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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第五十三話、出国の日、後編

◎ 第五十三話



 ぶるるるん、ぶるるるん、という音がした。尿意で私は目覚めた。

 低音はずっと続いている。何かの振動もある。

 私は横になっている。つまり寝ていたのだ。天井が低くて狭い。ちょっと窮屈だなと思いつつそっと顔を横に向けた。横にも何もなかった。単なる箱の中に私は入っている。このことに気付いてぎょっとした。

 とたんに大勢の人たちに見送られ直前に成田空港から基地に出発地が変更になったことを思い出した。テロ対策、群衆とマスコミがいなくなって。

 そこまで考えてから機内に入ってお父さんが一階、私が二階に上がってからのことを考えた。

 同時に全部、思い出した。

 私は天井に手をやった。天井は柔らかい布でできている。隅の方には穴が空いていた。それで風が通るのだ。私は穴の端を指先でそっと撫でてから力を込めて上にあげる。ゆっくりゆっくりとあげていった。

 部屋は薄暗かった。狭いが誰もいない。私はそっと起きた。飛行機でレイレイに着替えさせられた黒のジャージ姿のままだった。隅にトイレの便器がむき出しのままに置かれている。とたんにトイレに行きたくなった。それで誰かが来ませんようにと祈りながら用をすませた。

 用足しが終わるとほっとしたが水洗するための取っ手と言うかノブがない。途方にくれたが、それよりもここはどこだろうという頭がある。

 私はトイレから離れてその狭い部屋を見回した。薄暗いがそれでも光はかすかだがある。窓はない。ドアというか出入り口をみつけたのでそっと開けた。廊下に出た。そこも薄暗い。音を立てないようにそっと立ち上がると床が揺れている。

 地震かと思ったがどうやらそうではなく、単に揺らいでいるだけなのだ。この感覚は小さいころに乗ったどこかの湖の遊覧船だわ。私はもしかして船の中にいるのかしら、と思った。とりあえずここはどこかお父さんをさがさないといけない。私は立ち上がって歩く。揺らいではいるが余裕で歩ける。廊下に出る。出た部屋のすぐ隣の部屋から光と音が漏れていたのでそっと覗いた。

 音は何かテレビのニュースのようだった。しかも日本語だ。私はそうっと歩いて耳をすませた。

 お父さんの声のようだと思った瞬間足が前に出た。同時に脇から声をかけられた。

「めぐみ様、起きられましたか、おはようございます」

 レイレイがすぐ目の前にいた。レイレイは軍服ではなく実用一点張りのぴっちりした潜水夫のような服をきている。髪は後ろにまとめ前髪も後ろにやっている。レイレイではないような感じだったが快活そうな茶色の目でわかる。私はレイレイに間の抜けた質問をした。

「レイレイ、あの。ここはどこなの、あれから私はどうしたの?」

 ぼんやりとした顔をした機長、美人だけどがっちりとした二人のフライトアテンダントさん。そして私の制服を着せられて首から上、顔全体から炎を出して燃えているデース・池津さんのことも。一階にいるはずのお父さん、広本さんも。

 確か爆発音もあったし一体どうなっているのか。

 レイレイは軽くうなづき、灯りがついた小部屋に私を入れた。そこは本当に小さな小部屋で机が一つ、椅子が二つしかない。窓もなかった。音は小さな液晶テレビがおいてあってそこから漏れているのだ。

「めぐみ様、椅子にお座りください」

「……レイレイ。ここはどこなの、お父さんはどこにいるの?」

 私はあることを考えて身体が震えている。ああどうかこの考えが間違いでありますように。そう、つまり飛行機が爆発してお父さんとはぐれてしまったということ。

 レイレイは「とにかくお座りください、そして落ち着いて。驚かせてばかりで申し訳ありませんが事態は悪くありません」という。私はレイレイが流暢な日本語をしゃべれる人でよかったと思う。しかし私に制服を脱ぐように言いつけそれを嫌がるデース・池津に着せて彼女の顔面に何かの油を塗りたくった上に火をつけたのはまさにこのやさしい顔をしたレイレイなのだ。それを忘れてはならない。

 私はこんな状況なのににこやかな表情を崩さないレイレイを恐ろしいと思った。思えば最初からこの人が動いているのだ。

 最初はレイレイが小さな飛行機の機長を連れて。

 二回目は皇太子とそのお付きを連れて。

 そして三度目はマスコミははずしたものの外務大臣や自衛隊の人の目の前で私を連れて行った。

 飛行機は二階建て専用機で二階が貴賓室で私がいて、一階はお父さんとSPの広本さんがいた。みんな、レイレイがかかわってる。よく考えれば最初からおかしいのではないか。ロシアの大使館通じてというのも大げさすぎるがそれで外務省や自衛隊まで動いたのだ。

 でもおかしいではないか。

 私はタラップに上がる直前に棚下さんが皆に羽交い絞めにされながらも私や坂手大臣に向かって言った言葉を思い出した。棚下さんはこう言っていた。

 すぐ目の前の海の底に国籍不明の船が来ているのに、なんだこのざまは、と。

 棚下さんの頭だけがこの奇妙なメイデイドゥイフ皇太子妃の出迎えと国籍不明の船が結びつけていたのだ。


 私はレイレイの端正な顔をつくづく眺める。そんな大それたことをしても尚レイレイは美しい男性だった。レイレイの長い髪はゴムで一つに結ばれ、黒い潜水夫のラバースーツに膝まである濃い灰色のブーツを履いている。

「めぐみ様、どうぞ」

 レイレイは再度私に椅子をすすめた。ここの天井も低く椅子は二脚と小さなファイルキャビネットでこの部屋は満員だった。もしかして二人だけなのか、ここは本当にどこの部屋なのだろうか。

 とにかく暴れても仕方がないし、レイレイの態度は紳士的なので私は座った。

「レイレイ、ここはどこなの?」

 レイレイは軽くうなづいてから「めぐみ様は、眠っておられました。まずはこれを見て。日本のテレビのニュースです」といって私に液晶テレビの画面を差し出す。

 私はその小さなテレビを見つめながら聞く。

「私はどのくらい眠っていたの」

「さあ……」

 レイレイは普通に接して何でもないように言うのだ。私は自分がどういう立場になっているのか今どこにいるのか全く分からない。私は呼吸が苦しくなる。過呼吸を起こしてはならない。がんばれ、私。

 なのにレイレイは昔からそうでしょ、みたいな感じで普通に接するのだ。

 私は混乱しながらも画面を眺める。日本語のニュースだった。小さなスマホから聞こえてくる言語は確かに日本語だ。画像が悪くところどころ歪んで映るがそれでも何を映されているかはわかる。

 突然日本語が鮮明に聞こえてきた。ニュースを読み上げるアナウンサーらしき男性の声がした。

「……はい、こちらスタジオです。八月十五日に爆雪めぐみさんが乗ったメイデイドゥイフ行きの専用飛行機が離陸後三十秒で基地前の海に不時着陸しました。爆雪めぐみさんと機長は死亡。幸いめぐみさんの父親である爆雪太郎さんは軽傷、SPの広本さんは意識不明の重体が続いています」


 う、うそ……。私が死んだことになっている……。


「はい、森元アナさん、とても残念でしたね、メイデイドゥイフの皇太子妃から一転して飛行機事故で死亡。なんといってよいかわかりません。国民もがっかりしています」

「こちら東京駅です。爆雪めぐみさんの結婚式のために乗ったメイデイドゥイフの専用機が離陸直後に爆発してしまいました。爆発から一日たちましたが街からはまだショックが癒えていず残念だ、かわいそうだとの声が満ち溢れています」

「がーがー」

 突然音が途切れた。私は呆然としたままレイレイの顔を見た。

「うん、もうすぐ電波が切れる。僕たちは今潜水艦の中なんだ。あと二十四時間後に上陸したら予定通りにメイデイドゥイフからの本物の迎えの飛行機が来るからそれまでこの揺れを我慢してほしいな」

「レ、レイレイ。ここはどこなの? どうしてこんなことをするの」

 いきなりがーがーというスマホからまた日本語が飛び出てきた。お父さんの声だった。私ははっとして目をこらした。


 ……私は爆雪太郎です。お願いです、私の娘は行方不明になりました。飛行機から出てきた首のない死体は別人です。あれは娘ではありません。ずっと一緒に暮らしてきたから私にはわかります。あれは誰か別人の死体です。だからお願いです。娘を探してください……


 がーがー、

 声が途切れた。

 私の目の前にはレイレイがいる。レイレイは私を真正面からじっと見つめている。

 私はレイレイを見据えたまま言った。

「レイレイ……私をどうするの、どうしたいの……」

 レイレイは首を振った。

「君はメイデイドゥイフに行くんだよ」

「皇太子妃の話はウソだったのね? 外務省までまきこんでお父さんをだまして、私をだまして。日本中、いいえ、世界中の人をだまして……どうしてなの、どうしてメイデイドゥイフが私にそんなことをするの……」

「泣かないでください。めぐみ様、あなたは王族の一人なのです、ですからメイデイドゥに来てください」

「私が王族の一人……本当なの? 本当なら、なおさら……どうしてなの」

「すべては太后さまのご命令です。太后さまにお会いになればわかります」

「……私はこの船を下りるわ、外は夜のようだけど泳いででも日本に帰るわ」

「これは船ではありません。潜水艦です。外には出れませんし出しませんよ」

「……」

 私は泣き崩れた。それから後のことは覚えていない。













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