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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第五話、基地へ連れていかれる、前編

◎ 第五話


 お父さんが私を呼んでいる声で私は目覚めた。時計を見るとまだ六時だ。遅刻でも何でもない。それに今日はテスト休みだ。寝かせてよお、きのうお腹いっぱいお寿司を食べたし、そのあとケーキを買ってイチゴのタルトとザッハトルテと抹茶のマカロンを食べてしまった。まだ食べ過ぎでお腹が重ったるい。肥ると大豆先生に怒られる。お腹いっぱいの状態で踊るとかえってしんどい思いをする。大反省だ。

 そのあと深夜テレビでグレースケリーの映画を見たし要は今起きたくない。ゆっくり寝ながらお腹をこなしてしまいたい。

 だが父は階下からわざわざあがってきて、私の部屋をノックするのだ。こんなことをされるなんて初めてだ。

「めぐみ、いいから今起きなさい、起きてきなさい」

 私は不機嫌になった。布団から目だけを出してドアに向かってどなる。

「お父さん、あのね、今日は学校休みなのよ。寝かせてよ」

「外務省から迎えが来ている……今から神奈川の自衛隊基地まで来てほしいそうだ」

「神奈川……なんですって?」

 私はがばっと起きた。とたんに身体が一度に冷えて頭がしゃんとした。

パジャマのままでドアを開ける。するとお父さんもパジャマのままだった。いや、上から四番目のボタンまであいていて、だらしないことこの上ない。私は眉をひそめたが、父は構わず声をひそめて早口で言った。

「今玄関に迎えがきている。基地にあちらの……メイディドゥイフ国からの使いというか使節がきているそうだ。日本とは国交がないのであくまでも非公式な形で会うらしいが……」

「ちょっとそれって……本気なの? 詐欺か何かに巻き込まれているのじゃないの? やっぱりドッキリじゃないの?」

「お父さんにもわからんよ」

「私、大丈夫かな? 拉致とかされるのじゃないの?」

「まさか、お父さんもついていくからそれはないだろう。すぐ支度しなさい。とにかく本気だったらうちのめぐみにはその気がありませんとちゃんと断るから、それならいいだろ。この話は今日で終わりになるし、明日からはいつも通りになるからな」

「ネット上で私を気にいってわざわざ日本まで飛んできて本物を見てがっかりして帰るんじゃないの?」

「一目見たら納得するだろ」

「お父さんったらどういう意味?」

「ごめん。めぐみ、今は親子喧嘩している場合じゃない。とにかく今着替えて」

「どんな服がいいかしら。去年従妹のお姉さんの結婚式に来たあの紺色のドレッシーな服がいいかな?」

「そんなフォーマルな服を来て見合いぽくしてどうする? 相手には気にいられない方がいいぞ、万一気に入られてしまったら大事になるぞ? 普通の服にしなさい、普通のに」

「わかったわ、じゃあ破れたセーターに穴が開いて捨てようかと思っていたスパッツにしよう髪も寝起きのままでぐちゃぐちゃにして行こう」

「いや、そこまでしなくともいいからとにかく早く着替えて。ぼくもすぐ着替えるから」

 私は大急ぎでクローゼットを開ける。穴あきのセーターはいくらなんでもまずいだろう。ちょっとだけ考えて私は気に入りのアラベスクポーズをとっているバレリーナのシルエットが薄く浮かび上がるアイボリーの半そでシャツにした。それと水色のくるぶしまであるスパッツ。くだけすぎかな? でも詐欺かもしれない相手にフォーマルな服装でせまって笑いものになるのはまっぴらだったし、こんなものでいいだろう。髪を乱暴に急いでとかしつけ、まとめずにそのまま背中に流す。水色のカチューシャを一瞬で装着。一階に下りてトイレにいってから手と顔を洗って日焼け止めをつけた。鏡の中にうつる自分の顔をみて私はため息をついた。そうね、私はどちらかというとブスの方。理玖の方が美人だわ。なのにどうしてこんなことになったの?

「めぐみ、まだかな」

 お父さんが呼びかける。お父さんはもうスーツを着ていた。いつもの役場に出勤するときのちょっとくたびれたYシャツに黒っぽいズボン、その上に黒い長袖の上着。お父さんは服装とあせっているせいで大汗をかいている。カッパはげの真ん中からも汗の粒がうかんでいる。お父さんってば、カッコ悪い。私は父親の身体全体から夏の暑さが匂ってきそうで近寄ってほしくなかった。

「お父さんたら、アツ苦しい。クールビズな季節なのに、見ているだけで暑い」

「もう何でもいいじゃないか、待っておられるぞ早く」

「メイレイって強引すぎ。私、だんだん嫌いになってきたわ。どっかの国の皇太子だからって遠い日本の国の女の子までメイレイするなんてムカつく」

「しいっ、昨日の外務省が玄関で待っておられるんだぞ!」

 私は首をすくめて父と玄関に向かい靴をはいて扉を開ける。すると昨日見たのと同じ黒塗りの公用車が家の前で待っていた。昨日も来た田中さんと鈴木さんが私たちを見て同時に頭を下げた。

 朝はまだ早いので通りには人はいないが、それでも早起きして犬の散歩をしている人が数人通って行く。黒のスーツを着こなしたおじさんと私たち親子を不審そうに見ながら通って行く人もいた。

「おはようございます」

 お父さんがあいさつすると、田中さんたちは軽くうなづいて「早速ですが車に乗ってください」 と小声でいってきた。鈴木さんがさっと後部座席のドアを開けてくれた。私は車に乗るのにドアを他人に開けてもらったことはないのでちょっとだけお嬢さま気分になれた。

 お父さんが先に乗り、次に私が乗った。乗ったことを確認すると田中さんが運転席に、鈴木さんが助手席に座った。

「ここからノンストップで行きます。駐屯地まで二時間ぐらいかかりますが、ゆっくりしてください。トイレ休憩したいときは声をかけてください。最寄りの場所で止めますから遠慮はしないでいいです」

「はあ、では。お願いします」

 早速車が走り出した。高級車らしくあまり音がしない。お父さんの黄色ナンバーの小さい車とは全然違う。お父さんから田中さんに声をかけた。

「昨日来たばかりで今朝も朝早くから、ご苦労なことですが、話の展開も早くこちらとしてはどうすればよいかわからないのが本音です」

 田中さんはこちらをちらっとミラーで見て黙って運転を続けたが、鈴木さんは首を後ろにかたむけて説明してくれた。

「どうもあちらは本気のようですな。昨日私たちが外務省に帰ってからあちらの人たちにメールでの少女の居場所が確認し、実在していたこと、そして皇太子からの話をびっくりして聞いていたがその気はない旨を知らせたらすぐに今から代理の者を行かせるので直接本人に会わせてほしいとの連絡がきました。私どもも今回のことは大変驚いています」

 お父さんも驚いている。外務省が驚いているのだから私たちがもっと驚いて当然だ。一体そこまでの手間をかけて、その皇太子とやらは私のどこが気に入ったのだろうかと思う。一緒に並んで映されていた理玖の方がすごい美人なのによりによって私とは! 行動が早すぎる。お父さんは心配そうに言った。

「やはりいたずら、ということはないのですか? 今こうしてあなたとしゃべっていても、あなた自身がなにかの俳優さんでドッキリだと言いだすのではないかという疑念は捨てきれないですよ」

「最初は外務省としてもいたずらという疑念はありました。だがいたずらならわかりますが、公安のサイバー部門で調査してどうやら本気らしいとわかったのです。我が国はそれほどバカではないですよ、本物ですよ」

「まあ少なくとも鈴木さんや田中さんは本物の外務省職員ですな、きのうあなたたちが帰られた後、夜中に検索させてもらいましたよ。大がかりな芝居をうつ偽物であればここまでしないでしょうな、驚くべきことです」

 お父さんの会話からは少なくとも、この外務省から来たという二人を信じているのだ。私はぼうっと外をの光景を眺めているふりをしていたが、それならばお父さんが騙されているという選択がないならば私の妄想というか想像の可能性もあるな、と思った。しかしこれは夢ではないのだ。現実なのだ。現実に今、私はメイディドゥイフの皇太子の使節に今、会いにいくのだ。外務省の公用車で。この普通の格好で。信じられないことだ。……お父さん、この話の進め方っていいの? 悪いの? 

 私は改めて親子でゆっくり話し合いたかった。これでよいのか、本当に?


 悶々としている私に鈴木さんは声をかけた。

「お嬢さん、めぐみさんとおっしゃったね、何も心配することはないですよ。こちらとしてもより多くの情報収集に力をあげています。またあなたの身の安全も保障はしますよ。立ち合いの場では当然同席させていただきますし、あなたは何も心配することはないですからね」

「は、はあ……」

 今回の見合いの場としては、皇太子の代理の使節をよこすとか。それで外務省立ち合いで会うとは。ということはこのおじさんたちとお父さんに囲まれて私は会うのだ。一体どういう出会いというか会見になるのか皆目見当もつかない。

 お父さんも不安そうに鈴木さんにまた聞いた。

「外務省とかどこかのホテルではなく、自衛隊基地というのは何か意味があるのですかね?」

「メイディドゥイフにも空軍があり、そこから我が国の自衛隊基地にノンストップで飛んで着地して爆雪めぐみさんご本人さんと面会したいという申し出があったのです。昨日一晩首相と外務大臣が話し合った上で外務省と公安共同での日本国政府関係者の立ち合いつきでの短時間の入国許可を出すことになりました。つまり面会には私どもの他数人の政府関係者が立ち会います。あちらはそういう条件でものんだのです。これは驚くべきことなのですよ、なにせあちらは自給自足な国なので国際的には独立独歩、鎖国状態の国ですから」

 鈴木さんもとまどっている様子だ。だが私のお父さんはもっととまどっている。

「鎖国な国に対しての入国許可。まあ国交がない国ですから話はそうなっていくのでしょうなあ。しかし肝心の本人が来るのではないのでしょう? 一体どういうことになるやら」

「そうですがこちらとしてもグレイグフ皇太子の家族構成やお人柄など全く不明ですしね、話が性急すぎるしこちらも慎重に対応するつもりです」

 お父さんは不安そうだった。私も不安だったがこの話で私が皇太子に気に入られるというのはまずないと思っていた。本物の私を見て代理人というか使節ががっかりするかもしれないし、皇太子が使節から話を聞いて私のことをダメだと思うかもしれないだろう。

 私の意志にかかわらず、いきなり会ってという段取りにもよく考えなくともムカつくが、めったにない体験になることは間違いない。とりあえず理玖に話す新しいネタができたのだ。ダメもとで会ってみたらいいし、相手が皇太子なら日本となじみが薄いとはいえ、そういう高貴な地位にいる人に出会えるのはある意味宝くじにあたったようなものだ。とても光栄なことだろう。もしかしたら一生の思い出になるかもしれない、また好奇心もあった。

 お父さんは何度も同じような質問をする。

「外務省さん。もしも、のことですが、めぐみがもし嫌だといえば当然その意志は尊重していただけるのでしょうな」

「もちろんですよ、こっちはセッティングするだけです。そこから先は全く読めません。つきあうとなったらめぐみさんがあちらの国に行くのか、それともデートのたびに皇太子が日本まで来てくれるのか……現時点では全くわかりません」

「念を押しますがあちらが皇太子という立場ですが、うちが断りにくいというのはなし、にしてくださいよ?」

「もちろんです。逆に皇太子側が失礼ですがめぐみさんに何らかの幻想を抱いていたが実物を見て失望する可能性もあるわけです。もちろんその場合でもペナルティはないし、まあ過去にこういうことがありましたとは言えるわけですな、思い出にはいいのではないでしょうか」

「そうですな」

 お父さんは同じような質問を何度もした。そのたびに鈴木さんや田中さんが根気よく返事をしていた。私はまた眠くなって車の中でそのまま寝てしまった。

 夢の中で私はトウシューズを履いて踊っている。私は一人ではなかった。男性と踊っている。その人の片手は私の手をしっかりと握り、もう片方の手は私の腰に回して私が踊るのを支えてくれている。パ・ド・ドゥだ。私は男性とペアを組んで踊ったことはないのに、踊れている。なんて素敵なことだろうか。

 私はこれは夢だと思いながらも文字通り夢中で踊る。

 男性の顔は見えない。顔を見合わせて踊っているのに、顔が見えないのだ。やだあ、どうしてなんだろう。顔が見えない相手とこんなに上手に踊れているなんて。

 顔を見せて、顔を見せてと踊りながら祈っていると声が聞こえた。


「着きましたよ、どうぞ起きてください」

「めぐみ、起きなさい」

 おじさんやお父さんたちの声で我に帰ると見慣れぬ景色が広がっていた。広い地面上に大きな戦闘機が一定の間隔を置いて何機も止まっていた。すぐ横には倉庫のような灰色の大きな建物。視界の隅の方には小さな集合住宅が見える。空の色も灰色だった。言われなくともわかる。私たちは自衛隊の基地についたのだ。私はあわてて飛び起きた。








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