第十九話、負けるものか
目が覚めると天蓋ベッドの中だった。レイレイとダミアンが私の両脇にいた。レイレイは私が目が覚めたのを見て取り本当にほっとした顔をした。逆に私はレイレイの顔を見て吐き気がした。あんなに美しい顔をしていると思っていたレイレイの顔が見れないほど醜く感じた。ダミアンもそうだ。
また私は自分に一体何が起きたのかがわからない。そのためしばらくぼんやりしてた。
唐突に意識があった直前のことを思い出してがばっと起き上がった。
するとレイレイが私の背中に手をあてた。私はレイレイを振り払う。
同時に下腹部に違和感を感じた。生理痛に似た嫌な鈍痛だ。しかし痛みは軽かったが気持ちの悪い心当たりのない痛みであることは変わりはない。私は意識を失う直前に私の大事なところに何か器具を入れられたことを思い出して身をこわばらせた。
あれは一体なんだったのだろう。私はレイレイの気づかわしげな視線をそらして考え込んだ。
急に私の呪縛が解けた。同時に怒りの感情が私を支配する。私の形相がいきなり変わったのでレイレイが話しかけてきた。
「めぐみ様、急に起き上がらないでください。安静に、安静に」
レイレイの声を聴くなり力が抜けた。脱力してしまった。どうしたのだろう、私は。
私は力なくつぶやいた。
「レイレイ、あなたたち、一体私に何をしたのよ、何をしたのよ、何をしたのよ」
「大丈夫、もう終わりましたので大丈夫です。気を確かに、もう大丈夫ですから」
私はレイレイのほおをぶった。平手打ちだ。パンといい音がした。レイレイは私の手をかわさなかった。目も閉じなかった。効果なしのようだ。私の平手打ちぐらいではレイレイは平気なのだ。私をまっすぐに見つめ、片手は私の背中をささえている。気持ちが悪い。私は身をよじってレイレイの手をよけようとした。同時に吐いた。何も食べてないので出たのは胃液だけだ。
ダミアンは腕を組んだままベッドの上の私の足元にいる。二人でもみ合っていると太后がベッドのレースを開けて入ってきた。
「めぐみ」
と呼びかけてきた。
太后は何かの儀式のあとなのかテイアラをかぶり先日の私との対面式とはまた違ったよいドレスを着ていた。紫とピンクの混じった総レースのドレスだ。ななめがけの礼装にびっしりと勲章がついていた。そして表情もいつも通りで私に何が起きても関係ないという感じ。
私はシーツをはがし、太后に向かって怒鳴る。
「私に何をしたのよ、私を日本に帰してよ」
ダミアンが太后に何かささやいた。対后は軽く頷くとベッドから姿を消した。私はベッドから降りて太后を追いかけようとしたがレイレイが止めた。私はレイレイにひじで防御しようとしたがレイレイには効かない。レイレイは私に力を加えず羽交い絞めにしようともしないが、それでも私の身体の自由が利かないようにするのだ。柔軟な拘束……許せないと思った。ここまでくると私はもう涙が出なかった。
私は力を出さずにぐったりとして横になろうとした。レイレイはすぐにそれを察すると背中の手をはずし、私が横になると新しいしーうを持ってきてかけた。
私はまた脱力感に覆われてぐったりとした。力なく頭からシーツをかぶりなおし、シーツ越しにレイレイに再び力なく話しかけた。
「レイレイ、ダミアン、そして太后は、あなたたちは、一体私に何をしたのよ?」
しばらくしてからレイレイとダミアンのぼそぼそという声がした。会話している、議論?
少ししてから安心の日本語、レイレイの言葉が聞こえてきた。
「ダミアンとの話し合いで少しだけ伝えます。どうか気を確かに持って聞いてください。めぐみ様、あなたはこの国の後継者を産んでもらうのです。十か月どうか気を確かに持って穏やかな心でお過ごしください」
私は呆然とした。漠然とした不安が的中したのだ。失神直前に聞いたあの言葉は夢ではないのだ。
……説明します。めぐみ様はこれから太后の卵子とメイディドゥイフの創始者グレン・メイディドゥイフ将軍のDNAで妊娠していただくのです。それが太后のお望みなのです。めぐみ様はそれと引き換えにメイディドゥイフの国母として君臨を……
あなたは国の母、国母になっていただきます、あの言葉は夢ではなかったのだ。初体験もまだなのに妊娠? 結婚どころか恋愛すらまだなのに妊娠? そして出産?
私はシーツをかぶったまま動けなかった。
「後継者……それが目的だったのね、私を拉致した理由は、無理やりの理由は。最初から私を皇太子妃なんて騙して……最初からそんなつもりはなかったのだ、大嘘をついてまで私をお父さんを、そして世界中の人たちまで騙して……」
ダミアンの声が足元から聞こえてきた。しかしメイデイドウイフ語しか話せない彼の言葉はわからない。レイレイの声が飛んできた。
「めぐみ様、シーツを取っていただけませんか、太后は今式典打ち合わせのため退出中です。十分もたてばここに戻ってきます。時間がありません。なので今こそ大事な話をします。ですがこの話をする許可は太后からもらってません。意味わかりますか? 私の日本語わかりますか、めぐみ様?」
私はシーツをゆっくりととった。
レイレイが私の顔の前にいた。レイレイは私のベッドの横にしゃがんでいるのだ。ダミアンはあいかわらず私の足元にいて私の顔を見ると軽くうなずいた。
レイレイの目はほっとしたような心配そうな目だった。私の目と目があった。同情の目だ。私の目から水が浮かび上がったため、レイレイの目がぼやけてきた。
レイレイが早口で言った。
「めぐみ様、よく聞いてください。排卵日を狙ったので妊娠は確実にするでしょう。その子供はグレイグフ皇太子の子供です。グレイグフ皇太子のお妃は現在どの候補も太后が気に入らず空席もままでした。ですがこれも決まりかけています。めぐみ様が来てくださったからです。出産後国際な対面を取り繕うために結婚はするでしょうが、相手はあなたではないことは確実です。そして。いいですか、出産前まで妙な行動をしないでください。これはトップシークレットなのです。私たちはめぐみ様の言うとおりにします。日本に帰してあげること以外はどんなわがままでも要求でもかなえますので、どうか太后のいうとおりにするように、わかりましたね?」
私は思考能力が停止している。過呼吸すらない。そして即答した。
「わかりません」
レイレイは眉を大きくあげた。私は自分の頬が濡れているわと思いながらも思考停止中だ。再びレイレイの声が聞こえてきた。なだめるような声だった。
「お父さんには今は無理ですがめぐみ様が健在なことは伝えます、そして必ず会えるようにします。日本では無理ですが、スイスかどこか安全圏で。私は約束します、ですのでめぐみ様はどうかお健やかに……」
「嫌です」
これも即答。レイレイは必死な様子だった。
「太后にはめぐみ様の混乱した気持ちを思いやるよう恐れながら伝えておきますのでどうか」
「恐れながらとはどういう意味よ。何がどうか、なのよ。そもそも思いやりがあるならレイレイ、こんなことで最初から仕組まなかったでしょうよ。この話を思い出したあのバカ太后の考えを封じこめることでしょうよ」
しいっという声がした。ダミアンだった。私を見て首を振っている。それからレイレイに何か言った。レイレイはダミアンの顔をさっと見て首を振り再び私の顔を仰いだ。必死な顔だ。
そりゃそうだ。太后に内緒でこの話を。
いや、待って。
ちょっと待て。
泣きわめきたいがそれじゃ何の解決もならない。
だからちょっと待て。
私は自分の心にブレーキを思い切りかけるために唇をぎゅっとかみしめた。
この機会はめったにないのだ。
ダミアンとレイレイ、この二人だけで話す機会はないのだ。
何か胸の底からこみあがってくる感情を私はぐっと押し込めた。初めて知る感情だ。
私は頭をフル回転させた。
今の時点では日本に戻るのは無理。
太后の後継者を産ませるつもりだ、どうでも。
ならば、ならば。
私はどうすべき?
いいなりになる?
それは絶対に嫌。
私は顔を上げてレイレイに聞いた。
「レイレイ、あと何分ある?」
レイレイははっとした顔をした。私は太后が戻ってくるまで何分あるか聞いたつもりだ。
「行事の打ち合わせですがあと五分もすれば戻られます」
私は唇を舐めた。
「ならばザラストに会わせて」
レイレイがえっとした顔をした。
「ザ、ザラスト様ですか」
「そうよ、できるだけ早く会わせて。それから返事をするわ。でなきゃ、私は自殺するわ」
「自殺はさせません。私たちがめぐみ様を文字通り拘束して出産まで監視することになります。ですからおすすめしません」
自殺はいけないというのではなく、させません、か。
レイレイったら……。
私は再びレイレイを睨み付ける。
ダミアンがレイレイに何か聞いた。ダミアンの口からザラストと言う言葉が出ている。私が何を言ってるのか説明を求めているのだ。
いきなりレイレイが立ち上がった。
「めぐみ様、わかりました。さきほどの方にはできるだけのことをします。ですので、おとなしくお過ごしください。お願いします」
レイレイが早口で言った。
「そきほどの名前は決して太后とダミアンの前では口に出さないでください」
私ははっとした。またしてもレイレイの助言だ、
レイレイの助言が来た。
となると私を拉致してきたレイレイは主犯の片腕でもあり、だがザラストにも通じているということか。
私は顔をとっさに下に向け、軽く頷いた。
これは最低の綱渡りの生活だ。だけど私は必ず日本に帰る。妊娠しようが流産しようが私の知ったことか。太后の思惑もメイデイドウイフの後継者がどうたらとか、もう長くても十年たったら確実に死ぬだろう年寄りのくせに何を言うのか、ふざけるな。八十歳のくせに、もう死んでもよい年のくせに。権力があるから何をしてもよいとは限らない、ふざけるな。
ダミアンとレイレイが去っていく気配がした。
私はぎゅっと唇をかみしめた。
ふざけんな、私を甘く見るな。日本の女子高生をなめんな。
絶対に裏を描いてみせる。
太后にも。
甘い味がした。
私の唇から出た、血の味だった。
私はそれを味わいそれから傷口の痛みを味わった。
私を拉致してきて、私をこんな目にあわせたことを絶対に後悔させてやるわ。
母の声が聞こえる。
めぐみ、あぶない、めぐみ……
お母さんの声が私の脳裏にまた響く。
私は両手のシーツをぎゅーと握りしめた。
負けるものか。




