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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第八話、太后と対面、前編

 私は太后から贈られたバレエストレッチ用の鏡に向かった。全身がうつる鏡を見て自分の姿をチェックする。バレエを踊るときのように中指を親指に近づけ腕全体を頭の上にあげてポーズをとる。お姫様になったみたい。頭上のティアラがきらきらと光る。私はドレスの裾をつまんでゆっくりと回転してみる。すると回転する私にあわせてドレスの裾周りも私を中心にゆっくりと渦を巻く。このドレスはとても美しい。

 もう少し私に背丈があったら、美人だったらとも思ったがそれでも笑みがこぼれる。こういう豪華なドレスはやはり女の子のあこがれだ。

 こんな美しいドレスはもちろん初めてだ。結婚式にだってこんなドレスはない。どこかの女王、プリンセスが大事な式典に着るようなドレス。私は似合っているのだろうか。いやはっきり言おう、似合ってない。衣裳負けしている。私は急に不安になってきた。何よりもこれは分不相応というものではないだろうか。こういうドレスはもっと美しくて育ちの良いどこかの貴族のお姫様用でないと着てはいけないのではないか。

 私はもっと自分の目が大きくて鼻も高くて美人であったらと残念でならない。このドレスは華やかすぎる。庶民の私には結婚式の時の新婦ならば、似たようなドレスをレンタルで……ここまで考えてどきんとした。そうだ、皇太后の面会ではあのグレイグフ皇太子も出席、というか臨席されるだろう。皇太子と結婚するとき用のドレスかもしれない。

 まさか、まさかね……結婚式じゃないよね? 私は混乱する。またどうしてよいかわからなくなってきた。

 ドレスはそんな私を励ますようにきらきらと光り輝いている。私はかろうじて気をとりなおす。とにかく太后と会ってみないと話がすすまないのだ。会うのだ、会ってやる。太后が日本から私を拉致してまで私をここに呼びつけたのだから。会ってやる。仕方なく会ってやる。

 レイレイの迎えはまだ来ない。

 私はもう一度ドレスを見た。

 新品でないのはあきらかだったが、この手のこんだ胸もとや裾周りの刺繍はあきらかに機械でざーとしたものではない。刺繍は好きで自分でもちくちくするのでわかるけど、このドレスは白地に金糸銀糸の二色だけで連続した鳥の羽様模様を形作っている。

 私は鏡越しに胸もとの刺繍をとっくり見た後、もう一度ゆっくりとドレスを見ながら回転する。できるだけ首を後ろに向けてドレスの後ろ側がどうなっているか見る。後ろは背中上半分があいているが、下品ではない。足元は長すぎると思ったが、レイレイが持ってきた白い革靴を履くとくるぶしまでドレスのすそがあがり、ぴったりになった。背丈もぴったり、くつもぴったり。あつらえたようにぴったり。

 私は自分の背丈や靴のサイズなどをレイレイに教えたこともない。これが何を意味するのかなるべく考えたくなかった。また自分のドレス姿をどこかの監視カメラで見られているであろうとも。


 レイレイの迎えはまだだ。

 手持ち無沙汰になった私はそばにあるベッドにちょこんと座る。座るとちょっとだけお腹が痛いような気がした。多分緊張しているのだ。今度はドレスのすそまわりの刺繍をチェックする。すそを膝まであげると刺繍してある部分のウラをめくってどんな感じか見てみる。刺繍する人は刺繍された布地の裏を見るだけで刺繍した人の技術がわかるのだ。もちろん私はプロでもないし、単なる刺繍好きにすぎない高校生だけど、そんな私でもこの技術はすごいと思わせる裏布だった。

 糸のほつれは一切ないし、表と同様整然としている。刺繍のウラはたいてい糸の後始末がたいてい汚いものだけど、それを感じさせるものは一切ない。これを逆に表地に出しても遜色ない出来栄えだった。

「すごい、これっていつの時代の刺繍なんだろ、一人でしたのかな、だったら何年もかけてやったに違いない」

 私が刺繍の紋様に没頭していたので、こんこんというノックの音で飛び上がった。これから私は太后に会うのだった。刺繍に夢中になって忘れていた。

 やっとレイレイが姿を現した。が、いつもの三つ揃いの執事仕様の服装でなく、軍服だった。斜め掛けの幅広のたすきのうえには勲章がたくさんついている。軍服の生地は初対面の時のような明るいブルーだった。スカイブルーとでもいうのだろうか、爽やかな印象を与える軍服だ。レイレイはいつものように拝礼せず、私に挙手をしてみせた。

「レイレイ?」

 ドアの方にもう一人軍服を着た人が入ってきた。侍従医ダミアンだ。ダミアンもレイレイと同じようなスカイブルーの軍服を着て私に挙手をしてきた。

「……」

 メイデイドゥイフ人といえば、私はこの二人しか知らない。拉致同然に連れてこられ軟禁状態にされつつも大事にされているとは思っている。しかし見慣れてきたともいえるこの二人から挙手されるとは思わなかった。これから私は諸悪の根源の太后と会うのだが儀式化されているのだろうか。私はベッドに座ったまま挙手したレイレイを不安げに見上げる。たがレイレイの目元は暖かい。笑っているのではなく暖かいのだ。ダミアンの方を見るとダミアンもそうだ。ダミアンは私に一歩近づくと再び挙手をした。レイレイが声をかけてくる。

「めぐみ様、お待たせしました。太后さまの謁見の間まで案内させていただきます」

「……」

 私が無言で立ち上がるとダミアンとレイレイは私の立ち位置と直角になるように二人並び直したのでびっくりする。背の高い二人を思わず見上げたがレイレイが「私が先に歩きます」と言った。もちろん私はその通りにする。私の後ろにはダミアンがついてくるようだ。

 レイレイがドアを開けた。ドアはもちろん全開だ。この部屋から出たいと思ってたがやっと今日出れるのだ。しかも私の拉致の張本人、太后に会うのだ。今この瞬間にだってどこかの監視ビデオで私を見ているだろう。このドレスを着ている私を。

 私は背筋をしゃんとのばし、首ものばして歩く。レイレイの背中を見て歩く。

 ドアを出る。

 この部屋の外はどんなだろう。



」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 あれほど出たかった軟禁部屋。

 一歩出て、私はなあんだと思った。

 普通の廊下があった。懐かしの大盛女学園の新校舎の廊下に似ている。偶然だろうけど。つまりただの廊下なのだ。どこかのオフィスビルみたい。大金持ちのメイデイドゥイフの宮殿の地下だというのでベルサイユ宮殿のようなシャンデリアがいくつもある廊下を想像していた。私が理想化しすぎたのかもしれない。

 レイレイは振り返りもせずゆっくりとした足取りで細長い廊下を歩いていく。私はレイレイの背中だけを見て後ろをついて歩いた。窓もない。等間隔でドアがあるだけだ。ここはいくつかの部屋があるようだが、なんの部屋だか見当もつかない。ドアは全部同じものだった。途中であろうことか焼きたてのパンの匂いがした。ぎょっとして私は足を止めた。かすかだけどパンの匂い……確かにする。どこかで調理しているのだろうか。

 間違いなく人の気配と視線がする。やはりこの建物にいるのは私やレイレイだけではなく大勢の人がいたのだ。彼らの姿は見えない。だけど気配はする。彼らは私に姿を見られないようにか、私を見てはいけない、どちらかを命令されているのだ。

 命令? 

 誰に?

 もしかして太后か?

 

 私は見えぬ監視カメラの向うにいる人々、ドア越しに私が通るのを息をひそめている人たちのために背筋をまっすぐに伸ばしてレイレイの後をゆっくりとついていく。

 軍服を着たレイレイ、ティアラをかぶり豪華絢爛な分不相応なドレスを着た日本人の私、後ろにはこれまた軍服を着た侍従医ダミアン。三人だけの行列だ。奇妙な三人……。奇妙な私。私は爆雪めぐみ。日本で出国直前で飛行機事故で死んだと思われているメイデイドゥイフの皇太子妃になるはずの私、爆雪めぐみ。


 やがてつきあたりにいくと小さなホールがあり、その奥に円形型のエレベーターがある。廊下は私が通ってきた以外にもいくつかあり、このエレベーターから出入りできるようだった。この建物は大きいのか小さいのかよくわからない。

 Под Землей なんだかよくわからない言葉が大きくかかれその下にアラビア数字で四とあった。レイレイがボタンを押した。上と下は記号でわかる。つまりエレベーターというものは全世界共通なのだ。基本は。

 レイレイは部屋を出てから初めて振り返った。にっこりと笑いかけてくれた。しかし私は笑えない。これから何がおこるか不安なのだ。後ろを振り返るとやっぱりダミアンがいる。私はロングドレスにティアラの正装だ。私はレイレイとダミアンを従えて今からどこかのお祭り会場へコスプレにいくのではないのだ。

 エレベーターが到着した。中には誰も乗っていない。三人も入れば小さいものだ。特に私は裾がかさばるドレスなので満員だった。私は裾を両手で持ちそれを巻きスカートのように巻きつける羽目になった。レイレイが言った。

「めぐみ様、少々窮屈でしょうが、我慢してください」

「……はい」

 こういうしかない。ダミアンは無言だった。

 エレベーターの中に入るとそこは何もなかった。つまり押しボタン、開閉ボタンがないのだ。地震が起きた時に備えた外部連絡用ボタンもない。何もない。だから建物が何階建てかわからないのだ。おまけにエレベーターは上昇する前に横滑りしている感覚があった。なんという奇妙なことなのだろう。大きな駅には動く歩道があるがちょうどそんな感じ。行き止まりまで横滑りする感覚を味わった後、やっとエレベーターらしく上にあがっていく感覚があった。アナウンスもなにもない。

 頭の上にごく軽い重力がかかる。急上昇しているのだ、多分。レイレイもダミアンも平気な顔で私の斜め後ろに直立不動で立っているのだ。誰もなにも声を出さなかった。静かな小さな個室。

 やがてエレベーターが止まったかと思うと音もなくドアが開いた。結構長く移動してきたように思える。エレベーターから降りるとそこは地下よりももっと広いホールになっていた。だが廊下は見当たらず一か所だけドアがある。これもここは日本ですよといっても違和感のないしつらえだ。

 ……普通のオフィスビルみたい、こんな大げさな衣装が恥ずかしいぐらい普通のホールに普通のドアだ。それでも私はレイレイの後ろを素直について歩く。ついて歩くしかないのだ。少々胃のあたり、いやもっと下の方にも違和感がある。緊張してきているのだ。


 ドアは観音開きでこれもレイレイがあけた。ダミアンも手伝って全開にする。ドアの向こうには通ってきたホールよりもずっと広い部屋があった。だがテレビで見た空港の手荷物チェックみたいなコンベアがある。しかも長い。廊下なのに廊下沿いにパソコンもずらっと並んでいる。部屋の奥は行き止まりなのに頑丈な鉄格子が張られていてぎょっとした。椅子もデスクも二十は並んでいるのにこの部屋には誰もいない。人の気配がないのだ。

 レイレイは私をいざない、部屋の奥に連れていく。鉄格子を前にレイレイは横の壁に向かい壁に取り付けられている小さなボックスを開いた。テンキーが現れレイレイは何やら指で押している、それから姿勢を正して機械の上の部分に目を近づけた。よくわからないけれど映画で見たような気がする。目の部分のどこか、多分網膜を登録してそれをキー代わりにするものだろう。

 とたんにカタ、と小さな音がして鉄格子がするすると上に上がって行った。同時に視界が開けて大きな広間になった。レイレイが私を手招きして中に入るようにいう。

 私はドレスのすそをつまみ、そっと鉄格子の外に出る。後ろを振り返ると無人のベルトコンベヤーを前にダミアンが直立不動でたっている。ダミアンも私が外に出たのを確認すると私同様に一歩先にすすんだ。ダミアンとレイレイが私をはさんで直立不動になり、挙手した。すぐ後ろで再びカタ、と小さな音がした。思わず振り返ると後ろはもう壁になり、鉄格子は跡形もない。私は背中の向きを変えて通ってきた道があるはずの壁を押す。

「どうなってるの、ここはなんなの? 私を閉じ込めたの?」

 レイレイが落ち着いた声で言った。

「めぐみ様、大丈夫ですよ、あなたを閉じ込めたのではなく、解放したのです。ここが太后さまの謁見の間で、今通ってきた部屋は近衛兵と鎮守兵の詰所なのです」

「な、なんですって」

 私は反対側のとなりにいるダミアンを見上げる。私と目線があうとダミアンはまじめな顔で無言でうなづく。レイレイが再び声をかけた。

「めぐみ様、ここから先が太后さまの居住区に入ります」

 同時にレイレイとダミアンが足のかかとどうしをくっつけてガチッと音をたてて鳴らし、挙手をした。すると大きな部屋が急に鏡張りになった。何の装飾もないのっぺらぼうな部屋から鏡張りになったのだ。一体どういうからくりなのだろう。私の全面、背面、右も左も鏡張り。床もも鏡、天井も鏡。どちらをむいても鏡の中に私がいる。レイレイもダミアンも。三人がいる。ミニスカートでこの部屋には入れないというとんでもない考えが頭から飛び出てそれが口からも飛び出さないように私は唇をきゅっとひきしめた。

 鏡張りの部屋だ。

 太后の謁見の間が鏡張り!

 もっと緊張が高まってきた。過呼吸が出そうだった。おしっこがしたくなった。胃のあたりとお腹のあたりが痛くなってきた。

「れ、レイレイ。私、トイレに行きたい……」

 えっという顔をするレイレイ。私はそれに構うどころではない。私はお腹を押さえている。泣きそうだった。

「トイレ、トイレに行かせてよ」









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