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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第四十六話、筆子さんの助言、後編

◎ 第四十六話



 ややあって筆子さんは言った。

「大丈夫だと思いますよ。人に見られる立場ってどうってことないですよ。見る方も見られる方も同じ人間ですし……それと悪口は見ないし気にしないようにすることで解決するではないですか、いつでも前を見ること、それができたら何も気にすることなぞないとわたくしは思います」

 筆子さんは私の心配をあっさりと片づけてしまった。そんな簡単にうまくいくものでしょうか……私が黙り込むと筆子さんは言葉をつづけた。

「わたくしは普段はスイスに住んでいますが、スイスでもあなたの話題で持ち切りです。というか世界中でメグミ・バクセツの名前が広がっています。いまやあなたは時の人、全世界の有名人です。そしてもう名もない人には戻れない位置にいます。こうなったら」

「……こうなったら」

「覚悟をお決めなさい、あなたはメイデイドゥイフの皇太子妃として生涯を捧げるのです。日本とメイデイドゥイフ国の友好のために。グレイグフ皇太子はあなたに一目ぼれをしてここまでしてくれているのです。セレンディビリティに徹して国民が安楽に暮らせるように心を配ってあげるのも仕事です。お金が自由に使えるならばそれはあなたの自由だけど、その地位にいないとできないことをした方がいいとわたくしは思います。めぐみさん、あなたは、メイデイドゥイフの国民の母としてメイデイドゥイフのひとたちに慕われるようにするのです」

「……メイデイドゥイフの国民の母。私に私にそんなことができるでしょうか。人の上に立つ、人の上に立って人々のためを思って行動する……そりゃあ筆子さんは綺麗だし生まれながらの身分が高い人だしとても上品だし、美人だし。だからちょとと手を振っただけでみんなに喜んでもらえるからそれでいいけど」

「めぐみさん、自己卑下はここまでになさい」

「……」

「自己卑下はもうおやめなさい。あなたにはすでにメイデイドゥイフの皇太子が待っておられる身分なのです。そして皇太子のご家族やお付きの人々、国民も待っているでしょう。大勢の人があなたの笑顔を待っているはず。私なんかと言うセリフは今後は厳禁です。私なんか、は禁句です。その言葉はまわりの人々をがっかりさせます。それはいけません」

 筆子さんの言葉が身に沁みる。筆子さんは言葉を続ける。

「めぐみさん、繰り返します。あなたの幸せそうな笑顔を大勢の人々が待っています。背筋を伸ばしてしゃんとして。人々に見られる立場の人はいつでも笑顔を心掛けて。あなたはメイデイドゥイフで皇太子妃となるのです。人の上に立つのです。めぐみさんなら大丈夫。グレイグフ皇太子もあなたを見て安心したのでしょう。明日使節のレイレイという人がいらっしゃるとか。ここまでしてくださるのです。皇太子を信じて自分を信じて一歩を踏み出すのです。さあ、今後は自分を貶めないように、わかりましたね」

 筆子さんの言葉は私の心の中の隅々まで響いた。筆子さんの言葉が私の身体の中で反響している。そうだ私はもう後戻りできない。そして、みんなが私を待っている。私はまだ記者会見も何もしていないが、でもいずれはしないといけないだろう。最低限出国の日は日本中の人々もメイデイドゥイフの人々も、そして全世界の人々が私に注目する。私はそういう立場になってしまったのだ。

 私は顔を上げた。筆子さんは私を真正面から見つめている。袋小路先生も私を見つめている。私は軽くうなづいた。

「筆子さん、アドバイスありがとうございます。お話はよくわかりました。本当にありがとうございます」

 私の背筋はしゃんと伸びた。

 私の心も伸ばす、もう否定的な言葉は言わない、考えない、行動しない。

 私は自己卑下はもう二度としない。

 私は選べるべく選ばれた人なのだ。

 私はメイデイドゥイフ国の皇太子妃になる。

 この人こそ皇太子妃にふさわしいと言われてみたい、そしてグレイグフ皇太子をがっかりさせたくない。 

 私はがんばる。




 今日のお妃教育が終わり、部屋でくつろいでいるとまた来客があった。

 袋小路先生の孫の春美野筆子さんと会った興奮もさめていない。

 来客は坂手大臣だった。昨日も来たのに今日も来たのだ。お父さんも一緒だ。坂手大臣はしわくちゃの笑顔で私に言った。

「お嬢さん、いやいや昨日に続けて今日も、すみませんのう」

 私はこの大臣は嫌いではない。ううんと首を振ってこんにちは、と言った。お父さんがフォローする。

「坂手大臣、お礼を言うのはこちらです、お忙しいのにうちのめぐみのために」

「いやいや、お嬢さんのためでもありますが、これは日本のためになることですよ。日本はメイデイドゥイフとの国交を望んでいます」

「そうですか」

「ほかの国もそう思っているはずですよ、何せ裕福な国ですし」

「さっき、うちのめぐみから話を聞いたのですが今日お妃教育で春美野筆子さまが来られたとか。私はめぐみの結婚のためにしばらく職場を休まないといけないのでその引継ぎで不在だったのです。でもめぐみによると貿易関係でメイデイドゥイフは鎖国の出島のような機関があって春美野さんはそこで会ったとはいいますが」

「あちらは潤沢な資源があるので国内で使い切れない分を輸出しているのです。それと医療産業の技術開発などの技術者同士とは交流があるようです。だが政治的には鎖国です。ですからめぐみさんと皇太子との結婚をきっかけに仲良くとは思っています」

 どうも坂手大臣は政治家として私との結婚を日本にとって有利なようにすすめていこうと思っているようだった。でもそういう難しいことは私がちゃんとメイデイドゥイフでやっていけそうか見定めてからしてほしいと思った。

「さて、二日連続できましたのは報告が二つありまして」

「はい」

「一つはメイデイドゥイフ国の皇太子付きのレイレイさんが入国されました」

 私はあのレイレイの顔を思い出してどきっとした。お父さんはのけぞるようにわざとらしく驚いた。

「うわ、もう来日したか。レイレイさんはあのハンサムな男性ですな。少女マンガに出てくるみたいな顔つきの……あの人の来日はこれで三度目、ですね」

「そうですな……一度目はお嬢さんの在籍確認、二度目は皇太子と同行、三度目は結婚式までお嬢さんに随行すると、三回も皇太子の指示で来日するとはかなり皇太子の信頼が厚くかつ身分が高い人なのでしょう。ですがレイレイさんの詳細もこちらでは把握できずもどかしい限りです」


 あのレイレイにまた会える。今度は私が日本を出国してメイデイドゥイフまで連れていってくれるのだ。レイレイ、日本語がしゃべれるメイデイドゥイフ人。私が日本を出国するまであと一週間。

 坂手大臣は続けて言った。

「もう一つあります。メイデイドゥイフへの随行者としてお父さんの爆雪太郎さんの他、先ほど名前があがった春美野筆子さんに決定しました」

「わあ、筆子さんが」

「そうです。実は日本の出国日が決定してからすぐに私がお願いしたのです。スイス在住ですができるだけ早く帰国してめぐみさんを助けてやってほしいとね。筆子さんは一度本人に会わせてほしい、それから随行するか決めるとおっしゃられて……でもよかったです。めぐみさんは素直で良いお嬢さんだとおっしゃってました」

 お父さんが聞いた。

「日本からの同行者は春美野筆子さんのほかには誰がついていきますか」

「出立の日まであと一週間。もうすぐですな。メイデイドゥイフ国へ行くまでの同行者は日本側からは父親の爆雪太郎さんを除いては、春美野筆子さん、それとSP代表として広本、通訳者としてはデース・池津に決定いたしました」

 私はびっくりした。

「えっ、デース・池津さん? あの人も? イヤよ、あの人と一緒はイヤ」

「お嬢さんは池津が気に入らないのは知っています。このたびの結婚にあたり問題ある行動をして謹慎させました。ですがあの人は国内では貴重なメイデイドゥイフ語が話せる人ですぞ。だからレイレイの最初の入国から通訳として同席していたのです」

「いくら人がいないからってそんな。とにかくあの人はイヤ」

 お父さんは大臣の言葉をきいて池津さんに対する認識を変えたようだ。お父さんと大臣は「女性の通訳者が一人ついていた方が意志疎通にいいのではないか。筆子さまはやはり身分が高く通訳者としては使いにくいので専門家がついていた方がめぐみにとっていいはずだ」と私を説得にかかった。

 私はイヤだと首を振り続けた。

「私とお父さんがあの神奈川の自衛隊基地に言ったことをマスコミにばらしたのはあのデース・池津さんでしょ、それと皇太子と会った時に私が何も言ってないのに勝手なことを言おうとしたし。あの人はあんまり強引だし、メイデイドゥイフのスパイじゃないかと思うぐらいにしつこかったもん。最初から問題になるのは彼女の行動なのよ」

 私はデース・池津さんの訳知り顔で通訳するときの顔を思い出して余計イヤになった。あの人の通訳はイヤだ。

 お父さんは「いや、その世間にばらしたといってもその証拠もないし」とぶつぶつ言っていたが私はあの人しかないと思っている。坂手大臣は私がお父さんと口論している様子を黙って見守っていたが私が大臣に向かって「どうしてもあのデース・池津さんが通訳になるのなら。私、メイデイドゥイフに行くのをやめるわ」と言うと困ったように「もう一度人選を考えてみます」と言った。


 何事もばたばたと決まっていくのだ。でも私に関することは私に決めさせてほしいと思う。坂手大臣は黙ってお茶を飲み、それから例の宇治姫三条のお菓子を食べてからまた官邸に戻って仕事をする、といって去っていかれた。

 その夜、私はレイレイと会うのを楽しみ半分、うっとおしさ半分という奇妙な感覚を味わった。

 レイレイの来日は三度目で今回も神奈川の自衛隊基地から入国したらしいが、そこから一直線にこの旅館にやってきた。レイレイは本当に一人だけでやってきた。これは広本さんから聞いたが飛行機のパイロットはレイレイを置いて帰国したらしい。レイレイは私の出国当日迎えの飛行機で一緒にメイデイドゥイフに行くのだ。私は出国、レイレイが帰国。とにかくもう私が日本を離れるのは来週にせまっていた。筆子さんからは人の上に立つものの心構えみたいなものを教えてもらった。だけどまだ私には肝心の根っこの覚悟がない。


 






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