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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第四話、侍従医ダミアン登場・中編

侍従医ダミアン登場・中編


 やがてダミアンが今度はポケットに手を入れて光沢のある長いチューブの先端を出した。聴診器だった。そして私の胸にあてるポーズをしてきた。まさか、と思ってレイレイの顔を見ると「ダミアンがめぐみ様の主治医になるのです。今後具合が悪くなったらダミアンが診察するのでお気軽にお申し付けください」という。もちろんこれは拒否したい。

「診察なんかいらないわ」 

「わかっております。でも……」

「でも、何よ?」

「ダミアンは太后さまとめぐみ様専属の侍従医なのです」

 私は肩をすくめた。

「どうしてもイヤだといったら?」

「睡眠薬入りの点滴をしたうえで診察するしかありませんが、およろしいですか」

 私はレイレイをにらみつける。

「およろしくありません……わかったわよ、私には選択の余地はないのでしょ、勝手にしてよ」

 レイレイは恭しく私に目礼をした。私はだんだんとレイレイに対する態度がぞんざいになってきたと自分でも感じる。でも仕方ないのだ、私の感情をぶつける相手は日本語がわかるこのレイレイしかいないのだから。

 そして私はもう日本から離れて一人ぼっちでいる。韓国よりも中国よりもロシアよりもまだ遠いメイデイドゥイフの宮殿のどこかにいるのだ。そして日本どころか世界の誰もがその事実を知らない。私は早く日本に戻って私の受けた仕打ちを説明しないといけない。こんなの三十億円もらっても引き合わない。とりあえず太后に会わないと話がすすまないことは理解した。

「レイレイ、早く太后に会いたいわ、それとグレイグフ皇太子にも」

「わかりました。侍従医のダミアンと相談の上、太后さまの意向がわかり次第伝えます」

 太后の意向……太后は何かの手術後だというし、もうどうにでもしてよ。

 私はレイレイやダミアンを前にそっぽを向いた。日本にいて普通の女子高校生のままならこの長身のイケメン二人を前にこんな態度はとれないが、拉致された上監禁いや軟禁ときてはへらへら笑っていたり泣き崩れている場合ではないのだ。自分を強く持つしかない。私は言った。

「レイレイ、私の通訳はあなたしかいないし、しっかりしてよ!」

 レイレイの頭の下げ方がより深くなった。平気だ。私は嫌われてもどうでもよいのだから。

 不本意な診察は極めて事務的だった。ダミアンはさっと私の胸に聴診器をあてると、すぐに手を放す。胸の拍動には問題はなかったようだ。大丈夫というようにうなづいてレイレイに合図する。背中にも聴診器をあててハイおしまい、だった。時間にして一分もかからなかった。よかった。

 それから二人は並んで私に一礼すると二人は部屋を退出していった。また一人になったが、ほっとした。それからまた私は身体を丸めて一体、私に何が起きているのだろうと考えてばかりいた。



 夕食の時にはレイレイはもちろんきた。時計を見ると午後の七時。私は普段から時計の時刻に無頓着だったが、今後は気をつけてみようと決めた。

 レイレイが手慣れた様子でワゴン上の食事をテーブルの上に置いていく。私はケーキは結局食べなかったのでお腹がすいていた。うっかり有難うと言いそうになって口を押える。私は拉致されたというのに、まだレイレイに遠慮しているのだ。レイレイを本気で怒らせると殺されるかもと思ってしまうのだ。初めて会った時のレイレイの美しさに心打たれたものの、その直後にレイレイが外務省の人たちに銃を向けたし、デース・池津さんへの仕打ちを見たら人間を平気で殺せるのは間違いないからだ。

 私はレイレイの端正な顔を見ているとこの人の顔こそ美しいが得体のしれないものを感じて見ていると苦しくなってくる。またグレイグフ皇太子が姿をみせないことも気になっている。私が会ったメイデイドゥイフ人は使節兼通訳兼拉致実行犯のレイレイ、グレイグフ皇太子、そしてこの太后付きの侍従医ダミアンの三人だけだ。

 私が直接言葉を交わしたメイデイドゥイフ人はこの三人だけだ。だけど三人は顔つきこそ違うのにどことなく似通っているのに今にして私は気付いた。といってもここが似ているとはいいがたい。なんとなくといった曖昧なものだ。

 私はベッドに寝そべったままテーブル上に食事を並べるレイレイを眺める。レイレイはダントツに格好がいい。俳優さんといっても通るぐらいだ。しかも使節、通訳、軍人、一人で何役もこなして私をメイデイドゥイフに連れてきた。さっき会った侍従医ダミアンもまた容姿端麗だが、お医者さんと言っても宝石ピアスを堂々と目立つところにつけるところがナルシストぽい。そしてグレイグフ皇太子は三人の中で一番年上だろうが、いかめしい顔つき、がっちりした体つきで威厳がある。こんなに違うのにどこかしら似ているのは三人ともメイデイドゥイフ人だからだろうか。

 何と言ったらいいだろう。

 なんて奇妙なことだろう。

 彼らは国家ぐるみで日本を騙して、国際的にも騙して私を拉致しているのだ。いや食事が出るから監禁というのではなく軟禁という状態なのだろうが、国際的と言う言葉を使うと世界的に規模が広い印象を受けるが案外狭い世界の判断で私を拉致したのではないかと思った。


 食卓が整ったのかレイレイがにっこりと笑って話しかけてきた。毎日朝昼夜と顔を合わせるのに、レイレイは毎回、はじめて会ったように几帳面に礼儀正しく背筋を伸ばして言うのだ。

「めぐみ様、お待たせしました。お食事でございます」

「……お腹空いてないわ。それにこの部屋でばかり一人だけで食事っておもしろくないの」

「めぐみ様のご意向は太后さまに伝えておきます」

「何でもかんでも太后太后っていうのね、太后の指示を仰がないと何もできないってこと?」

「さようでございます」

「……」

 怒鳴りそうになったがカメラがあると言っていたな、それを思い出して私は黙った。かわりにため息をついた。

 レイレイは気づかわしげに私の顔を覗き込む。

「太后さまのご回復は順調です。早ければ今週末にでも会えるかと思います」

「……その会う日も太后が決めるのね?」

「もちろんでございます」

 レイレイは私のいうことには逆らわないが必ず太后に聞いてから教えますとか返答しますという。私はそれがストレスだった。

「私が日本を出発したのは八月十五日よ、本当ならもうとっくの昔に結婚式も終わっているはずなのよ。これからどうするつもりなのか、答えてよ」

「それも太后さまに教えていいか聞いてからご返答します」

「もうっ」


 ワゴンの上の食事は皆手間がかかっておいしそうなものばかりだった。かならずアペリテイフ、スープにサラダ、メインデイッシュはお肉か魚料理のどちらかだった。チーズやケーキは必ず食後についてくる。つまりフルコースだった。栄養があるのはよくわかる。それとこの食事は囚人用でなく客人ようであるのもよくわかる。つまり私は拉致されてきたといえども、決して粗末な扱いではないのだ。

 私はまたため息をついてパンをとった。パンは焼き上がったばかりのフランスパンをカットしたものだ。ほどよく暖かい。スープもできたて、サラダも新鮮。メイン料理は間違いなく手がこんできて最高級の食事だ。

「本日のスープはボルッキオのボスカイオーラ風でございます」

「レイレイ、日本語でわかるように言ってくれるかしら」

「……焼きトマトとセロリとボルチーニのオニオンスープ でございます」

「ボルチーニって何?」

「キノコの一種でございます」

「……」

 私は黙って食べた。目の前にいるのがお父さんや理玖たちだったらどんなにかおいしく食べられるだろう、だけど私はこのベッドしかない部屋で一人で食べるのだ。レイレイはいつもそばについているが、レイレイ自身は少なくとも食事はこの部屋ではとらなかった。

 私はふとおもいついてメインデイッシュ用についている大きなナイフを右手にとってわざとらしくレイレイの前でナイフを自分の首に向けてみた。案の定レイレイは私の手首を軽く握ってナイフを落とした。私が形だけで自殺のポーズをとったのをわかっているようで、緊迫感こそなかったが手首の握り方が超ソフトなのに私の手が何かのスイッチが入ったようにナイフを離してしまったのだ。私の手首は何ともないが、その鮮やかさにレイレイはやはり普通の人とは違うと思った。

 レイレイは笑顔のままでナイフを拾った。それからそのナイフを手のひらにのせたまま私に向かって拝礼した。頭を下げる姿勢のままでレイレイは言った。

「めぐみ様、おふさげがすぎると食事の時は全部スプーンで食べていただかないといけなくなります。ナイフやフォークの類は一切渡せなくなります。最悪の場合は食事はなくなり、栄養剤の点滴になります。それでもおよろしいのですか」

「……およろしくありません……」

 これで一つわかった。レイレイは使節兼通訳兼拉致の実行犯兼私の自殺防止管理人というわけだ。

 私はまたため息をついて横を向く。

 レイレイは何もなかったようにスープ皿を下げて今度はサラダを持ってきた。

「いらないわ、そっちのお肉にソースをかけて、ソースはなに?」

「メイデイドゥイフ風味です」

「ナニソレ、わかるように説明して」

「赤ワインとフォン・ド・ヴォ-を使用し、黒こしょうをきかせてとろみをつけたものでございます」

「フォンどぼーってなに?」

「フォン・ド・ヴォーは茶色のお汁のことでございます。子牛の骨やスジを焼き色がつくまで炒めて弱火でゆっくり煮込んで香り付けをしてソースに仕立てたものをいいます。あの私の日本語わかりますか、めぐみ様」

 私はそっぽを向いたまま食べる。そんな状態でもおいしいお料理だった。コックが優秀な人なのは間違いない。今までにも名前はわからない魚や肉も食べたが全部はずれなしというのはすごい。しかし万事がこんな調子で食事をしてもおいしいのだが、おいしくないという感じだった。こんな矛盾した気持ちをかかえたままでは、体にもいいことはないと思う。レイレイは私が食事を終えるとさっさとテーブルを片づけて出ていった。

 私は一人になるとベッドの上にシーツをまとって横になる。

 最初はいつでも見られているという考えにとらわれて何もできないように感じたが命を取られる心配はないことは本能でわかっていた。それとレイレイの恭しい態度とおいしすぎる食事も私の不安もある程度は和らげてくれる。

 私は横になったままシーツの隙間に目だけ出して部屋を改めて見回した。

 この部屋もベッドとソファセットしかないが、ベッドは金属製でなく木製のどっしりした重厚感のあるもので、ベッドの脚はバラの花を彫刻された猫足のものだった。ソファも革張りだしっとりとした印象だ。贅沢品の知識がなくともこういうのが一級品だとわかる。だから私は粗略な扱いはされていない。食事も最高級のいいものが出されていると思う。いつも銀食器の重いものだし、単なるスプーンやフォーク一つとってもずっしりくる。お茶の時間はもう少しくだけた感じで軽い食器で盛り付けられてくるようだが、理玖のママがコレクションしているティファニーやドイヤルドルトンなども見た。むかつくけどそれなりに配慮みたいなことをされていると感じる。もちろん私はレイレイの言いなりになるつもりはなかった。とにかく手術をしたばかりだという太后に会って話を聞くつもりだった。



 レイレイは私が食事をするときは必ず横についていた。食事が終わると出ていった。トイレやシャワーは自由だった。電話の類はなかった。テレビもラジオも置いてない。手足を縛られたら監禁、手足が縛られてないけど、外出できないのは軟禁だというが、私は軟禁されているのだ。そして何度でも書くが、日本中の人はこのことを知らない。超玉の輿に乗れたはずの爆雪めぐみという女の子は迎えにきた飛行機事故で死んでしまったと思われている。





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