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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第十五話、太后と一緒、後編

◎ 第七十一話



 太后は私の方をじっと見ている。仕方なく簡単なストレッチをする。簡易とはいえ、ロングドレスでストレッチするのは大変だ。私はドレスの裾をまくって、ストレッチした。緊張しながらストレッチするのは、ほぐれてこないものだ。私はだんだん気分が悪くなってきた。

 太后は液晶テレビのリモコンスイッチを押した。するとなんと私の画像がでてきた。あの最初に盗撮されて新聞の一面に載せられてしまった私のアラベスクポーズだ。あの奇跡の一枚。あれが大写しになった。太后はにっこりほほ笑むとどうやらこんな感じに踊れと言っているのだ。

 もうどうにでもなれ、と私は思った。

 ドレスの両裾をつまんで足をあらわにした。

 大豆先生が振り付けてくれた去年の発表会のふりを通しで踊る。忘れていたところはバッセやアラベスクの静止ポーズでごまかす。きれいにポーズは決まらないでぐらりとゆれたりもした。しかも音楽なし。へろへろなバレエだ。でも太后はそんな私を楽しそうに見ている。

 もういいだろうと手足を下ろすと太后は何度もうなずき、さあもう一杯ジュースを飲めというようにソファに手招きする。

 困惑しつつもソファに座る。

 ジュースはオレンジでおいしかった。そういえば私は食事をしなかった。少し緊張が解けたのか空腹を感じてきた。

 太后は私をまた手招きした。今度は生理用ナプキンを差し出す。

 なんとまたナプキンを用意してくれたのだ、なければ困るのでそれは受け取る。太后は身振り手振りでトイレの中にこのナプキンを用意しているから好きに使えと言っている、ようだ。

 ありがとうというべきか迷ったが、わかりましたという意味で首を上下にぶんぶんと振った。太后はトイレのとなりのドアを開けた。そこは段差のないバリアフリーなシャワー室になっているようだ。湯船はない。

 皇太后はシャワーに消えていった。かすかに水音が聞こえる。

 私は大きなため息をついた。まだのどがかわいていたので、残ったジュースを飲み干した。太后はバスタオルを羽織ったままシャワー室から出てきてそのままクローゼットに直行して、また気楽なムームーみたいなドレスを着た。太后の生活ってこんなものか? あまりにも普通すぎて私は毒気を抜かれる。よかったらシャワーを浴びろとばかりに指さしていくので思い切ってシャワーを浴びてきた。普通のシャワーだった。宝石付とかそんなもこともなくごく普通のシャワーだ。

 シャワー室には備え付けのシャンプーもボデイーソープもあったが匂いも良かった。だけど勝手に使ってはいけないし、と思って使わなかった。シャワーから浴びると、わきにはふかふかのバスタオルがたくさん積んであったので拝借する。肌触りはよかったが、私はどうなるか不安でいっぱいだった。何のことはない。地下の軟禁状態から最高の位にいる太后の部屋に移動しただけだ。本当にどうなるのだろうか。

 着替えはさきほどのムームーをそのまま来た。部屋に戻るとソファの前のテーブルにはアフタヌーンテイーのセットが置いてあった。

 さきほど太后や私が脱いだ厚ぼったいドレスやティアラはなくなっていた。太后が使ってそのまま置いてあったバスタオルもなくなっていた。ということはこの短い時間に誰かが来て掃除して片づけていったのだ。レイレイだろうか、どちらにせよ、私はシャワーを浴びていて水音で聞こえなかったのだ。

 太后が食べろ食べろというので。お茶とムースだけいただく。太后はさきほどのランチでもきちんと食べていたのにケーキも頬張っていた。見かけよりも大食漢なのだ。

 太后は私と会話せずにこにことして見ているだけだ。私はだんだん自分のことを珍獣に思えてきた。檻のない動物園の珍獣だ。まさかこのままではないだろうな、と心配になってきた。


 どこかでぴりぴりと音が鳴った。電話だった。太后は時折液晶テレビを操作して誰かと会話している。何を言っているのかもちろんわからない。

 テレビの画面に五十歳ぐらいの男性が何かを話している。あちらからは皇太后が見えてないのかもしれない。目線が全くあわなかった。そしてその男性は軍服を着ている。一通り話終わると太后が一言声を出すと、挙手をした。話の内容はもちろんメイデイドゥイフ語なのでわからない。太后は会話し、会話が切断するとまた誰かに電話していろいろと指示をしているようだった。電話の相手は画像で見る限り全員男性だった。多分お仕事中なのだろう。

 私は太后の話し相手を見ることができたが、あちらからはどうなのだろうか。だが少なくとも太后と一緒にいて私は映っていなかったに違いない。皇太后と終始目線があわなかった上に私の方を見て反応を示した相手は一人もいなかったから。

 私は太后のソファの隣に座りつつもじっとしていた。

 そのうちに時計が夜の七時になった。時計はなかったが、太后の前にある液晶テレビの左隅で時刻がわかるのだ。

 するとレイレイが来たそしてダミアンも。

 ああ、長かった。ようやく私を迎えにきてくれたのだ。

 私はあの地下室に戻れるのかと思うと軟禁状態でもあってもうれしかった。そのくらい太后と一緒に過ごすのは気詰まりだったのだ。

 諸悪の根源の太后が一体何を考えているかわからない。そこでバレエストレッチをして、ジュースを飲んでシャワーを浴びてソファに座っているだけで時間がたった。後半太后は誰かとひっきりなしにしゃべって何か命令していたし、私はぼうっと座っていただけ。ひまだった。手持ち無沙汰なんていうものではない。

 ところがレイレイは夕食を運んできただけだ。


 なんのことはない、私が軟禁されている部屋が地下の部屋から太后の部屋に変わっただけだ。ただダミアンが太后と何か話しつつ聴診器を当て血圧を測っていた。そのあと採血も。太后の診察を兼ねているのだ。

 それからダミアンは私の方に向き直り私も診察しようとするので私は頑強に拒んだ。するとレイレイが「診察は診察です。これも太后のご命令ですから受けておきなさい」 と私を説得するのだ。

 私がレイレイをにらみつけるとレイレイは必至な目をしている。言うとおりにしてしてくれというのだ。レイレイの目に私はなんとなく気がそがれダミアンに胸をゆだねて聴診器をあてさせるとダミアンまでほっとした目をする。私は太后の診察のついでに血圧や体温、脈を取られる羽目になった。こんなに小柄ななおばあさんが大の男であるレイレイもダミアンも怖がっているのだ。

 どういうことだろう、私にはわからない。


 やがて二人は出ていった。私はレイレイに私はどうなるのかと何度も尋ねたがレイレイは私の質問に一切答えず「めぐみ様は今夜から太后さまと一緒にここでお休みいただきます、太后さまはめぐみ様がこちらに無事到着されて安心されています。ごゆっくりおやすみください」 とだけ言った。

 ということはこれからもずっと私はこのメイデイドゥイフの太后と一緒に暮らせというのか? この部屋で? ずっと? いつまで? 太后に飽きられるまで? もしかしてこの太后が死ぬまで? 逆に私が死ぬまで? どうなの? どうするの?

 それが私を日本からここまで拉致してきた目的なのか? 

 呆然としている間にレイレイとダミアンは揃ってお辞儀をして去って行った。

 二人きりになってみると太后は私を面白そうに見ていた。やがて部屋の奥にあるベッドを指さして寝ましょうという。

 トイレのことがあったので私はすごく警戒していた。が、この部屋のトイレやシャワーでは太后は私に何もしなかった。

 ベッドは二つあり、奥の方が太后のベッド、手前が私のベッドでいずれもキングサイズの大きなものだ、

 しかも天蓋付の大きなベッド。上を見ると羽をはやした天使たちの精密な彫刻が私を見下ろしている。

 まさかこんな展開になるとは思わなかった。だけど本当に私はメイデイドゥイフの太后と一緒に一緒の部屋で暮らすことになってしまったようだ。

 私はこの太后の考えていることがさっぱりわからない。

 また軟禁状態だった。私一人の方が気楽でまだよかったかもしれない。今度は太后と一緒で気詰まりでイヤだった。しかし理由はわからないが、太后は私を歓迎しているようだ。つまり何度でもいうがまさかこんな展開が待っているとは思わなかった。

 太后は姉であるダリアに亡命されたが血縁である私を探し出して一緒に暮らしたかった? 

 ならばなぜ外務省まで巻き込んでわざわざ皇太子までよこしてあんなことをしたのか。あのぼうっとした目の機長もマッチョなスチュワーデスも死んでしまっている。お父さんは無事だたけど広本さんは重傷と聞いている。

 そんな手間暇をかけてまで太后は私と一緒に暮らしたかった? 

 なぜだろうか?


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