第四十五話、筆子さんの助言、前編
◎ 第四十五話
「めぐみさんはこの宇留鷲旅館にずっと滞在されているようですね、もう慣れられましたか」
「いえ、家に戻りたいのが本音ですけどマスコミの取材が怖いので」
「そうですね、取材と言われても何もわからない段階では言えませんね、大変ですね。それに来週はもうあちらの国から迎えが来るそうですね」
「そ、そうなんです」
私はこの筆子さんとその旦那さんがメイデイドゥイフを知っている人だと思いだした。確か貿易関係でのつながりがあると聞いている。私はこの機会を逃すとメイデイドゥイフを知っている日本人とは知り合えないだろう。聞きたいことがあるなら今、聞くべきだ。この人とのつながりは大事にしたい。普通なら私ごときがクチをきけないぐらい偉い人なんだけど知り合いになっておきたい、助けてもらいたい。
私のような頭の悪い高校生でもそれはわかった。
「あっあのう。筆子さん。メイデイドゥイフってどんな国ですか、知っていることを全部、教えてください」
「はい。わたくしの知っていることは全部めぐみさんにお知らせいたします。でもあちらとは主人の会社の関係で仕事上での連絡はありますが、わたくしども夫婦の入国は許可がないので行ったことはありません。坂手大臣にも申し上げましたが仕事上の契約もすべて第三国でするかメイデイドゥイフ側の出向先、昔の日本でいう長崎の出島みたいな場所があるのでそこでしています」
私はがっかりした。
「ああ、それではどんな国か全然わかんないのですね?」
「……ごめんなさいね。それでも漏れ聞く話はありますので、少しはお役に立てるかと思います。それでおじい様とご一緒させていただきましたのよ。めぐみさんはまだ十六歳、若くおかわいらしいのできっとあちらの皇太子さまに可愛がられてお幸せになられると思いますよ」
「私はメイデイドゥイフでうまくやっていける自信が全然ないです。それと明日、皇太子付きの通訳のレイレイとかいう人が来るそうですけど、そういうのも困っています。だって何もかも、どうすれば一番いいか誰も知らないし私もわからないからです」
突然私は孤独を感じた。本当、私は一人ぼっちなのだ。どうしてよいか誰もわからない。世の中では超絶玉の輿結婚をするラッキーな女の子呼ばわりされているけど、実態はこんなのだ。家にも帰れない、贅沢な旅館にはいるけど、気楽にはできない。肝心の相手とはデートすらしていない状態だ。それでもお金はよこしてきたし、明日にはレイレイもくる。そんな状態で結婚できるのだろうか。
皇太子が日本からやってきた私をイヤだと思えばすんなり帰国できるだろうが、逆に私があの皇太子がイヤになったとしてすんなりメイデイドゥイフから日本に帰国できるだろうか。元の生活に戻れるだろうか。
毎日学校へ行って放課後にはパッチワークを作り、週に一度はバレエレッスン、夜には友達とチャットを楽しみ、土日は刺繍やテレビを見て過ごす。時にはまわるお寿司屋さんやハンバーガーショップへ行って安くて気楽な食事を楽しむ。そんな生活が一番よかったのに、果たしてあちらでそんなことができるだろうか。すべてのことに自信がなかった。
「あらあら涙が出てしまいましたね……めぐみさん。わたくしがヘンなことを申して、ごめんなさいね」
「いえ……私とにかく不安で……」
筆子さんは立ち上がって私のとなりにきて座った。ハンカチを広げて私の涙をそっと拭ってくれた。ハンカチからカモミールの香りがした。筆子さんって優しい人なんだ。
筆子さんは私の顔をのぞきこみながら教えてくれた。
「メイデイドゥイフで知っていることを教えますね。あちらは過去豊富な資源を目当てに侵略されたことが何度もあるので他国を警戒しているのです。鎖国しているとはいえ、対日感情が悪い国ではありませんよ、きっと大丈夫だと思いますよ」
「は、はい……」
筆子さんの話をまとめてみるとまんざら悪い国でもなさそうだった。
メイデイドゥイフの前身はドゥイフという国名で過去隣接した国から侵略を何度もされていた。植民地だった歴史もある。しかしあるときメイデイドゥイフという一族が出てきて国民に一致団結を求めたという。
「それがグレン・メイデイドゥイフですね。グレンは簡略名ですけど、あちらは皆長い名前をお持ちですのでね私にもよくわかりません。分裂したドゥイフを元の領地に統一したグレン将軍はあちらでは歴史上の偉人です。名前も統一後はドゥイフからメイデイドゥイフに国名変更しました。同時に統治者であるメイデイドゥイフ家にとってラッキーなことが続いたのです。それまでにはなかったとされていた埋蔵石油や希少金属が発見されました。この発見で全世界の注目を浴びて、世界屈指のオイルマネー大国になりました。アラブのオイルラダーに負けない裕福な国です。規模は日本よりも小さいのにね、発見された時期も世界大戦中のため隣接の大国も植民地の取戻しどころではなく、メイデイドゥイフに対しては戦争に仕掛けられることもなかったのです。メイデイドゥイフはその間にせっせと国力をためていて世界大戦が終了し平和が取り戻されると同時に鎖国並びに永世中立国を宣言したのです」
「……」
「永世中立国とはいえ国民は男性も女性も十五歳になると三年間の兵役を義務付けられています。国庫も防衛にもすごくお金をかけています。核は持っていないと宣言していますがお金には糸目をつけず最先端のレーダーミサイルも保持しています。どの国でも容易には踏み込めない軍事力です。もはやあちらは独立独歩の国です。豊富なオイルマネーで医療技術開発でも惜しまず投資するので鎖国とはいえども国際社会では一目置かれている存在です。かつ建国者のグレン将軍自身や家族が何度も暗殺されそうになったので、顔を隠すようになったため王朝の人物はその動向が国民すら明かされません。ですが国民はグレン将軍の血を引く継承者を尊敬しています。直系の子孫であるグレイグフ皇太子がそうですよ」
「では国民がメイデイドゥイフ一族を神様のようにあがめているというのは本当なのですね」
「私は知らないですが主人がメイデイドゥイフの出島で経営している貿易会社、実質上は王朝が経営していますがそこに行ったら国旗と肖像画が飾られていたそうです。肖像画は印刷されたものでメイデイドゥイフの救い主、繁栄を導いた偉人、グレン将軍だと言っていたそうです」
「グレン将軍、でもその人はもう死んでいるのでしょう?」
「年数でいえばもう亡くなっているでしょう。ですので先日極秘来日された皇太子、つまりグレイグフ氏はそのひ孫もしくは玄孫ぐらいではないでしょうか」
「グレイグフ皇太子って四十歳だけど本当に独身なのですか、私は袋小路先生から源氏物語を習っていますけど寵姫みたいな人っていないですか。私はあそこで桐壷の更衣みたいにいじめられないか心配です」
筆子さんは笑い出した。それからあわてて私がメイデイドゥイフ家と源氏物語を結び付けて心配しているのが意外だったのと説明してくれた。
「笑ったりしてごめんなさい。でも心配ないと思いますよ。わたくしも先月の週刊誌の記事を読んで、あの記事であなたとグレイグフ皇太子が面会したとわかったのですからね。それで初めてグレイグフ皇太子の年がわかった次第です。外務省の人たちもそうだと思いますよ、日本中はおろか世界中が初めて知ったことです。つまりあの国については誰にもわからない……あちらは国民へも秘密にしている事象が多い国ですけど、日本に対する感情は悪くないし、ご成婚のあかつきには国民に対してのお披露目もあるでしょうが王朝に対する尊敬の念も格別に大きいので皇太子が選んだ女性に向かって仮にもいじめたりはないと思いますよ」
「グレイグフ皇太子の兄弟やお母さんもいないのですか、おばあさんというか皇后みたいな人がいてその人がもう年で早くお嫁さんをという話は聞いてますけど」
「その話もめぐみさんから今初めて伺いました……そうですか、太后さまがいらっしゃるのですね。年齢的に見てグレン将軍の娘かお孫さんに当たる人なのでしょうかね」
「はあ……私にもよくわからないけど、」
「そうね、めぐみさんがあちらに行ってからはじめてわかることでしょうね」
結局、筆子さんもメイデイドゥイフのことはよくわからないのだ。だけど私はこの人を逃すともうメイデイドゥイフへのキーマン、そして頼りになる人はいないと思った。雲の上の偉い人なのだけど、この筆子さんしか聞く人がいない。私は筆子さんに向き直った。
「筆子さん、あのう……あの、筆子さん、メイデイドゥイフまで私と一緒に行ってくださいませんか? あちらに行くのは私のお父さんも一緒だけど、でもできたら筆子さんもついてきてほしいの」
筆子さんは笑顔のままだ。
「そうですね、実は外務省からも坂手大臣から直々にその話が出てそれで私は急遽スイスから帰国したのです。めぐみさんがわたくしでよいとおっしゃるならわたくしは結婚式までご一緒させてもらおうと思っています」
私は安心のあまり力が抜けそうになった。この筆子さんがメイデイドゥイフの結婚式までついてきてくださるなら少しは安心だ。
「よかった……筆子さん、ありがとうございます」
坂手大臣が先に手をまわしていたのだ、私を心配してというか何というか。でもこの上品な筆子さんを連れていけば不安感も劣等感も少しはましになる。私はもう一度お礼を言った。
「筆子さん……よかった、本当にありがとうございます」
「いえいえ、メイデイドゥイフのことは私も知らないし、わたくしで役に立つかどうか」
筆子さんはいつも日本にいるわけではなさそうだが、でもいろいろと話を聞いておきたい人だ。だけど私からそれをお願いするのはすごく言いにくい。何せ庶民育ちの私のようなものに、親切にしてくれるのか。今回はたまたま袋小路先生がいるからだろう。だけどこの質問はしたかった。
「あのう、筆子さん。あのう、もう一つ聞いていいですか」
「私でわかることなら答えます」
「あの、あの、すごく言いにくいけど筆子さんってみんなに見られて大きくなったでしょ、おつきの人がいて、どこに行っても見送りの人に話しかけたり手をふったりして。それで、あの、あの……」
筆子さんのやさしい笑顔に誘われ、えいっ言ってしまえと私は質問した。
「私は今この状態にいるのです。まだ見送りの人に手を振るまではいってないけど。それでも週刊誌や雑誌には私のことを書かれているし、パソコンはもう見てないけどバカミとか死ねとか書かれています。私はこの状態がすごく苦手なんです。筆子さんは平気でしたか。そしてメイデイドゥイフでもそんな状態だったら私はもうどこにも行けないような感じを持っています。あのう、うまく言えないけどそれでも大丈夫でしょか」
言い終わってからすごく失礼なことを言ったかも知れないとは思ったがもういってしまったことは取り消せない、ええいもうどうでもいいや。




