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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第二章 過酷な現実
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第一話、レイレイに文句をいう

 こうして不本意にも私はメイディドゥイフに滞在している。ここはれっきとした外国のはずだがその実感はない。ましてや皇太子妃としてではなく、誰にも会えない会わせてもらえない囚人同然の待遇だ。それを思うと私は本当に死んでしまいたいぐらいに落ち込んでしまう。でも今死ぬわけにはいかないのだ。お父さんが心配している。日本中の人は皇太子妃になれるはずの私が事故死してしまったと信じていても、ただ一人、私のお父さんだけは私が生きていると信じている。現に私は生きているのだから。今死ぬわけにはいかない。


 レイレイは私専属の通訳プラス私専属のバトラーというか召使というか、そういうお世話係のようだ。ようだ、というのは、レイレイの姿だけを見る日が続くのでそれ以外判断のしようがない。私がいるこの部屋にはレイレイ以外の人間の出入りがないのだ。いくら世間知らずの私でもこれは異常事態だということはわかる。太后の話がなかったら、レイレイが性格異常者で私を閉じ込めていると思うところだ。

 ここには時計がなく、時間の感覚がわからない。眠くなったら寝るし、お腹がすいてきたら適切な時間にレイレイが食べ物を運んでくる。

 しかしレイレイが外の世界から持ってくるものは間違いなく全てが上等のものだった。汚したシーツの代わりのものはぴしっとアイロンのかかった新品だったし、手触りも良い。タグかなにかついてないかとさぐったがそんなものはなかったのでどこの国のどこの製品かまではわからない。

 私はレイレイにいろいろと聞きたいことがあるが、レイレイは私に恭しく仕えてはくれるが肝心のことは「いずれ太后さまからお話がありますので、しばらくお待ちください」としかいわない。

「しばらくっていつなの? 私はいつまでいたらいいの? 日本ではお父さんに心配をかけている。せめて電話をかけたい、それかメールを送らせてほしい、だからスマホを返してよ」と泣いて訴えても「太后さまに取り次いでおきますから、もうしばらくお待ちください」としかいわない。

 私が怒って口を聞かないとレイレイも口をきかないし、ご飯はいらないわ、というとレイレイは「食べたくなければ栄養剤を点滴します」といって本当に点滴セットを持ってくるのだ。


 いくら怒っても泣いても無駄だった。

 レイレイはメイデイドゥイフの人でメイデイドゥイフの太后の命令で、日本政府をだましてまで私を拉致してきたのだ。日本の国民は全員私のことを皇太子妃になろうという時に飛行機事故で死んでしまったわかいそうな女の子と思ってるに違いない。お父さんが訴えていた「めぐみは死んでない、あれは別人だ」と言うセリフは私が死んだので錯乱していったと思われているに違いない。

 例の飛行機事故がどうしておきたのか細かいところも全くわからない。そして死んだはずの自分が生きてぴんぴんしてメイデイドゥイフの宮殿の地下にいることも。

 私はとりあえず太后の話を聞こうと思った。

「ねえ、いつ会えるの」

 レイレイの返事はいつでも同じだった。

「太后さまのご体調が回復しだい会えます。太后さまもめぐみ様に会いたいと思っています」

「それ、本当なの、太后が……」

「めぐみ様、太后さま、と敬称をおつけください」

「私を拉致するようにレイレイに命令した張本人でしょ、敬称をつけるなんてイヤよ。それで太后が私に会いたいって本気なの」

「……もちろん、本気でございます」


 私はレイレイが考えていることが全く分からなかった。レイレイがイケメンすぎるのも悪い。顔が良すぎるとかえって本当の感情が見えにくいのだ。十人並というか普通の顔なら喜怒哀楽はある程度直感でわかると思うのだけどレイレイだけは感情が読み取れない。

 レイレイはいつでも笑顔を絶やさず私に接してくれる。私が日本に帰りたくて泣いたり怒ったりしても絶対に笑顔を崩さないのだ。それがかえって不気味さを醸し出す。イケメンに対して不気味な感情を持つのは初めてだった。

 私はレイレイに言った。

「レイレイ、じゃあ、聞くわ。太后と話をして私はそれからどうなるの、この部屋から出れるのでしょうね」

「もちろん、宮殿のお部屋はここだけではありません。数知れないほどあります。めぐみ様に関する話は全て太后さまがお決めになります」

 私はレイレイに対してだんだん乱暴な口をきくようになってきた。

「あのさ、レイレイ。太后の体調がどうのこうのは聞き飽きたわ。……い、つ、会、え、る、の」

「それはわかりません。めぐみ様がここでの生活に慣れてからになると思います」

「いくらメイデイドゥイフの偉い太后でもさ、順序が逆じゃないの? どういうことよ?」

「めぐみ様、ご心配なく」

 レイレイは温かいスープが覚めてしまうのを気にしているようだ。私に何度もスープをすすめるが私は頑としてスプーンを取らない。

「レイレイ、ちゃんと答えてよ。ここで目が覚めてから私はレイレイとしか会ってない。グレイグフ皇太子は何をしているの?」

「お元気でいらっしゃいます。めぐみ様が無事到着されて安心されていますよ」

 レイレイとの会話は全く話にならなかった。一体私を何のために拉致してきたのかがわからないのだ。まさかこの拉致劇、レイレイ一人で仕組んだわけでもないだろう。

 レイレイは私に言った。

「今日のスープはオマールエビのクリームスープ、ポルト酒入りブリオッシュ添えでございます。冷めないうちに一口でもお飲みください」

「ふん……飲まなければ点滴でしょうが。それはイヤだから飲んであげるわ。で。い、つ、会、え、る、の?」

「ですから太后さまのご体調がよくなり次第、それとめぐみ様がここに慣れてからでございます」

 私はしぶしぶスプーンを取る。点滴されるよりは自分の手で食べた方がずっとましなのだ。

 スープはおいしかったが、私は急に坂手大臣が言ったことを思い出したのだ。

「ちょっと。確か太后って悪性腫瘍にかかって、それで皇太子に早く結婚相手を見つけるように言いつけたらしいわね、レイレイ?」

 レイレイの笑顔が急に強張った。真顔になって首をかしげて私の顔を見る。

「めぐみ様どうしてご存じなのですか?」

「……坂手大臣から聞いた」

 レイレイの笑顔が戻った。

「ああ、そうでした。皇太子が坂手大臣に確かそういってました、その通りです。めぐみ様」

「じゃあ太后は自分の死ぬのがわかっている、それで……」

 いうなり、レイレイは私の唇に人差し指が当てられてびっくりした。それからそっと首をわずかに振った。つまりレイレイは私に黙れとジェスチャーで示したのだ。言ってはいけないのだ。

「……」

 私は黙ったが、レイレイはいきなり使ってない予備のスプーンを落とした。わざとしたんだ、と直感的に思った。レイレイはスプーンを拾う時に、肩をワゴンにぶつけてワゴンの上にあった魚やパンをおいている大皿を落とした。ガチャン、その音と同時に「カメラで見張られているので気をつけてください」 とだけ低い声でいった。

「えっ……」

 言うと同時にレイレイは立ち上がって私の顔を見ずうつむいて「お皿を割ってしまい申し訳ありません。危ないですからどうかこのまま動かずにお待ちください。それと新しい料理を持ってきますから」 と言った。

 私がレイレイの顔をもう一度見るとレイレイはいつもの笑顔に戻っていた。私はその顔を見てこれ以上は騒ぎ立てない方がいいのだと判断した。この時の私の気持ちは文章にはできない。

 この部屋には盗聴器かカメラがあることがわかったのだ。

 私はレイレイが去れたお皿を拾っていると廊下の方から何かがらがらという音がしていた。それと足音も。

 誰かがこの部屋の向うにいる。

 当然だけどここがメイデイドゥイフの宮殿だとしたらレイレイ以外の人間がいるのは当然だ。それにこの部屋のしつらえや食事の様子をみていたらこれらを全部レイレイが一人で材料から買い物をしたり料理の用意しているとは思えない。

 レイレイが食器を片づけ部屋の向うに持っていこうとしている。ドアを開けようとした。私はチャンスだと思った。だが私の動作を見ていたとしか思えない、レイレイがさっと後ろを振り向いてドアをしめ直した。その直前私はドアの向こうにある手を見た。大きな手で男性のようだった。手だけではない、カッターシャツの袖の先も見た。見たのはそれだけだが、やはりレイレイ以外の人間がいるのだ。

 レイレイは厳しい顔で言った。

「めぐみ様、あなたはまだこの部屋から出ることはできないのです」

「なぜよ、外に出てもいいじゃないの、私は拉致された上に監禁されているのよ。ひどいと思わないの?」

「めぐみ様、日本語を間違って使っておられます。私は拉致していません。監禁もしていません」

「なんですって、よくも日本人の私に向かって日本語を間違って使っているといえるわね。無理やり私を連れてきたのはレイレイじゃないの、それを拉致も監禁もしていないというのは非常識だわ」

「これは拉致ではありません。それと監禁とは手足を拘束した状態を言います。私はあなたを身動きできる状態でこの部屋に滞在していただいています、ですから日本語を間違っていると申したのです」

「ちょっと待ってよ、レイレイ。今、滞在っていったわね、どういうことよ」

「申し訳ありません。それについては現時点で説明も議論もしかねます」

「いい加減にしてよ」

「太后さまのご命令です。もう少しお待ちください。ご不自由はさせていないはずです」

 堂々めぐりだった。お互いが無駄な時間を使っているとしか思えない。

「ここが本当にメイデイドゥイフの宮殿なら中を見せてほしいし観光もしたいわ。でも日本では私は死んだと思われているから私をこの部屋から出すのはまずいんでしょ、拉致の上監禁だなんてひどすぎるわ」

「重ねて申しますが私はめぐみ様を拉致も監禁もしていません。さあこのドアからおさがりください、めぐみ様」

「……」

「下がらないとまためぐみ様には眠ってもらわないといけなくなります。それは困るでしょう?」

「……」


 結局レイレイはやさしい笑顔を私にくれてもメイデイドゥイフ側の人間なのだ。私を拉致して監禁する人間なのだ。レイレイの端正な顔が憎らしい。一時でもレイレイがカッコいいと思っていた自分が恥ずかしかった。レイレイは恥ずべき犯罪を平気でやれる人間なのだ。こういう人間を雇い動かしているのが太后だ。メイデイドゥイフ王朝の国家が日本という国家をだまして私を拉致しているのだ。それも巧妙に私を死んだことにして。最低な国だ。

 だが現実にはこの部屋のドアの向こうには誰かがいる。そして部屋の中どこかにカメラがあって私の動作を見ているのだ。たとえこの部屋から逃げ出すことができたとしても、逃げ切れる勝算はない。私はこの宮殿の中を知らないし、メイデイドゥイフの地形も気候も何もかもがわからない。ここから逃げ出すのは不可能なのだ。でも太后の言いなりになってじっとしているのもイヤだ。

 となると、この環境から逃げる道は一つ。

「……やっぱり私は死ぬしかない……」

 私がそうつぶやくとレイレイがあわてて私に駆け寄った。そして私に膝まづく。眉毛が下がり嘆いた様子で私にすがりついてきたので驚いた。ただ、レイレイは私にさわらなかった。

「めぐみ様、早まらないでください。もう少しだけ待ってください。お願いです」

「太后がそういっているの?」

「そうです、それと私の願いでもあります」

「太后とレイレイの願いなのね?」

「そうです、どうぞ生きてください。太后さまはめぐみ様に会えることを楽しみにしておいでです」

「……本当なの? だったらどうしてあんな飛行機事故を起こすの? グレイグフ皇太子がちっとも姿を見せてくれないのもどうしてなの?」

「それもいずれ太后さまが説明してくださいます」

「……日本語で私にわかるように言ってくれるわけね?」

「えっと太后さまの言葉を日本語に通訳するのはレイレイにおまかせください」

「デース・池津みたいに勝手なことを言わないでよ」

「あの女はめぐみ様を悲しませたので私が罰を与えました。めぐみ様、あなたは皇太子妃であることは決定しているのですからそれは安心してください」

 私はますます混乱してきた。レイレイは私の顔を見上げて心配そうに言った。

「めぐみ様、あなたはご聡明な方だ。だから言える範囲で教えましょう。太后はめぐみ様のご到着日に手術されたのです。今は回復期にあるためちょっと対面の時期を延期しています。グレイグフ皇太子は太后さまのご看病をしています。ですから何も心配することはないのですよ」

「さっき言ったことがすごくひっかかるのだけど」

「なんですか」

「デース・池津に罰を与えたといったわね? 私の制服を着せて私のふりをさせるために顔に火をつけたわね? 彼女は飛行機事故で死んだのでしょ、それが罰なの?」

 レイレイは平然と言った。

「そうですよ。だってめぐみ様を悲しませたもの。私が罰して当然です」

「だったらはっきり言うわ。レイレイ。あなたはデース・池津を殺した。日本ではあの池津さんの死体を私の死体ということにするために殺したのでしょ、私に今一番悲しい思いをさせているのは殺された池津さんではない。レイレイ、あなたなのよ。それとメイデイドゥイフの皇后と皇太子。まさにあなたたちなのよっ! これをどう説明するつもりなの」








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