第四十七話、食事会
◎ 第四十七話
私はレイレイが来日し、私が出国するまで付き添うときいて、いよいよ話がここまですすんだことに今更驚いた。何度でも言う。この私が結婚するなんて信じられない。
私は結婚に夢を持っていた。今はまだ十六歳だけど、いつか大人になったらやさしい彼と恋愛して楽しいデートを繰り返し、私の誕生日にプロポーズしてくれる。指輪をもらい、結婚式をあげる。ウェディングドレスはいくつも試着を重ね、ハネムーン旅行はヨーロッパかハワイ。
住む家はできるだけ大きいところで結婚相手が金持ちにこしたことはない。でもやさしい人なら貧乏でも良いと思っている。私は一人娘なのでお父さんがもし病気になったら看病をしないといけない。だから実家に近くで私のお父さんと時々は一緒にご飯を食べて、私は時々趣味のバレエをしてバレエの衣装を縫って在宅でお金を稼ぐのだ。
子供は二人か三人いてどの子もかわいくて賢くて……そんなささやかな夢の上を行く超玉の輿結婚。相手は四十歳でお父さんと同じ年で私はあと一週間で日本を出て専用機でメイデイドゥイフに行く。なのにまだ一度もデートもしていないし、ご飯も一緒に食べてない。相手の兄弟の人数も家族構成も何も知らない。こんな状態なのに。
こんな普通でない結婚ってあるのだろうか。
昔の日本なら結婚相手は親が決めたりお殿様が決めたりすることはあったというけど、今は現代の国。選ぶ相手も自由のはず。
私はいつのまにかベルトコンベヤーに乗せられてメイデイドゥイフにお嫁に行くことになってしまっている。できることなら今からでも逃げ出したい。そんなうじうじした感情を持っている。でもこんなに世間が大騒ぎしている。お父さんに言わせると街の中でもテレビでもラジオでもパソコンでも私の話で持ち切りだという。私のいいところも悪いところも私のことなんか何も知らないくせに爆雪めぐみのすべて、とかいうムック本まで出ているそうだ。そんなことってあるのだろうか。これでいいのか、いいのだろうか。
春美野筆子さんのアドバイスはとてもタメになった。とても感謝している。だけどその覚悟を決める前の段階というか前ふりが私には何もないのだ。いいのか、ほんとうに、これでいいのだろうか。
私はレイレイが来たら皇太子の性格や何を考えている人なのかようく話を聞いてみようと決めた。それはお父さんも言っていた。
「めぐみがもし不幸にでもなるような要素が一ミリでもあったらこの結婚は中止しような」
「うん」
親子二人だけの食事の時に私たちはそう決めた。そしてレイレイが来たらお父さんもつききりで話を聞くことにしたのだ。
この宇留鷲旅館は由緒ある格式の高い旅館らしいがもう一つ特徴があって、個人のプライベートを重視し離れに部屋を取ると外部から遮断された空間になる。その分料金も高いので普通の庶民には手が届かない。だから常連客はVIPな海外の著名な政治家、王家やグローバル展開している大企業の経営者だけだという。私はその宇留鷲旅館を仕切る女将さんが娘を使ってお父さんに色目をつかったという時点でここはだめだ、という判断を持っていたが坂手大臣はレイレイをこの宇留鷲旅館の一番奥の離れに宿泊させたという。
私のSPになった広本さんはレイレイを監視する役目もあるのだろう、離日するまではレイレイを警護することになったと伝えてきてくれた。お父さんが広本さんにレイレイの様子を尋ねたら「畳や座布団が珍しいらしく座ってさわっていました。部屋に置かれた抹茶のお菓子もおいしそうに食べてましたよ。後から爆雪さんに挨拶に伺うと申していましたがいいでしょうか」
「そりゃ当然です。夕食は一緒にしましょう。私もめぐみの父親としていろいろとレイレイさんに聞きたいことがありますから」
「わかりました、その旨伝えておきます」
そんなこんなでレイレイとの初めての食事は私とお父さん、それと春美野筆子さんとの四人になった。そのセッティングは坂手大臣がしてくれた。大臣も参加予定だったがどうしても時間の都合がつかず急遽筆子さんが出席してくれるようになった。細かい事務連絡みたいなのは外務省の田中さん鈴木さんペアがしてくれているという。全部人まかせだ。これでいいのだろうかと思いつつ私一人では何もできやしないし、やれっこない。まかせてうまくいかなかったらいかないでいいや、の投げやりな気分だった。
レイレイが多分日本料理を食べるのは初めてだろうと融故女将の配慮? で和洋折衷の料理で、私がいつも使っているお妃教育の部屋でテーブルを持ち込んで食べてもらうことにした。筆子さんは当然のように着物姿だったが、お父さんと私は家から持ってきた中で一番ましな服にした。つまり私は大盛女学園の制服、お父さんは仕事に行くときのスーツ姿だ。
お父さんは筆子さんの前に座ってすごく緊張していた。
「うちの娘がお世話になります。ご迷惑かけます」
「いいえ、わたくし、この慶事にご一緒させていただき、光栄に思います」
筆子さんにこう言われてお父さんは固まっていた。見れば大汗をかいている。これからレイレイにも会わないといけないのに。お父さんしっかりしてよと言いそうになった。
私達三人が前菜を前にして待っているとSPの広本さんが先に入ってきた。ちょっと困った顔をしている。
「あのう、爆雪さん。デース・池津さんとおっしゃる方が来ていますけど会われますか? 通訳に来たと言ってますがSPとしてはその情報を受け取っていないのです。どうしても爆雪さんに伝えてくれというのできましたがどうされますか?」
私はレイレイが来ると思って緊張していたが我に返った。
「池津さんがどうして来るのかしら、断ってください」
筆子さんが不思議そうに聞く。
「デース・池津さんはどなたですか」
「通訳の人だけど強引なので私は嫌いなんです。あの人が通訳するなら私は結婚もとりやめたいぐらい腹を立てているのです」
筆子さんは軽く微笑んだだけだ。何も言わない。広本さんは私の顔をじっと見ている。
お父さんが私のこの言葉を聞いて大事になると判断したらしい。広本さんに「すみませんが今日は遠慮するように行ってください」といって追っ払ってもらった。本当にこの宇留鷲旅館はプライバシー完備が売りのVIP専門の和風旅館なのにどういうことなのだろうか。
外ではひと悶着があったようだが私たちは知らない。時間が来てレイレイが部屋にやってきた。レイレイは一人だ。思えばこの人は最初から日本側の交渉をほぼ一人でしている。皇太子の信頼がその分厚いということだろうか。
レイレイは三つ揃えのスーツ姿で色は濃い藍色だった。明るい茶髪が肩にかかっているが綺麗に櫛目がとおっていて不潔感はない。澄んだ薄い茶色の目は変わってない。眉毛はちょっと濃い茶色で髭はない、唇は少し薄目できりっと引き締まっている。とにかく目と鼻と口のバランスがよくて映画俳優さんのような容姿なのだ。お父さんが少女漫画でしか見かけることができない男、というのも無理はない。レイレイ、本当に綺麗な男の人だ。男といえば、私はいじめられたり、理玖目当てに群がる待ち伏せするような男の子しか知らないので、本当にどぎまぎしてしまう。だけど少なくともレイレイは私の恋人ではなく、私の旦那さんになる人の部下なのだ。つまり皇太子の部下で仕事なので私に会うのだ。
まず先に座っていた筆子さんが立ちあがり次いでお父さんと私もあわてて立ち上がった。筆子さんは何か挨拶をメイデイドゥイフ語? で話されてレイレイとなごやかに言葉を交わしていた。筆子さんが話している間、レイレイは左手を胸にあてて聞いていますよというポーズをとっていた。日本人にはまずそういう動作は見かけない。レイレイの容姿もあって、とても似合うポーズだった。
それからレイレイは私の方に向き直り「バクセツ・メグミさま、タロウさま。こんにちは。夕食のおまねき、ありがとうございます」とにっこり笑った。
お父さんは汗を拭きながら言う。
「ま、どうぞすわってください」
レイレイと私の目がまたあった。レイレイの目元が暖かい。レイレイがほほ笑んでいるのだ。私に向かって。
外務省関係の人は誰もいない状態、給仕は融故女将が自らしてくれた。食事が一通り運ばれるとあとは私達だけにしてくれた。お父さんと私はほとんど話さず、もっぱら筆子さんとレイレイの会話がメインだった。筆子さんは時折、日本語も交えて私達にも何を会話しているのか教えてくれた。主に皇太子の日常の様子や結婚式の様子、それとメイデイドゥイフの国民がこの結婚をどう思っているのかを聞いてくれていた。筆子さんが驚きつつも通訳してくれた。私達も驚いた。
一番驚いたことはこの結婚に関しては、メイデイドゥイフでは全く話題になっていないということだ。メイデイドゥイフの国内では皇太子の結婚は公表していないということだ。
お父さんが驚いてレイレイに聞いた。
「皇太子といえば国の代表になる人でしょうが、そちらの国ではなぜ秘密になるのですか。首相がスポークスマンになっているようですが、どちらが偉いのでしょうか。うちのめぐみの立場はどうなるのですか」
レイレイはこういった質問を予期していたようだった。おはしをおいて私やお父さん、筆子さんに丁寧に説明してくれた。




