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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第五話,侍従医ダミアン登場・後編

侍従医ダミアン登場、後編




 毎日三度の食事プラス、ティータイムのおいしすぎる食事で私は身体が少々重くなってきた。毎日高カロリーの洋食では肥ってくるのも当たり前だ。浴室前の小さな鏡でも頬のあたりがふっくらしているのを確認して泣きそうになった。ここにきてまだ十日もたってないのに、このザマ。

 これは何とかしないといけない。

 だけど外出不可だし……ドアを開けようとドアに近寄るそぶりをみせるとレイレイがドアを開けて「どうかしましたか」と言ってきたりするのだ。

 レイレイは私に笑顔は絶やさないがレイレイがあの飛行機で池津さんにした酷いことを思い出せば、命令されたら殺人でも平気でしかねない。私は部屋を出ることでレイレイに逆らいたくはなかった。その代わりと言ってはなんだが部屋の中にいる時計やカレンダーぐらいなら、わがままをとおさせてもらおうと思った。

 軟禁……映画や小説だと普通の女の子でも監視員を懐柔したり、色気で誘ったり時には殴って気絶させて脱出したりするが、運よくこの部屋から出ることができても言葉も通じぬ外国から日本に帰国する自信がない。また私には助けは来ないのだ、全世界の人たちから死んだと思われているから。

 毎日ため息をついたり泣いていても仕方がないので私は一人になるとバレエレッスンを始めた。監視カメラがあるので、笑われているかもしれないが、その様子はわからないし、太って醜くなるよりはましだろう。

 やりはじめてみると、少しの間でもストレッチをしていなかったので身体が硬くなっている。いけないなあと思いつつ、大豆バレエで覚えたレッスンメニューをこなしていく。膝を浅く曲げるドゥミプリエ、深く曲げるグランプリエ、手や顔の向きに気をつけてやってみるといかに自分がたるんでいるかわかってくる。

 するとやっぱり監視カメラで観られていたらしい。

 その日の夕食と一緒にレイレイは大きな鏡とバレエ用の長いバーを持ってきてくれた。鏡は大きくて全身が映る。移動式で四隅に駒がついているタイプだ。

「太后さまからのプレゼントでございます」

 やっぱり監視カメラで観られているんだ、と思った。こうなるとレッスンでも誰かに見られていると思えば背筋もピンと伸ばし、腹筋もつかって踊ることになる。私はストレッチしながらレイレイを鏡越しににらみつける。

「やっぱり私のストレッチも見張っていたのね?」

「どうぞお使いください」

 私はこの部屋のどこに監視カメラがあるのかきょろきょろしてみたが、レイレイは教えてくれないのだ。私は結構目をさらにして探したがカメラの場所が全くわからない。あきらめたが、観られているという意識はバレエにはよいのかも。だが着替えの時には困る。精神的なストレスが半端ないのだ。私は着替えなどはトイレに行って着替えることにした。しかしトイレや浴室には鍵がかからないことが今の私の身分を語っている。それでも部屋のど真ん中で着替えないように決めた。食事やストレッチはもう仕方がないので、これはさっくりとあきらめた。なによりダミアンが早ければ週末に太后に会えると言ったので期間限定と思って我慢できた。

 私がバーを使ったバレエストレッチをしているとレイレイはにこにことして見ていた。私はふと思いついてレイレイに聞いてみる。

「今この瞬間も太后が観ているということね、レイレイ」

「それについてはお答えできません」

「じゃあ、これはどう? 鏡とバーがすぐ来て私はとても助かる。だって自分のポーズをチェックすることはクラシックバレエにはとても大事なことなのよ。それを知っていたということは、太后は昔バレエを習っていたのではなくて? だってバレエは鏡とバーがあるとやりやすいし……」

 言っている途中からレイレイの表情が輝いたので私はびっくりした。

「めぐみ様、ご明察です。誠にその通りでございます」

「……へえ、そうなんだ……」

 レイレイは私がストレッチの最後まで壁のあたりでかしこまって立っていたが、やがて出ていった。


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 私は寝るときはかならずベッドカバーに潜って寝た。寝顔を見られたくなかった。寝ようとすると日本にいたお父さんと私の家、私の部屋、大盛学園の教室、大豆バレエのことがいろいろと思いだされて泣いてしまうからだ。毎日私は泣きながら眠っている。この部屋にはビデオがあるのだから、レイレイ、ダミアン、そして太后もそんな私を知っているはずだ。

 もう少し軟禁された状態を説明しよう。 

 着替えはレイレイが毎日新品を持ってくる。ネグリジェもブラウス、スカートも全部。レイレイが綺麗にパッキングされて中身が外から見えない状態で渡してくれるのだが、下着まで持ってくるので恥ずかしかったりする。もちろん私の好みを反映したものではないが、身に着けるものは全て新品で全てとろんとした手触りのシルクのものだった。シルクもピンからキリまであると思うがこれも最高級のものをよこされているのはわかるので、メイデイドゥイフの途方もないお金の一部が私の服に使われていると思うと奇妙な感覚を味わう。

 ベッドメイキングもレイレイがする。ソファで座ってその様子を見ていたらレイレイは必ずベッド周りもチェックしている。私が何かたくらんでいるのか警戒しているのがわかる。

 私はレイレイが背中を見せていても、襲い掛かったりはできない。小説や漫画ではそんなシーンはいくらでもあるが、いざそんな立場になるとレイレイの強さも垣間見ているだけにとても無理だと思うのだ。

 かわりに私はレイレイにちくちくと嫌味を言う。

「レイレイは私だけではなく、日本中の人を騙して私を拉致してきた犯人よ」

「……申し訳ありません」

「皇太子も太后もろくでなし人でなし」

「それはおっしゃらないでください」

 レイレイはいくら罵倒されても平気だが太后のことを罵倒されるのは我慢できないようだ。太后への恨み節を言うたびにレイレイは顔をこわばらせて黙らせようとする。

「ふん、太后のわがままで私を拉致してきたくせに。手術後かなにか知らないけど卑怯な人であるに間違いない。皇太后が殺人を命じたら相手がだれであろうが殺すのでしょ?」

 レイレイは立ち上がってソファにいる私の口を押えた。レイレイの手は大きく力強く私は勢い余ってソファに寝た状態になる。レイレイの長い髪が私に覆いかぶさって世界はレイレイと私だけになったような気がした。レイレイの身体からベルガモットの匂いがした。レイレイの彫の深い目が真っ直ぐに私を見つめる。だがその端正な顔は歪んでいる。

「しっ、めぐみ様。黙っていてください。でないと私はあなたをずっと眠らせないといけないようになります」

「……」

 レイレイはぱっと私から離れた。それから私に拝礼した。

「申し訳ありません。私は太后さまのことが出たため、あなたの身体に思わず触ってしまいました。どうかお許しくださいませ」

「……」

 レイレイは悲しそうな顔で言う。

「めぐみ様が太后さまに早く会いたい気持ちはよくわかるのに、怒らせてしまいました。本当に申し訳ありません」

「違うわよ、私の言っていることは太后に早く会いたいのではないのよ」

 レイレイは首を振った。目が必死に何かを訴えている。黙っていろというのだ。ノックの音がして同時にドアが開いた。ダミアンだった。白衣は着ていずサーモンピンクのカッターシャツに白いパンツでラフな服装だ。オフの日だったのだろうか。ダミアンの表情は硬く私に一瞥もしないでレイレイに近寄り、メイデイドゥイフ語で何かいったかと思うといきなりレイレイの顔を殴りつけた。

 レイレイの顔の中心から鼻血が噴出した。ダミアンはまだレイレイを殴りつけている。二発、三発。レイレイはダミアンが殴るのにまかせて一切抵抗しなかった。

 ダミアンはレイレイの襟元を両手でつかみ、メイデイドゥイフ語で何やら怒鳴るとぱっと手を放した。レイレイは床に崩れ落ちる。

 ダミアンは何やら怒っているのだ。何を怒らせたのだろうか。ダミアンがくるっと身をこっちに向けて私ははっとした。太后の話が出たからか? それがいけなかったのか?

 ダミアンは私に向かってつぶやくようにして何かを言った。私にはわからないので、床にうずくまっているレイレイに「ダミアンは何を怒っているの、私が太后のことをろくでなしと言ったから?」と聞いた。

 レイレイはハンカチを出して鼻血を拭きながら立ち上がる。

「めぐみ様には大丈夫か、と言っているのだ」

「私は大丈夫よ……レイレイ、まだ血が出ているわ」

「鼻血だけだよ。口元は切れてないし歯も大丈夫だ。ダミアンは私がめぐみ様を襲ったのかと勘違いしたのだ」

「ええっまさか」

 意味がわからない。ダミアンが何かを言っている。それからドアを指さした。レイレイはダミアンに促されて部屋を退出した。

 私はまた部屋に一人になった。まだ暖かいオレンジペコを飲み干す。ちょっと考え込んだがはっとした。私たちの話が日本語でわからないにしても、私は太后の悪口をいって、レイレイがそれを止めようとして私の口を押えた。部屋のどこかにある監視カメラで私たちの様子をみていたら二人が重なっているように見えるのかも。なんというか、キスをしているように見られたかもしれないと思ったのだ。一応軟禁状態にしても、しつこいが一応、私はまだグレイグフ皇太子のお妃候補なのだから。ダミアンがレイレイに殴ったのはそれしか考えられない。

 太后の悪口か、それとも私にキスしてるとか、それしか考えられない。

 そもそもレイレイとダミアンの関係が私にはさっぱりわからないのだ。







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