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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第十話、太后と対面、後編

◎ 第66話


 女性の声が続く。メイデイドゥイフ語の呼びかけの中に時折「めぐみ」という声が混じる。ノックの音も続く。開けろというのだ。私が返事しないでいるとドアが開こうとしている。そうだった、鍵が壊されていたっけ。私は便器に座ったまま、黙りこくってドアを見つめた。

 長いすそと靴先がちらと見えた。裾の色は薄いブラウンで金色の縁取りがあった。私はそれを見た瞬間太后だと確信した。こともあろうに太后が私のトイレに入ってくるのだ。ダミアンがトイレの鍵を壊してしまったので入ろうと思えばだれでも入れるのだ。私はもちろん「開けないでください、入らないでください」と言った。私の言った言葉は日本語だ。私のいうことはレイレイしかわからない。

 ドアの隙間から見えるドレスのすその面積が広がった。私はぞっとしたが、トイレの便器にこしかけたまま動けなかった。

「◎△□、めぐみ、△△□◎●△めぐみ□●」

 このトイレは私が軟禁された部屋よりは広い。あきれるほど広いトイレなのだ。だからロングドレスの女が二人いてもトイレの中は余裕だった。私はうつむいていたが、ドアが閉まる音がかすかにした。よかった、最低限ドアは閉めてくれたのだ。不幸中の幸いだ。少なくとも太后は女性なのだ。

 私はあわてて自分の方のドレスのすそを長くひいてトイレの便器ごと自分の下半身を隠す。それからゆっくりゆっくりと目線をあげていく。

 その女性も正装をしている。私と会うために。そして私はその女性に会うべくその女性から贈られた由緒ありそうなドレスを着ている。ティアラも借りている。二人の女のうち、片方は私だ。日本人の女の子。私はトイレの便器に座りこんでいる。もう一人の女はメイデイドゥイフの一番偉いとされている太后で便器に座っている私に向かって対面している。

 薄いブラウンのドレスは裾のラインが複雑にカッティングされ、金色の縁取りがしてあった。よく見るとそのドレスにもあちこち刺繍がしてある。地味な色合いだがとても手のこんだドレスだ。

「めぐみ」

 また呼びかけられた。それから目の前に手が差し出された。濃い水色のレースの手袋がはめられている。手のひらを上に両手をそろえて。手の上には四角い白いものがある。紙ナプキンだった。

 私は呆然として紙ナプキンをながめる。手が動いてもっと私に近寄ってきた。

「△□めぐみ、●●□△◎、◎△◆▽」

 やさしい口調だった。私はそっと紙ナプキンをうけとる。それから思い切ってドレスの上にある顔を眺めた。


」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 その人は私と同じ背丈ぐらい、おばあさんといってもよいおばあさん、だった。だけど化粧はばっちりしているおばあさん。つまり年をとってもおしゃれを忘れないおばあさんだ。

 そして目がとても輝いている。薄いブルーの目、そのまぶたには濃いブルーのアイシャドウ、まつ毛も染めているのか淡いブルーになっている。トイレの明かりに光り輝くピンクダイヤのティアラ。背中はまっすぐだが、首まで手の込んだレースでつまり、レースの上に豪華なアクセサリーがある。ティアラとおそろいのネックレスが息づくごとにきらきらと細かく光る。唇が真っ赤に彩られている。髪も見事な銀髪できれいに結い上げている。耳の前と耳たぶにはダミアンと同じような飾りをつけていて、それもティアラとネックレスに連動しているデザインだ。

 私は紙ナプキンを受け取るとその人は軽くうなづいた。私は呆然としたまま日本語でお礼を言ってしまう。

「あ、ありがとうございます……」

 その人は黙っている。表情は私を何というか歓迎するというよりも私という珍獣を見に来ているという好奇心を感じた。ナプキンが手に入ったのはいいが、太后を前にしてドレスのすそをまくってナプキンをあてるわけにはいかない。レイレイやダミアンのような男性が紙ナプキンを持ってきてくれるよりは女性なら誰でもよかった。が、まさか太后が自らナプキンをもってくるとは思わなかった。

 私がとまどっているのがわかるのか、太后はおかしそうな視線で含み笑いをしている。それがなんというか無邪気な感じで嫌味はない。私は少しだけほっとして日本語で言った。

「あの、トイレをもう少し使わせていただきたいのです、あのう、しばらく、退出……していただけないでしょうか……」

 太后は首をかしげた。私の言った日本語が通じないのだ。私はトイレの出口を指さして外に出てくださいというジェスチャーもしたが、太后は動かない。私は便器に腰かけたままどうしようとうろたえた。レイレイは私たちの会話が聞こえるだろうか、外側からは何の音もしない。ということは中の私たちの会話も聞こえてないのかもしれない。だとしたらレイレイが通訳のしようがない。またこの状態でトイレに入ってこられても困るし、いやだ。私、本当に困っている、どうしたらいいのだろう。

 ナプキンを手に持ったまま、私が考え込んでいると太后が今度は膝をまげて私の顔をみた。目線があった。皇太后は年よりは若くは見えるがやはりおばあさんだ。綺麗に化粧はしているが、目尻のしわや法令線は隠しようがない。でも何というか優しげな感じもある。それにその声……その顔特に頬のライン。

 お母さんに少しだけ似ているだの、ということは……お母さんを捨てたお婆さんはメイデイドゥイフ人でメイデイドゥイフ王朝に関係者だということか。

 太后の手が私の頭にきて、私の髪を撫でた。何度も撫でる。いいけどそういうのは私がトイレに出た後にしてほしい。太后の胸もとから消毒剤の匂いがほんの少しした。気のせいではなかった。病院の診察室でよくかぐ匂いだ。手術したところだと聞いていたのだが本当のことなのだろう。しんどそうなところはうかがえないがちょっと気遣いはした方がいいのかもしれないが、今この場では困る。

 私をトイレに一人だけにしてほしい。対面の儀式や会話は私がトイレに出てレイレイに通訳してもらえる状況になってからにしてほしい。とにかく何でもいいから私をトイレに一人にしてほしい。いいからトイレ、トイレ。

 ここはトイレだからお願いだからトイレに一人にしてほしい……。

 そんなことを思って硬直していると太后がふふ、と笑って今度は両手で私のあごをつかみ私の顔を壁側に向けた。つまり横顔にした。

「ほほほ……めぐみ」

 太后はひとしきり笑うと私をそっと抱きしめた。

「めぐみ、めぐみ……ほほほ、めぐみ」

 太后は微笑んでいる。私も儀礼的に笑みを返すと太后の笑みはもっと深くやさしいものになった。それから太后は私の足元にうずくまるように小さくなってしゃがんだ。ドレスの裾が私のそれと重なりもっと面積が広がった。

「?」

 一体何をするつもりか、私が不審に思うと同時に皇太后が私のドレスのすそをまくって後ろに一気に流した。足が丸見えになった。

「あっ、ちょっとイヤよ」

 太后が男であったらこれは痴漢行為なので私は足で蹴り飛ばすところだ。だがこの状況でティアラをかぶった高貴な身分の太后がそんなことをするとは思わない。私が膝と膝をくっつけてむき出しになった足をぴったり閉じる。だが太后は頓着なく私の太ももを撫でまわす。両手の中指と薬指には大きなダイヤ、きらきら光るサファイヤがある。その手で私の太ももをなでまわす。こんなことは想定外だった。

「ち、ちょっと、あの~ちょっと」

 やがて皇太后は私の顔を見上げながら手で私のぴったり合わさった左右の太ももをまるで扉を開けるようにして両手でこじあけるようにした。

「や、やめて」

 私はぎゅーと太ももに力を入れて太后の手が太ももが離れないようにする。そうはさせまいと太后の力が強くなった。なんということ、太后が私に痴漢行為をするなんて!

「や、やめてください」

 私は思わず立ち上がろうとしたが、下着が足首でまるまっておりちょうど足枷をされたみたいになってよろめいた。よろめくと同時に皇太后の方へつまり前に向かって倒れかけてしまったのだ。

 すんでのところで踏みとどまったが、太后はなんと立ち上がって中腰になっている私のお尻の方に手をまわし、指を私のあそこにぐっと押し込んできた。

「ィ、痛っ」

 太后は私の顔を見上げて真剣な顔をしている。あまりに思いがけないことで私は大きく目を開いて硬直した。指は私のあそこにまだつっこまれている。なぜ、私がこういうメにあわないといけないのか。拉致されたあげく太后に会うと思えばその当人がまさか強制わいせつというコトをするとは思わなかった。

 太后は私の顔を無表情で見上げたまま指をぎゅーと奥につっこみ、その上出し入れし始めた。痛いのと恥ずかしさと情けなさで涙がぽろぽろでた。その涙が太后の頬に落ちた。同時に太后は指を抜いた。

 時間にして十秒もなかったと思う。が長い時間だった。私はこの太后の考えていることが理解できない。日本人の高校生を外務省まで巻き込んで皇太子妃と持ち上げておきながら拉致しておいてそのあげくこの仕打ち。性的虐待じゃないか、まさか私の身体をおもちゃにするためにって。まさか太后が同性愛者だとは想定外だった。

 指が抜いた太后はその指を自分の顔先にもってきた。指の先が血まみれだった。その血が太后の手の甲まで伝っている。私の生理の血と私の処女膜が破れた時の血だろう。それを視て太后は満足そうににっと笑った。私はぞっとしてまた涙が出た。私の大事な所はこの太后とやらの気が狂ったおばあさんに汚されたのだ。

 もう情けなくて情けなくて。また涙が出る。

「めぐみ、▽◆◎◎◎、▽◆◎◎◎」

 太后が私に何かを言っている。床に放り出されたナプキンを拾って私に差し出している。あてろといっているようだ。太后は立ち上がり何かを一声だすとトイレのドアがさっと開いた。なんということ、トイレの中での会話は聞こえているのだ。外側には当然ながらレイレイとダミアンがいた。

 私はトイレの便器にあわてて座り直す。ドレスの裾で自分の足をあわてて隠す。太后が何かを言いながらトイレから出ていった。レイレイが深く一礼してから私を見る。

「レイレイ、私を見ないで」

 レイレイのお辞儀がまた一段と深くなった。

「めぐみ様、私は貴女を見ていません。トイレのドアは閉めておきますから身支度をしてください」

「私ここから出たくないわ、今すぐ死んでしまいたいぐらい恥ずかしいメにあったのよ、私、私……太后に今何をされたかわかる? 私死んでしまいたい」

 レイレイはお辞儀をしたままほんの少しだけ目線をあげて私に言った。

「太后さまはめぐみ様が懐妊していないか、また処女の状態で入国されたのかを確認されただけです。もちろん太后さまはめぐみ様の状態と反応をお気に召されました。ですからどうぞお気になさらずに」

「……!」










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