第八話、メンツの問題
◎ 第八話
がらんとなった倉庫の中へ車ごと誰かが飛び込んできた。車のナンバープレートがお父さんや外務省の人たちのとは違う。横文字で長い数字が書いてある。横には小さな日本国旗が取り付けられていて車の揺れにあわせて激しく揺れていた。多分この車は水陸両方に使えるジープだと思う。こんな車、私は映画でしか見たことがない。
車の運転席から一人のおじさんが下りてきて、私達に向かって「お前らは何をしておるか」と怒鳴った。この人も自衛隊の服を着ている。おじさんは私達に最初からずっとついてきていた若い自衛隊員の片方の襟をつかんで怒鳴った。
「私が誰だかわかるな? そこのお前、所属と名前を名乗れっ! 国籍不明の航空機がなぜここから出ていったのだ。離陸許可いや、その前に着陸許可を与えたのは一体誰だ。そこにいる一般人は一体誰だ、これは一体なんだ、説明したまえさあ早く」
私の肩に手を置いていた父の手が両手に来た。
「めぐみ、これは面倒なことになりそうだな」
田中さんがそっと手招きして先ほどの小部屋に私たちを誘導した。
「お見苦しいところを少々見せるかもしれませんが、ご容赦を」
「あの人はどなたですか」
「……空幕長の棚下さんです。メイデイドゥイフの話は外務省のトップシークレットで後は公安と自衛隊のトップしか知りません。小型飛行機で乗り入れるとくれば、民間も使う空港ならマスコミに知られてしまいます。だから自衛隊の基地で時間を決めての入国のための着陸許可を出したのです。しかし一体どこで漏れたのだろうか……? とりあえず帰りは私たちが送るのでそこに座って待っていてください」
田中さんはつぶやきながら出ていた。部屋には私とお父さんだけだ。お父さんはイスに座らずそっとドアを開けた。
「めぐみ、どうせ私たちの親子の話になってくるだろう。だから聞く権利はあるだろう」
一緒に盗み聞きをしようというのだ。
「お父さんたら」
そう言いながら私もそっと薄く開いているドアに顔を寄せた。
外務省側にいる一番偉い人、大山さん、次いで田中さんと鈴木さん、通訳の女性が固まっている。今度は公安の広本さんが自衛隊の棚下とかいう人にどなられているところだった。棚下さんの背後には私たちを出迎えるときから一緒だった自衛隊の制服を着た人が棚下さんを一生懸命なだめている。
棚下さんの声がよく聞こえた。
「公安の人間がなぜ、こんなところにいるのだ? 私には何の報告も受けてはおらんぞ。さあ今の飛行機の国籍とここに引き入れてきた理由を言いたまえ、場合によってはただではおかんぞ。ここは私の自衛隊基地で、私はなんの連絡をも受けはいない。秩序を保ちえない自衛隊は国を盗られても文句は言えんぞ、さあ、私を納得させる言葉を言いたまえ」
「棚下さん、落ち着いてください。これには理由があるのです」
「君も公安か、部署と地位と名前を名乗りたまえ」
「いや、私は外務省事務次官の大山です。後ろにいるのは私の直属の部下の田中と鈴木です。お騒がせしまして申し訳ないですが国家機密に関与することで外務大臣とそちらのトップの指示でこの倉庫を使用させていただきました」
「なにっ、外務省だと。うちのトップなら統合幕僚長の平山だな、彼からも私は何も聞いてないぞ」
「いや、統合幕僚長ではないのです。防衛大臣の城勝ですが」
「うぬっ、お前は私にそんな口を聞くのか。では大臣に直接電話して聞くぞ、いいなっ」
棚下と名乗った自衛隊の偉い人? が携帯電話を出してどこかに電話しようとしている。それを心配そうに取り囲んでいる公安の広本さんや部下の自衛隊員、外務省の人々がいる。
お父さんが私を見下ろして小声で言った。
「めぐみ、私たちのことを国家機密にかかわることだとあの大山さんが言ったぞ……驚いたな。外務省と公安と自衛隊とそのうえの防衛大臣と来ては本当にトップシークレットな話じゃないか。単なる皇太子のきまぐれでめぐみに会いたいと使節をよこしただけでこの騒ぎ……えらいことになったなあ」
私もため息をついた。こんなに大事になるとは思わなかった。
「でも相手にはっきり断ったのだし。あのレイレイという人が帰国したらすぐにグレイグフとかいう皇太子に会って、めぐみさんには断られましたよ、残念でしたね~日本人の子供よりももっといい人がいるからねっと報告してくれるはずよ、それでもうおしまいよ」
「そうだなあ、写真もつっかえしたし、それでいいはずだよ。あとはあのどうやらここのえらいさんらしい棚下さんとかいう人のメンツとなわばりの問題だけじゃないかな、自衛隊と公安と外務省かあ……ここまで来るとお父さんとめぐみには関係ない話になりそうだな」
「ケンカしないで、私たちをさっさと家に帰してほしいわねえ、お父さん私お腹がすいたわ。のどもかわいたし、どこかに自動販売機でもないかなあ」
「うーん、ここは格納倉庫だからね、自動販売機なんかないよ。めぐみ、おなかがすいたねえ。もう十時だよ」
私達親子は一緒にお腹を鳴らして同時にため息をついた。
自衛隊と外務省と公安の人たちの話は果てしなく続いていた。