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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第三話、侍従医ダミアン登場・前編

侍従医ダミアン登場、前編


 とりあえず今日の日付と時刻はわかった。それでどうなるというわけでもない。大臣や大勢の自衛隊の見送りを受けて機上の人になった直後に私は気を失った。肝心なところの記憶がすっぽ抜けているのだ。自分の感覚がわからない。私はレイレイが去った後卓上カレンダーと卓上時計を交互ににらみつけた。

 もう少しあてがわれたこの部屋の説明をしないといけない。

 部屋は暑くもなく寒くもない快適な部屋なのだがこれがメイデイドゥイフの宮殿の部屋だというと信じられない。窓こそないけど、日本のどこかの新築のマンションの部屋、それかどこかのホテルですよと言われても納得するだろう。本当に何の特徴もない部屋なのだ。

 ホテルといえば帝国ホテルのスイートルームのようにたくさんの小部屋があってソファもあってというしつらえならわかる。また宇留鷲旅館のような和風建築を売りにした部屋のしつらえならわかる。だけどこの部屋はただの四角い部屋で壁際にキングサイズの大きなベッドがあって、横にソファと小机があるだけなのだ。ドアはベッドと反対側の壁についている。一枚だけの丸いドアノブのある普通のドアだ。ベッドから見てすぐ右手側にはトイレとシャワールームがある。バスタブはなし。本当に寝るだけの部屋なのだ。レイレイはあんなに国家がらみで私をお嫁さんに来てくださいといっておきながら私を死んだことにしてこんなつまらない部屋に閉じ込めるという仕打ちをしているのだ。


 私はよく考えて行動しないといけなかった。私はベッドで横になって手を組んで頭の下に敷いた。天井も普通の埋め込み式の蛍光灯だし、碁盤のマス目のような刻み目があるが装飾はそれだけだった。壁には絵もポスターも何も貼られていない。色こそ薄いピンクだがのっぺりしたつまらない壁だ。

 監視カメラがあると言われているが私の目にはわからなかった。しかしどこかには、あるのだろう。タイミングよく私が起きてすぐレイレイが食事を運んできたりするからだ。


 いつしか眠ってしまったようだ。時計を見ると午後の三時だ。ざっと二時間ぐらい昼寝をしてしまったのだ。起き上がってソファに座りぐだーとしていると、レイレイが紅茶とケーキを運んできた。私にはレイレイしかいない。レイレイは私の顔を見るとにっこりとした。私は笑顔を返しはしないが、それでもとりあえずレイレイは友好的だ。私はレイレイの笑顔にも慣れてしまった。顔がいいと得だ。私は拉致されてきたというのに、どうしてもレイレイの笑顔を見ると憎み切れないのだ。それにレイレイの態度がいつでも恭しく、この部屋から出れないというだけで三度の食事はいいし、こうしてティータイムもあるしバスタブこそないけど、設備自体は文句がない。つまり拉致や監禁いや軟禁か、そういう犯罪的な言葉が似合わないのだ。

 私は両手を頭の上にあげて、背伸びした。それから横目でレイレイを睨んだ。

「……お茶の時間ぴったりに私は目覚めたわけね?」

 レイレイはにっこりとほほ笑んだ。

「さようでございます、めぐみ様。今日のティーはオレンジペコ、フレッシュベリーとチョコレートのタルトです」

 私はレイレイに熱い紅茶をかけてやりたいぐらい腹がたっていた。もはや私はレイレイに対して好感をもっていない。私はこの人に拉致されている状態なのだ。大嫌いだ。だけどこの状態でレイレイを怒らせるのは一番まずい状況だ。日本語をしゃべって私の世話をするのはこの人しかいないのだ。しかも今のところ私に危害を加えようとはしていない。

 だから私はレイレイに話しかけるときは、口に出す前によく考え、行動しないといけない。

 私はいつ日本に変えれるだろうかと考え込むとこの状況が受け入れがたくて、また過呼吸をおこしそうになる。だが今倒れるわけにはいかないのだ。私は何としても日本に帰ってお父さんに会わないといけない。

 私は時計を恨めしそうに見た。何の変哲もない日本のどこにでも売られている普通の液晶時計だ。デジタル形式だ。時計の表をじっくり見たら小さい字でSEIKO とあった。堂々のメイドインジャパンだった。何が鎖国の国、よ。ふん。

「めぐみ様、普通の時計でございますよ」

「わかってるわ、見ただけよ」

「午後三時。時間ピッタリに来るのね。ここって日本との時差はどのくらい」

「日本は夜の十時ぐらいでしょうか」

 私はちょっとだけ考えた。

「じゃあ時差は七時間あるのね……」

「そうなりますね、さあ、冷めないうちにお茶をどうぞ」

「レイレイ、太后にはいつ会えるの」

「あと少しで会えますよ、太后さまはめぐみ様に会えるのを楽しみにしています」

「……何度でも同じことしか言わないのね? グレイグフ皇太子は?」

「ああ、彼も楽しみにしています」

「……本当かしら」

 私が疑っていうとレイレイはいつもの微笑みを絶やさず立ってお辞儀をするのだ。レイレイは私の三度の食事やおやつの時間にはこうして接してくれる。

「レイレイ、私の食事以外はどこで何をしているの? 太后の世話?」

「そうなりますね、私はいろいろな仕事を持っていますので」

 今にして私はメイデイドゥイフの使節レイレイのことを何も知らないのに気付いた。

「ねえレイレイ、本当はいくつなの?」

「はい、私は二十一歳です」

「私より五歳年上なのね」

「そうなりますね」

 レイレイは素直に私の質問に答えてくれる。

「どうしてそんなに日本語が上手なの」

「私の仕事の一つが諸外国語をメイデイドゥイフ語に通訳することなので」

「じゃあほかの言葉、英語やフランス語などしゃべることもできるの」

「ええ、大丈夫です」

「中国語やイスラム語も」

「はいできます」

 私は腹をたてながらもレイレイを思わずほめてしまう。

「レイレイは頭がいいのね、天才じゃないの」

 レイレイがふっと笑顔になった。素の顔というか何というか。そんなに頭がいいのに威張ったりもしない。くそーそんなに良い顔をされると心底憎みくれない。レイレイはずるい。


 その時ノックを音がして私はぎょっとした。レイレイがドアの方へ行った。誰かが入ってきた。裾の長い白衣を着ている。首には聴診器をかけていた。聴診器の先は胸ポケットに入れられている、お医者さんだ。その人はレイレイと同じぐらいに背が高い。レイレイが言った。

「めぐみ様、前に申していた侍従医が挨拶をしたいと参りました。彼の名前はダミアンディ・グリィフィン・フィンチィリュジリアンディ・ドゥディ・ハイアィミンダゥディです。ダミアンとお呼びください」

 ダミアンは黒い髪に黒い目をしていた。髪もレイレイと同じく肩まであって後ろで一つにまとめてくくっている。真っ直ぐに私を見つめてくる。彼は両耳の前に何か光る飾りをつけている。ピアスにしてはヘンな形をしている。ダミアンはレイレイと違ってにこりともしなかった。

「△△◇◎○、△○●□」

 何を言っているかわからない。レイレイがダミアンより前に出てきた。

「通訳いたします。ダミアンはめぐみ様にお目にかかれて光栄だと申しています」

「……爆雪めぐみです」

 ダミアンは真面目な顔をしていたが、丁寧な動作で私を軽んじたりする気配は微塵もない。

 ダミアンはレイレイに何かを言って、レイレイが答えている。二人は私のことについて話し合っているように感じたが内容はわからない。私にはメイデイドゥイフの言葉は全くわからない。不安気に二人を見ているとレイレイが私に言った。

「めぐみ様、心配しないで。私たちは仲間です。このメイデイドゥイフ王家を守るための仲間です。ダミアンはめぐみ様のお顔を改めてゆっくり見に来たのです」

「私の顔を? 改めて? ゆっくり?」

「そうです。壁の方を向いて横顔をみせてあげてください」

 レイレイは大まじめだった。 ダミアンは私を仲間だという。どういう意味なのだろうか。

 私が壁の方を向くとダミアンが近寄ってきてぎょっとした。ダミアンが何か言うとレイレイがすぐに「動かないでと言っています」という。仕方なく私は目を閉じた。

 ダミアンは私のそばに座り私の横顔をみている。なぜ正面からではないのだろう。ダミアンが私の頭にさわった。私はその日はヘアをまとめずストレートにおろしていたのだが、一部胸側におりていたのだ。その髪をダミアンは後ろの背中側に流す。これはどうみても恋人同士がやる仕草ではないか。

 ダミアンがとてもクールな外見でなかったらこれも張り倒すところだ。それからもダミアンがじっと私の横顔を見る。どうにも我慢できなくて薄く目をあけて横眼をつかってダミアンを見る。ダミアンは真剣に私を見ている。

 彫の深い顔に直近の距離で見つめられるというのは落ち着かないものだ。ダミアンのピアスが耳の前にあって変わっていると思った。電燈の光にきらめく青い光。お父さんが持っているネクタイピンに似ている。宝石のことはわからないけど、これはアメジストっていうのじゃないかなあ。ピアスを耳たぶにせず耳の前にするのはめずらしいと思った。

 真正面に座っているレイレイが今度は反対方向に顔を横に向けるように言う。私の頭はまたまたクエスチョンマークだらけだったが言うとおりにした。自動的にダミアンの方を向くことになると思ったが、今度はダミアンが私と反対側のソファに移動した。つまりダミアンは私の右の横顔と左の横顔を見たのだ。もう全然わけがわからなかった。

 しかもダミアンは私の耳にさわる。そっとやさしくなでたり、つついたり……これって恋人同士がやることではないか。私は急に恥ずかしくなって両手で左耳を覆っていやいやと首を振った。そしてまた薄目をあけて横目でダミアンを見る。

 ダミアンが笑顔になっている。初めて笑ってくれた。なぜか満足げに何度もうなづいている。それからレイレイの方を向いて何やら話した。レイレイが声をあげて笑った。といっても私をネタにしゃべってはいるが、嘲っているわけでもなさそうだし訳がわからない。

 なんとなくの直観だが、いいでしょ、この子どう? とレイレイが自慢しているように感じた。で、ダミアンはすごくイイコだね、と同意しているような……そんななごやかな、もっと強いて言えば新しい家族を迎える感じ……?

 まさか、と思うが私がグレイグフ皇太子妃として嫁ぐことが前提でこの結末だったのでありえないことではない。

 言葉が通じないというのはもどかしいものだ。私はどうしていいか全くわからず、それでも耳をこれ以上さわられたくなくて手で保護したままだ。その姿勢でレイレイやダミアンの顔から何かを読み取りたくてじっと見つめている。もううつむいて泣いたりはしたくなかった。私にはもう私を守ってくれるお父さんはいないのだ。外務省もない。ここはメイデイドゥイフなのだ。

 レイレイが言った。

「めぐみ、今度はこのテーブルに足を置いて膝を見せて」

 私には膝のコンプレックスがあるので見せたくなかった。お母さんが亡くなってしまった例の自動車事故で私の左の膝はちょっと飛び出して見えるのだ。

「え、でも」

 レイレイは辛抱強く言う。

「ダミアンは医者だよ、太后さまが君の膝を心配されているのだ、見せてあげて」

 太后が私の膝を心配しているとは驚いた。レイレイもダミアンもまじめな顔をしている。私はまだネグリジェのままではずかしかったが、診察と言う言葉と太后が心配しているという言葉で素直にソファの前のテーブルに両方の足をのせた。するとダミアンがネグリジェをめくって太ももまで露わにした。私は裸足の脚、つまり生足だったので恥ずかしくなった。その上バレエをするには大根足だという自覚はあるので余計に足を診せたくなかったが、診察だと自分に言い聞かせた。

 ダミアンは膝をあちこち押えたり触ったりした。レイレイの通訳でまっすぐ立って見せて二,三歩歩いたりした。

「OK,大丈夫だって、もういいよ」

 私はダミアンに膝はどうだったのか聞いた。レイレイが通訳してくれた。

「めぐみ、膝は歩くのにも踊るのにも支障はないって。もちろん結婚にも」

 私は結婚ということばを聞いてどきんとした。

 やっぱりメイデイドゥイフのあのグレイグフ皇太子と結婚するんだ。それでチェックされたんだ。

 ダミアンが長い言葉を私に向かって言い、それをレイレイが訳してくれた。

「左膝は骨が固まって飛び出して見えるが軽度だ。支障ない。どうしても気になるなら太后さまの許可を得て飛び出した骨を削る手術をしてあげる」

「いえ、手術なんて……いりません……」

 レイレイがダミアンに何かいてダミアンが答える。二人とも私の方を向いてにこにこしている。私は両足をソファにあげて膝を大事そうにかかえた。お行儀が悪いけれど何か丸くなってみたかったのだ。

「ダミアンが言っている。手術が嫌いなのかって」

「ええ、大嫌い」

「めぐみ様、我がメイデイドゥイフの医療技術は世界一だよ」

 私はお父さんが日本が何でも世界一だといっていたので反論した。

「世界一は日本よ?」

「違うよ、日本は良い国だが、メイデイドゥイフが世界一だ。資産も技術も軍も何もかもメイデイドゥイフが一番だ。めぐみ様はこの国に暮らすのだから、この事実を知らないといけない」

 レイレイは大まじめでそういう。レイレイの言葉遣いがちょっとだけ砕けた感じになった。しかし内容は砕けてない。私を拉致しておいて、この国暮らすというのだ。私はレイレイとどっちが世界一だとか細かいことで議論する気はなかった。一体なんなんだろう、

 でも私が日本を誇りに思うようにレイレイもメイデイドゥイフを誇りに思っているのだろう。

 話の接ぎ穂がなく私は膝小僧を抱えたまま目を落とした。ネグリジェの裾にじゅうたんの薄い誇りがついてそっと取って捨てた。

 レイレイもダミアンも私を見ているのはわかっている。

 侍従医ダミアン。私がこの部屋にきてレイレイ以外の人間に出合ったのは初めてだ。このダミアンは太后の侍従医ということになる。

 レイレイがまた話しかけてきた。

「ダミアンがもう一つ質問があるといっています」

「何でしょうか」

「最後に生理がきた日にちを教えてほしいと」

「えっ」

 顔がほてってきた。私は赤くなっている。

「あの、そういうことは答えたくありません」

「めぐみ様、ダミアンは侍従医です。そして私もまた看護師の資格を持っています。王家の人間、つまり皇太子妃の健康を把握するのも仕事です」

「でも、私は……」

「めぐみ様、あなたはメイデイドゥイフ王家にとって後継ぎを産む義務があるのです。ダミアンが聞くことは当たり前です。何も恥ずかしがることはありません」

「でっでも、」

 私は立ち上がった。座ったままのレイレイとダミアンが私を見上げる。

「でもいやよ。私を日本に帰してちょうだい」

 レイレイは返事せずダミアンと何か相談しているようだった。やがてレイレイが立ち上がって私をなだめるように言った。

「私たちは太后さまのご命令で動いているのです。今日のところはいいでしょう。めぐみ様は身体を大事にしていればいいのですよ、おいしく食事をとって楽しく暮らしていければ……だってあなたがこのメイデイドゥイフの皇太子妃であることは変わりないのですから」

 レイレイのいうことの意味が理解できなかった。私をこんな目にあわせてもまだ皇太子妃だというのだ。

 私は聞いた。

「じゃあ、やっぱり結婚式をするつもりなの?」

「メイデイドゥイフの王家一族に関与する出来事はいかなることがあっても非公開となっています。だから公にはしないけれど、ちゃんと王家一族にお披露目会はします。それが結婚式ということになるでしょう」

「日本のお父さんや外務省の招待なしで……こういうのは拉致というのよ。どうしてこんな手間をかけてまで結婚するかその意味がわからない」

「めぐみ様、王家一族には常に暗殺の恐れがあるのです。それについてはいずれ太后さまから説明がありますから」

「あ、暗殺。私も暗殺されるかもって、うそ……」

 私はバカだ。私はまるまった姿勢を解いてしゃんとして座り直す。そしてレイレイに改まってもう一度同じことを聞いた。

「……日本への説明はどうするの、私のお父さんへはどういって説明しているの」

「いや、日本ではあなたは死んだことになっています、それ以上は説明は不要でしょう」

「死んだ状態にして、それでもなおあなたたちは私を皇太子妃とまだいうの? それはヘンだと思わないの?」

「思いません。我々はめぐみ様を大事にします。太后さまの次に大事にします。だから安心してください」

 私は日本語がわかるレイレイとしか話をすることができない。そこのダミアンが何を考えているか太后の侍従医というなら、太后がどういう状態かもわからない。

 レイレイとは全く話がかみあわないのだ。


 一番恐ろしいと思うのはレイレイやダミアンが私の気持ちなんかまったく理解せず、おいしい食事や部屋を与えるだけで私が大人しく言いなりになって仲間だと思っていることだ。グレイグフ皇太子は今の時点では私がメイデイドゥイフに来ているというのに顔も出さない。なのにレイレイは私のことを皇太子妃だといいきるのだ。






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