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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第十三話、ザラスト登場、後編

◎ 第六十九話


 この人は誰だろう、私はその男性から目が離せなかった。なぜならばその目には見覚えがあったからだ。この男性の目はなんというかお母さんを思い出させるのだ。

 太后の声がお母さんに似ているとすれば、この男性は眼元が似ているのだ。どうしてかはわからない。私はこの部屋に入って太后と私の近くまで来れるということはこの人もまた血縁者なのだろうと思った。ふいに外務省の人たちの声が聞こえた。それと筆子さんの声も。私の頭の中で。

 ……メイデイドゥイフは鎖国なので詳細はわかりませんが、一部の人たちだけが絶大な権力を持って運営しているのです……

 それともう一つ、もう一つある。もう一つ何かがある。さっきの画像、私の耳の前にあるつぶれた小さな穴。私ははっとした。

 太后の耳の前にはアクセサリーがある。イヤリングではなく、ピアスだ。ダミアンはおしゃれで揺れるタイプのピアスをつけている。レイレイは、レイレイはわからない。グレイグフ皇太子もわからない、首相もそうだ。

 だけどダミアンも最初の対面から私の耳の横をみた。あれば私の耳の前の小さな穴を見ていたのだ。それだけを見たのだ。その小さな穴は私も知ってはいたが、目立たないし気にはしていない。なのにあんな地方の小さなバレエコンクールをこの太后がもしくは太后に近い誰かが観て私を見つけた。そして日本の外務省を巻き込んで私を呼び寄せたのだ。

 この小さな耳の穴は一体なんだろう。でも私自身には見えないし気にしたことはない。小さい時にお友達とママゴトをしていた時にめぐみちゃんの耳の前、これなあに? と聞かれたことはある。お父さんはお母さんにもあった、遺伝だなと言ってたっけ。

 え、もしかして、それ? 

 まさか、それ? 

 それだけのために私を呼んだ? 

 まさか、まさか?


 私は首をぶんぶんと振った。私は事故を起こして日本では死んだことになっている。深くは追及はしたくない。怖かった。だけど私は今、一人、なんとしてでも日本に帰してもらわないと。

「め、ぐ、み」

 この車いすの男性もまた耳の前に地味だが小さなアクセサリーをつけている。男性はにこにこしている。私はレイレイに言った。

「レイレイ、いい加減説明して。この人は誰なの。太后の指示が必要なら太后に言って、いますぐに言って。これは一体なんなのよ?」

 おいしいスープを香ばしいパン、おいしそうなステーキ肉がきれいに並べられている。だけどそんなことはどうでもよい。

 皆は私を見ている。そして太后と。

 車いすの男性がレイレイに何かを言った。とたんにレイレイは反応した。

「ご命令により通訳させていただきます。めぐみ、このメイデイドゥイフによく来たね。私はあなたに会えてうれしく思う。どうかこの国が好きになってくれたまえ」

 レイレイは太后に通訳の許可を聞くこともなく、この男性の声を通訳している。

 私は即座に反応した。

「あなたは誰ですか」

 レイレイが私の声を翻訳し、男性の返答をまた日本語に翻訳してくれる。時間がやたらとかかりもどかしく思う。

「……私はザラスト、メイデイドゥイフ太后の一番下の弟だ。メイデイドゥイフのIT関係をしきっている。めぐみ、怖かっただろう、手荒な方法だったが我が国は鎖国であるし、こういうやり方でしかできなかった」

 ちゃんと、言葉が通じた!

 会話になっている!

 この人は私の言葉と私の感情を理解してくれる。私は安堵の思いで言った。

「では、私を日本に帰してくれるのですね、」

 ザラストさんは首を振った。それから言葉を次ぐ、私はすぐに振り返ってレイレイの口もとを見つめた。

「私はめぐみがこの国に入国したことを知ったのは今朝の話だ。姉の計画をもっと早くに知っていればなんとかできたのだが、全くこのスタブロギナ・プラスコヴィヤ太后は……我が姉ながら思い切ったことばかりする。日本の政府を巻き込み死人まで出した以上かつ拉致同様めぐみを連れてきたことを公表するわけにはいかない、つまり君を素直に帰国させることはできない」

「そ、そんな。お父さんが私を待っているのよ、私は学校やバレエをしたいのよ。私はダリアといわれるお婆さんのことは知らないしメイデイドゥイフには興味はないわ。日本で育ったのだから私はこれからも日本で暮らしたいの。私を日本に帰してください」

 ザラストさんは首を振った。

「このメンバーは我がメイデイドゥイフ国の政府そのものだ。君はダリアの直系の血をひいている。そのために重大な任務を帯びている。それを履行するまでは日本に帰すわけにはいかない。もちろんその見返りは十分にさせてもらう」

「にんむ? りこー? ……ってなに、なんですか、どういう意味ですか」

 ザラストさんの目は暖かくやさしかった。なのにこういう怖いことを言うのだ。私は太后とは違う意味で取り乱しそうになったが少なくともこのザラストさんは私にわかるように言ってくれている。この太后や皇太子、首相とは態度が違う。何よりも独裁権を持つ皇太后の弟だという。間違いなくこの国のナンバーツーだ。

「とにかく私を日本に帰してください」

「めぐみ、さっきも言っただろう、私が君の存在と到着を今朝知ったばかりだと。だから今はこれしか言えない。それに私はこういう身体だ。私はめぐみの顔をみにきただけだ。そして自室に戻るがまた会おう。私はめぐみのことを考えておくよ、だから今は太后の意に沿えるよう動いていきなさい。悪いようにはしないから」

「で、でも」

 ザラストさんはレイレイの通訳を待つまでもなく私に軽くうなづいた。

 レイレイがそっとしかし超早口で言った。

「死にたくなかったら太后の言葉に従うのですよ、わかりましたね」

 死にたくなかったら……って……私は思わずレイレイの顔を見た。レイレイは私の顔を見ない。だが明らかに今の言葉はザラストさんの言葉の通訳に見せかけてはいるがザラストさんの言葉ではなかった。私はザラストさんとレイレイの両方の顔をみていたからわかる。またレイレイの忠告がきたのだ。これもレイレイだけの個人的な忠告になるのだろうか。

 ザラストさんは知ってか知らずか私に向かって軽くうなづいてからコントローラーを操作して車いすの向きを変えた。ザラストさんは太后にメイデイドゥイフ語で何か言いながら退室した。太后の返事はなかった。知らぬ顔で前を向いている。まるでザラストさんの存在を知らないようだった。私との会話も見て見ぬふりをしているようだった。一体どういうことだろうか。

 鏡の部屋はザラストさんが壁に向かうと魔法にかかったようにすっと開いた。自動ドアなのだ。鏡の向こうもまた鏡の廊下が続いていたが何人かの警備兵がずらっと並んでいるのがちらっと見えた。やはりここには大勢の人がいるのだ。私が一人ここから逃げ出して日本に帰るのはとても無理だ。

 だけどここでは暮らせない。

 私は今の自分の状況がなかなか把握できない。こんなに綺麗なドレスをきていても、私は囚われの身の上なのだ。これを何とかしないといけない。


 かちゃと小さな音がした。振り返ると太后が何もなかったようにバターナイフを手にとったところだった。同時にグレイグフ皇太子や首相がパン皿の上のパンに手をのばしている。

 今までのザラストさんの言葉が何もなかったようだ。この二人は最初から最後まで会話しなかった。

 レイレイが再び私を座るようにうながした。

 私は手にした母の写真やベビー靴下を大事に持ちながらまた座った。座ると同時にスープがサーブされた。給仕さんは私と目をあわせなかったが穏やかな笑顔を見せてスープを慎重に入れている。ただそれだけなのに、なんとなく落ち着いてきた。太后はスープを飲んでいる。一口すすると私の方を振り向いて「早くスープをお飲み」 と言ったようだ。レイレイを振り向くと「スープを飲みましょう」 と日本語で言った。こういうどうでもよいことは通訳してくれるのだ。だけどこの状況で私はレイレイに文句を言えないし、いうことができなかった。そして太后にも。

 私が拉致された諸悪の根源はこの太后なのに、本人が私のすぐ横で座ってパンを食べているのに私は直接文句を言えないのだ。言いたくても言えないこの状況。この肝心の諸悪の根源は私の気持ちはどうでもよいと思っている。そしてスープをお飲みと言っているのだ。

 私はスープ皿を見たが何も思わなかった。おいしそうとも、いい匂いとも、食べたいとも。

 私はそれどころではないのに、みなは食べている。太后も。この部屋にいるみんなは私の気持ちが気にならないのだ。日本から無理やり拉致してきて今の気分はどうとかも考えないのだ。

 私は手の中にある母の遺影のコピーを見た。手荒に扱ったのでしわくちゃになっている。私はそっと広げて遺影の中の母の目を見つめた。

「お母さん……」

 こうしてみても母は美人だ。

 日本人離れして孤児とはいえ、ロシア系白欧系のハーフだと思われていたのだ。まさかメイデイドゥイフ人だとは。

 太后は母の大叔母にあたるのだろうか。ダリアという太后の姉はなぜメイデイドゥイフから日本に亡命したのだろう。太后と母とは似ていない、全く似ていない。かろうじて声は似ているかなとは思うが母も私が三歳の時に亡くなっているので似ていると断言はできない。また太后の姉の写真もここにはないので、母の遺影はあっても比べることができないのだ。

 だけど今のザラストさんの目は母の目によく似ている。

 私ははっとしてザラストさんが出ていった方向を見た。そこはもうすでに扉は閉じられ鏡になっている。私は今のザラストさんが日本に戻るキーマンになってくれるのではないかと直感した。

「めぐみ」

 また太后の声がした。振り向くと太后は私のスープの指さした。飲め、そう言っているのだ。レイレイが再び私の背後にまわり右手にスプーンを渡した。どうでも飲ませたいのだ。

 私は観念してスプーンを取った。

 テーブルについているのは太后、私、対面にグレイグフ皇太子にワルノリビッチ首相の四人だ。レイレイとダミアンは皇太后の後ろにいる。コックさんたちはいくつかのワゴンを置いたまま退出したのであとはレイレイがサーブしたのだ。なんという奇妙な食事なのだろうか、いつもこんな感じなのだろうか。

 私はスプーンを手にとったが飲まなかった。食欲がないのだ。

「めぐみ」

 太后の声がまたかかった。私は再び立ち上がった。太后は立ち上がった私を見上げて眉をひそめた。

「私がこれからどうなるのか、日本に帰してもらえるのかおしえてください」

 太后からは今のザラストさんの行動や言葉、勝手にレイレイを通訳にしていたことについては不問だった。私はこの太后とザラストさんの関係を深く心に留め置こうと思った。それにまだ説明はされていない。説明は全くされていないのだ。

 私を日本に帰せないと言った。これもよく考えておかねばならない。

 それと太后には逆らわないようにと。

 死にたくなかったら、という怖い言葉がついていた。

 これもよくよく考えておかねばならない。

 太后が私にもう一度何かを言った。手が料理の方を指している。食べろと言っているのだ。

 私は全く食欲がなかったが仕方なくパンを手に取った。パンは暖かかった。おいしいはずだが味がない。スープも大きなスプーンを手にとって一口飲んでみる。おいしいはずだが味がなかった。

 太后が私を見て少しだけ微笑んだが私は微笑みを返せない。どうしてよいかわからないのだ。


 とにかく今は昼食会だ。

 私に説明はなかった。どうやら太后は私への説明はこれでよしと考えているようだ。もちろん私は納得してない。

 私が私の祖母にあたる人がメイデイドゥイフの人でダリアを呼ばれていることはわかったが私にはもう関係ない人なのだ。

 なのに私には重大な任務があるという。

 なんのために。

 私は全く説明されていない。

 この状態でメイデイドゥイフに暮らせるわけはない。

 私は日本に帰る。

 必ず帰ってみせる。




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