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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第四十八話、根拠なき大丈夫発言

◎ 第四十八話


 レイレイの話は驚くことばかり。

「……すべては太后さまのご意志でございます。メイデイドゥイフ王朝はこれからも存続しないといけませんが、王朝の人間は常に命を狙われているのです。ですから皇太子とめぐみさまの婚姻もごく一部にしか知られていません」

 私は一体どんな結婚生活になるのか見当もつかない。お父さんが重ねて言ってくれた。

「王朝の人間は支配者でありながら暗殺を恐れているのか? 政治的な敵があるなら嫁取りの話どころではないと思いますがね。そんな状態ではうちのめぐみの立場はどうなるのですか、暗殺を恐れてうちのめぐみを王宮に閉じ込めたままだとかわいそうです。日本ではそういう状態を飼い殺し、といいますがね。そのあたりどうなんですかね?」

 お父さんはレイレイにはもう遠慮しなかった。いざとなれば結婚を取りやめたらいいのだ、世間には騒がれたが三十億円はそのままある。返せばいいのだ。グレイグフ皇太子との結婚を取りやめになったらなったでいいのだ。どこかに引っ越して親子でひっそり暮らしてもいいのだ。

 レイレイは臆することなくにこにこして「安心してください」というだけだ。それだけでは答えにならない。この結婚自体が破たんするではないか。

 筆子さんもお父さんの言葉に口添えしてくださった。

「レイレイさん、それでは日本の国民が困惑します。私達日本国民は今まで国交がなかったメイデイドゥイフとの親密な関係を気付きたいと願っていますのに肝心のめぐみさんをどうするかがわからないままですと……本人もかわいそうですよ、結婚は女の子の夢です。第一めぐみさんはグレイグフ皇太子とデートすらしていないのですよ。皇太子と果たして住居をともにして一緒にやっていけるのか、皇太子妃になれば国内での公務はどうしてもあるでしょう、どんなふうにするかすらもわからない状態で喜んでお嫁に行けませんよ」

 筆子さんはそういう意味を柔らかい言葉で包んでレイレイに聞いてくれたが「すべてはめぐみ様がメイデイドゥイフに行けばわかります、大丈夫」というばかり。

 お父さんもまた筆子さんを通訳に「皇太子に兄弟はいるのか、命が狙われるとはどういうことかもう少し詳しく教えてくれ」といっても大丈夫というばかりだった。

 私はレイレイの親しみのある笑顔が段々と不気味になってきた。レイレイは肝心な話は全くしてくれないのだ、私はついに立ち上がってレイレイに言った。

「私、この結婚はやめます。無理です。何もしらない状態で仲良くやれるなんてできない、私は皇太子妃はできない。やっぱりやめます」

 レイレイは笑顔のままできっぱりといった。

「それはだめです。それをいうと太后さまがお怒りになります。メイデイドゥイフと日本と戦争になります」

「えっ……」


 戦争だって! 


 筆子さん、お父さんそして私も声も出ない。どうしてそんなに強引なのかわからない。レイレイは箸をおいて日本語で言葉を選びながらしゃべった。

「めぐみ様、心配は、いりません。あなたはメイデイドゥイフでは二番目に地位の高い女性になれます。一番地位が高いのは太后さま。その次がめぐみ様です。メイデイドゥイフにくれば、あなたの願いは何でもかなえられます」

 レイレイの言葉はその一点張りだった。食事もへったくれもなく、筆子さんもメイデイドゥイフ語で何度も話をしてくれたのだがレイレイには通じなかった。

 やがて筆子さんは話題を変えて、レイレイに太后の年と名前を尋ねた。

「今年八十歳で、お名前はスタブロギナ・プラスコヴィヤ太后さまですが、太后さまとのみ敬称で呼んでいます。めぐみ様がメイデイドゥイフに来られますことを一番楽しみにしておられるお方です」

 お父さんがレイレイに聞いた。

「その太后が悪性腫瘍にかかって婚姻を早めたいという話も聞きましたが実際はどうなのでしょうか」

「手術は何度かされていますが、とてもお元気です」

「その……頭の方は呆けてないですか、しっかりされてますか」

「もちろんでございます」

「グレイグフ皇太子は? メイデイドゥイフの後継者であることは絶対に間違いないですか、皇太子にはご兄弟はいるのですか」

「グレイグフ皇太子は事実上の後継者です、兄弟はいません」

「では皇太子は一人息子さんですか」

「はい」

 レイレイの返答は公式的見解? みたいな感じでそれ以外の話をしてくれない。つまり話題が広がらないのだ。流暢な日本語をしゃべるが、イマイチ踏み込んだ言葉を言わない。これはわざとなんだろうか、ちょっと考え込んでしまう話し方なのだ。私たちは太后や皇太子が何が好きか、どういう性格か、そういう話をしたいのにイマイチ通じないのだ。

 やがてレイレイは料理も全部食べないうちに「私の食事の時間は、おしまい、です。あさって出立です。私は準備しましょう」 といってさっさと帰って行った。


 部屋に残された私たちは言葉もなかった。どうみてもこれ以上の話をしたくないような態度だったからだ。お父さんはレイレイの残した料理を見つめて語気荒く言った。

「これってどういうことかね? 何もわからぬ状態で嫁取りをするのがメイデイドゥイフの習慣なのかね?」

 一方筆子さんは慎重だった。

「いえ、それは違うと思います。あまり国内の様子をしゃべりたがらず、結婚式の具体的な内容も話してくれないのは確かに困りますね。もしかしたらですけどテロを心配しているのかもしれません。それなら話はわかります。とにかくめぐみさんのお父さんと私との同行は認めてくれたのですから大丈夫とは思いますが……ああまで強情に詳しい話を聞かせてくださらないのは意外ですね」

 私は筆子さんに言った。

「やっぱり無理があるわ、だってこんなの結婚じゃない、私はグレイグフ皇太子のこと好きでも嫌いでもない。こんな状態で結婚はやっぱり無理よ。私、私、レイレイのところにもう一度行って断ってくる」

 二人が止める間もなく、私はさっと立ち上がってレイレイのいるという一番奥の離れに走って行った。

「めぐみ、待ちなさい」

 お父さんの声がしたが私は構わない。黙っていたら私はもうあさってメイデイドゥイフからくる専用機に乗せられてメイデイドゥイフに行ってしまうのだ。それは困る。暗殺の恐れがある結婚なんかやっぱり無理だ。断ろう。

 私を追って広本さんが追いかけてきた。

「ついてこないでよ、私はあのレイレイさんと話に行くの」

「お嬢さん、私はSP,ボディガードですよ」

 レイレイにあてがわれた一番奥の離れに通じる小道を突っ切っていく。するとスーツを着た女性とレイレイが話をしているところに出くわした。レイレイの離れの玄関前だ。女性の顔を見るとなんとデース・池津だった。


 またしても、デース・池津! しつこい!


 私はデース・池津をわざと無視してレイレイに話しかけた。

「あのね、レイレイ私ね」

 すると池津さんが私をさえぎり、「めぐみさん、おめでとう!」というではないか。私は冷たい口調で答える。

「あなたとは話すことはありません、そこをどいてください」

「まあ、ご挨拶ね、私は日本では貴重なメイデイドゥイフ語をしゃべることができる通訳ですよ、お役に立ちたいと思っているのに、そんな邪険にしてよろしいのかしらね。私が動かなきゃ、あなたもあなたのお父さんもメイデイドゥイフの皇太子妃にここまでなれるはずはなかったのに」

 私は池津さんの顔を始めてまともに見た。

 私は一番最初に皇太子の使節として神奈川の自衛隊基地と会った時にこの人はいた。自衛官でもなく外務省でもなくもちろん公安でもない通訳の人。にもかかわらずマスコミにリークしてその日のうちに大豆バレエで盗撮され翌朝の新聞に私が踊っている写真をスクープされた。元凶はこの人だったのだ。池津さんはどうでも私を世間の好奇の目から晒したかったのだ。そしてそれを自分の手柄に思っているのだ。私は怒りに震えた。

「……池津さん……私はあなたを許せないわ」

「めぐみさん、そんなこと言わないで。あなたはいつか私に感謝するわ。そりゃ私は押しの強い女だけどすべては我が日本の国益を考えて動いていたしこれからもそうよ。何といってもメイデイドゥイフは世界有数の裕福な国でそんな国の皇太子妃になれるというのはすごいことなのよ? わかるでしょ?」

 レイレイは池津さんや私よりもずっと背が高い。私が池津さんと言い合いをしているのをレイレイはおもしろそうに聞いていた。それから私に言った。

「めぐみ様、あなたは心配することはありません。だけどあなたはこの池津さんは許せないと言いましたね? そんなに怒っているのですか?」

 私はレイレイを見上げた。私はもう遠慮しなかった。池津さんの言動にはうんざりした。

「ええ、だって私たちをマスコミに晒した人ですもの、それにこの人は皇太子の前で私が何も言ってないのに断ったらもったいないからって必要のない言葉、通訳以前の言葉を私のセリフとして勝手に吐いたのよ、許せないわ」

 池津さんは負けてはいなかった。というよりは池津さん自身が絶対に間違ったことをしていない、むしろ国益に沿うから何がなんでも日本人の女性を皇太子妃にしたかったのだ。私のことを何もしりはしない状態なのに勝手に皇太子妃にさせようとしたのだ。

 私はそれを手柄に思い恩にきせる池津さんのその神経が許せなかった。池津さんはそんな私の気持ちがわからない人なのだ。池津さんは笑っている。

「あら、めぐみさん、今は怒っていてもメイデイドゥイフの贅沢三昧な生活に慣れたら私に感謝するわよ、きっとよ」

「いい加減にしてよ」

 するとレイレイが落ち着き払った声で言った。

「めぐみ様、大丈夫です。皇太子妃ともあろう御方が身分の低いものの前で声を荒げてはいけません」

「え?」

 私は目がテンになった。レイレイ、言葉がずれてやしないか。

 私はもっと根本的に断るつもりでいたのに、池津さんがいるせいで話がもっとややこしくなったではないか。するとレイレイはまた貴族的なしぐさで左手を胸に当て私に恭しく礼をした。

「レイレイ……」

「皇太子妃様になられるあなたがかようにお怒りになられると私はつらいです。卑近なモノの発言に耳をかす必要はございません。どうかお静まりを」

「……」

 レイレイが私を見上げてにっこり笑った。池津さんは勢いをそがれて黙り込んだ。身分の低い人呼ばわりされて気が抜けたのだろう。私もびっくりしたけど。

 レイレイはそれから池津さんを見下ろした。池津さんには拝礼なしだ。だけどあっさりと聞いた。

「あなたの言いたいことは、めぐみ様に付き添ってメイデイドゥイフに行きたいのですね、皇太子妃付きの通訳として?」

 へこんでいた池津さんの目が輝いた。

「ええ、もちろん。私はメイデイドゥイフ語を始め東欧圏の言語は全部しゃべれますのよ、私ほど通訳に適任な人物はいません」

「……デース・池津とおっしゃいましたね?」

「はい、私はデース・池津です。使節レイレイ様のお力でなにとぞ私をご重用くださいませ」

 レイレイは池津さんを真っ直ぐに見下ろした。美しいレイレイの顔。池津さんの頬に赤みがさした。

「ではそうしましょう、私に連絡先をお知らせください。私の方から連絡さしあげますので、いつでも出発できるように自宅で待機してください」

「まあっありがとうございます」

 レイレイは池津さんには笑顔もなく命令口調で冷たい言い方だったが有頂天になった池津さんには通じてない。レイレイの顔がいいので、池津さんはうっとりしてみている。

「デース・池津。話は終わったので早く退去しなさい、あなたへの話はこれでおわりだ」

「はい。私も準備がありますのでおいとましますわ、じゃめぐみさん、仲良くしましょうね。それでは」

 池津さんはスキップするように嬉しそうに飛び跳ねて帰って行った。私はあきれてレイレイを見上げる。

「レイレイ、どうしてあんな人を、勝手なことをするのはやめてよ」

 するとレイレイは私にウインクした。そして身をかがめて私に小声で言った。

「池津さんは連れていってあげましょう、私があなたに教えてあげた意味が当日ようくおわかりになられるでしょうからね」

 私はレイレイの話す意味が理解できなかった。でもレイレイの目が輝いている。なぜ彼はこんなのだろう。なぜ彼はそういうのだろう。

 広本さんが背後から遠慮がちに声をかけた。

「お嬢さん、行きましょう、お父さんや筆子さんが心配されているから戻りましょう」

「私はこの結婚を断りたい……」

 レイレイが言った。

「めぐみ様の心配はわかりますが大丈夫です」

 いうなりレイレイはくるっと振り返って離れの扉を開けて入った。取り付くシマもなかった。

 私は広本さんに再度促されるまで庭園の石畳の上でじっと立ち尽くすだけだった。











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