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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第七話、対面準備

◎ 第六十三話


 朝食が下げられてからもずっと私は落ち着かない。昼には太后と皇太子と面会する。そのうえ首相まで。ダミアンは侍従医だからいいけど、こうなったら通訳のレイレイだけが頼りだ。着ている服はこのままでいいのか、どんな顔をしてしゃべったらいいのか、日本に帰らせてという私のセリフを、レイレイはちゃんと通訳してくれるのか。考え事はつきない。

 私はバーをつかんで鏡を見ながら柔軟ストレッチをする。身体が硬い。踊りがへたになっている。私は大豆先生のレッスンをまじめにしていればよかったと思った。後悔先に立たず。でも身体を動かしている間は心配事が少しはましになる。私は苦手だったジャンプを形よく飛ぶ練習をした。足を広げて高くあげるバレエ独特のジャンプなのだが、これが一番気がまぎれる。多分監視カメラの奥では笑われている、だが私は必死だった。シーツにくるまってベッドで横になったまま考え込むのもありだが、過呼吸をおこしそうで苦しくなる。だからこれが一番いい。

 ノックの音がして私は文字通り飛び上がった。レイレイだった。大きな布袋を抱えている。

「太后から面会の時にはこのドレスを着るようにと」

「ド、ドレス」

 とりあえず開けてみるとピンクのふわふわドレスだった。意外だった。広げてみるとキングサイズのベッドがフリルでいっぱいになった。

「う、うわーかわいいドレス。皇太后はこれを着ろと、まるで舞踏会に行くみたい。お披露目会だからなの?」

「そのとおりでございます」

 ぎょっとしたがレイレイは大まじめに言っている。

 よく見るとドレスは新品ではない。だが綺麗に保管されていたらしく布地に痛みはなかった。胸まわり、襟ぐり、襟元にすごく細かい刺繍がされている。レースのない部分は全部ベビーピンクのドレスにピンクと金の刺繍で縁取りされているのだ。


 私も刺繍が好きだからある程度はわかるけどすごく手が込んでいる。バレエの発表会のチュチュとも違う。お姫様ドレスというよりはこれは工芸品、一級美術品だった。私が刺繍の部分を見たくて布地の裏をひっくり返して熱心に見ているとレイレイが咳払いした。

「めぐみ様、それを着てください、あと三十分後に迎えに来ます」

「ちょっとレイレイ、これを自分一人で着ろと」

「私でよかったら手伝います」

 こんな立派なドレスを無造作にくれるなんて。私は太后の気持ちがわからない。無理やりの拉致に軟禁、よく考えたら十六歳の女の子を軟禁して扱いこそ丁寧だけど女性の手伝いも何もないのだ。こういうドレスを着せてもらえる身分であるならば本当は私にも専属ヘアメイクがつくのではないだろうか。太后はおおざっぱすぎると思った。

 私はレイレイの手伝いは断りトイレに持って行っていつものように一人で着た。ドレスはふわふわとかさばり、トイレには完全に持ち込みはできない。胴を入れる部分だけトイレに入れたがあとは全部はみでてトレイのドアも占めることができなかった。胴を入れる部分から足をつっこんでドレスを着ようとしたがまずどこから足をつっこんでいいやら。こういうドレスはやっぱり専用のメイドがついている本物のお嬢様が着るべきものだろう。ようやく形になった。背中はホックどめで助かった。身体を妙にひねっての着付けになったが着た後ドレスは吸いつくようにぴったりとなった。

 トイレすぐ横が洗面用のミラーがついているので見たが着れている。私はあわてて備え付けのくしで髪をといた。せっかくのドレスなのでシニョンヘアにしたかったが、髪留めピンの類がなにもないので、ばさっと髪を下ろすしかない。包みの隅にあった付属の箱を開けると中にティアラもイヤリングもネックレスもあった。中心には大きなダイヤモンドがある。蛍光灯にあてるときらきら光る。大きな粒ダイヤに小さな粒ダイヤがロンドのように取り囲んでいる。この三点セットはお揃いのデザインだった。ここまできては偽物ではなく本物だろう。これをつけろというのだ。

 ティアラをつけ、イヤリングをつけるといっぱしのお姫様だ。黒髪のお姫様……自分で着付けたにせよ、まるであつらえたかのようなドレスになった。

 私はトイレから出て今度は部屋にある大きな鏡に向かった。ドレスの裾がふわりふわりと部屋の床をこする。私は裾がこすれるのも良くないと思ってドレスを両手でそっとつまんだ。するとドレスの裾が上がった分、中のチュールレースが押し出されるように出てきた。部屋の蛍光灯のなんでもない光にドレス全体に刺繍されている金糸や銀糸が反射される。まさに一級芸術品のドレスだ。

 やっと皇太子妃らしくなったじゃんか、と思った。



 






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