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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第五十六話、諸悪の根源が判明する、後編

◎ 第五十六話



「めぐみ様、手を拭きましょう。口にあわないのでしたら作り直させます」

 レイレイが言った。ドレッシングで手が汚れている。私は素直に手を拭いた。レイレイは手早く片づけてくれた。私はお腹がすいているが食べるべきかまよった。とてもおいしそうなアフタヌーンティーのセットだ。これが理玖と一緒に食べるならどんなにかうれしいか。だけど今は私一人だ。しかも拉致されてメイデイドゥイフに一人だけでいる。だけど食べないとまた栄養剤の点滴をうけさせられるだろう。私は仕方なく決めた。

「……食べなかったら点滴でしょ?」

 レイレイはほっとしたようにうなずく。それから今度は真ん中のプレートを出してきた。私はスコーンを取る。クロテッドクリームをレイレイがとる。至れり尽くせりだ。私はレイレイに背を向けてスコーンに何もつけないで食べた。プレーンだったがまだぬくもりのあるおいしいスコーンだった。思わず夢中でまるまる一個食べてしまった。

 それを見計らったようにまた新しいプレートが目の前に出された。一番上のケーキやタルトが乗っているプレートだ。レイレイを見上げるとレイレイはにこっと笑った。

 どうしてこの状況でにっこりと笑えるのだろう。

 私は仏頂面のまま、ケーキのお皿を取る。しかさずレイレイがフォークを渡してきた。私はフォークを受け取るなり、それをレイレイの顔に向かって投げつけた。フォークはさっとよけたレイレイにあたらず、ベッドわきに落ちた。

 レイレイがそれを拾う。私はフォークなしでケーキプレートからケーキを手づかみで食べた。もう何でもいい、何でもいいや。

 ここがメイデイドゥイフならば、もう新聞記者もテレビ局も誰も来ない。もういい、どうなっても、いい。

 ケーキプレートにはアップルチーズパイ、コーヒー味のタルト、それとふわふわのシフォンケーキがあったが全部食べてしまった。食べてから気付いたがかなり甘かった。紅茶の中にも下に甘いジャムがたっぷりと沈んでいる。久々に食べ物をお腹の中にいれたせいか胃がもたれてきた。

 レイレイは二段目のプレートをまたもってきた。スコーンがまだ残っているのだ、それとサンドイッチも。

「もういらないわ」

「ではおさげしてもよろしいでしょうか」

「ふん」

 私はレイレイの顔も見ずそっぽを向いた。レイレイはワゴンの上に食器やカップをきれいに並べ私に一礼して去っていった。私が汚したシーツはレイレイがまるめて小脇にかかえて持って行ってしまった。今度は新しいシーツを持ってくるのだろうか。

 私はベッドの上に一人いた。あとは誰もいない。世界中で私一人が人間なのだ、というイメージが急に湧き上がってきた。そう孤独なのだ。

 私はレイレイの姿が見えなくなると、そっとベッドを下りた。長いネグリジェの裾をなびかせて私はまずドアの方へ行った。開かない。レイレイは鍵を閉めて出ていったのだ。外側から鍵をかけられる部屋なのだ。窓もない。囚人扱いだ。

 私はドアからさっきまで寝ていたベッドをながめた。窓がないのはわかっている。ソファとテーブルが一つずつある。それ以外は何の家具も置いていない部屋だ。ベッドの脇に小さな机があり、その隅に見慣れた私のトートバッグが置いてあるのに気付く。私は走り寄ってバッグを抱きしめた。

「私のだ、私の荷物。無事でよかったあ」

 涙がこぼれた。私はバッグを握りしめてまた部屋を見回した。何の音もしない。宮殿の地下だというがそれすらも確認できないのだ。電話もテレビもラジオも何もかもがない部屋だった。時計もないので時間もわからない。

 バッグの中を開ける。中身は餞別にもらった新しいレオタードとトウシューズ、聖書、寄せ書き、クロスステッチの小さなキット。よかった、全部ある。だがスマホがなかった。レイレイが取り上げたのだろうか、私が日本にいるお父さんや外務省に連絡が取れないように? だとしたら許せない。これはレイレイに聞いて返してもらわないと。せめてデジカメでも入れておけばここの様子が記録に残せたかもしれないのに残念だった。

 お母さんの写真も眺める。お父さんの写真はない。お別れになるとは思わなかったもの、入れておけばよかった。涙がこぼれて仕方がなかった。NAITOのプロマイドもあった。あこがれていた歌手のNAITO,あれほど大好きだったのにどこかの遠い国の人のように無感情だった。でもこれもていねいにバッグの中に入れ直しておく。


 壁の色は白、ベッドは大きなキングサイズのベッド。

 これから私は毎日この部屋で暮らさないといけないのだろうか。そんな不吉な考えがおきてぎょっとした。

 私は早く日本に戻って私は生きていますと言わないといけない。そして家に戻って学校の授業を受けて刺繍とバレエをする。理玖や他のみんなとおしゃべりして過ごす。日曜日の夜はお父さんとまわるお寿司に行く。そんな毎日。

 だからどうにかして日本に戻らないといけない。

 レイレイったらどうしてこんなことをしたのだろう。いいえ、グレイグフ皇太子と会わないといけない。いいや、違う、グレイグフ皇太子ではない。太后と会わないといけない。すべては太后が決めたらしいから。私は太后と会って日本に返してくれと話さないといけないのだ。

 私はバッグをもう一度抱きしめた。よく日本から、あの飛行機の中から持ってこれたものだ。レイレイが全部したのだろうか。あの騒ぎから私を飛行機の中から出してメイデイドゥイフまで連れてきたのだ。


 果たしてここは「本当にメイデイドゥイフ」なのだろうか、そんな考えがおきてくる。実感がまるでないのだ。今までのことが夢だったような気までする。最初の最初、理玖のバレエコンクールすら夢の中の話。そして外務省の田中さん、鈴木さんの登場、大山次官の記者会見、坂手大臣にグレイグフ皇太子……。

 お妃教育の先生方、いい人もいればヘンな人も先生だった。世界史と日本史はよかった。全部教えてもらったわけではないけれど、日本は良い国だとしみじみ思える授業だった。最後の袋小路先生はもっとよかった。古文の授業は楽しかった。そして春美野筆子さん。ああ、筆子さんのおじいさんの袋小路先生は死んでしまった。筆子さんはそのために私の付き添いをせずに済んだのだった。それはよかった。そして出国前夜の町内会の人による提灯行列に自衛隊員の見送り。棚下さんの国籍不明船がいるから気を付けろという叫び。

 今から思えば最後の最後に登場した棚下さんのいうことをもっとよく聞いておくべきだったのだ。

 しかも。

 日本中を騙してまで私を秘密裏に日本からメイデイドゥイフに連れてくるまでこんな手間をかけたのだ。

 外務省までだまして。

 なぜだろう。

 無理やり拉致すると国際問題になるからだろうか。

 メイデイドゥイフはそんなに危ない国なんのだろうか。

 私はドアを睨んだ。見る限りドアからでしか出入りができない。レイレイはあそこから私の部屋に出入りする。私はドアから向うの世界に出してもらわないといけない。果たしてここは本当にメイデイドゥイフなのか、それともどこか知らない土地なのか。

 それから。

 ……こうなった以上はグレイグフ皇太子とのご成婚というかそういうのはないだろう。これを仕組んだ太后は世界中を騙している。


 そう、

 私は認めないといけない。


 ……自分が拉致された、ということを。



                             第一章、完












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