招きしてソファの対面を指さした。そのジャスチャーも初めて見るが、にこにこしている。太后が言った。
「リク・トモナガ、△▽▼◇○○○▼△!」
「?」
理玖の名前が出てくるとは思わなかった。思わなかったが私はまた理玖が賞をとったのかと思った。太后はレイレイの顔を見て私にあごをしゃくった。通訳しろと言っているのだ。レイレイはさわやかなあの笑顔で言った。
「明日はグレイグフ皇太子の結婚式でございます。祝いの式典がいろいろありますが、そのうちの一つにめぐみ様の出席を特別に許可いたします」
私は驚いた。
「明日? 明日に? グレイグフ皇太子の結婚……へえ」
その結婚に理玖の名前がどうして出るのか、まさかグレイグフ皇太子と結婚するのではないでしょうね? 私は理玖が一時皇太子の結婚が嫌なら私の代わりに身代わりで皇太子妃になってもよいと言ったことを思い出してどきーんとした。
でもまさか。
レイレイは話を続けた。
「その式典にリク・トモナガ様が余興の一つとしてバレエを踊ってくれることになりました。ロンドンのロイヤルバレエスクールにいますが、我がメイディドゥイフにも国立バレエ団がありますので急遽呼びました。めぐみ様はリク・トモナガ様の踊りを見ることができます。太后と一緒に貴賓室で観覧しましょうとのことです」
私は目を丸くしたと思う。
信じられなかった。グレイグフ皇太子の結婚を祝う式典に理玖が呼ばれたなんて。私は叫んだ。
「理玖がメイディドゥイフに、この国に来るの? 本当?」




