第四十三話、メイデイドゥイフ語のミニレッスン
◎ 第四十三話
そんなこんなでその週は過ぎた。毎日のように私の特集記事が出ているそうだ。私は見てないがお父さんは新聞でもテレビもチェックしているらしい。私は一歩も外に出なかった。身体がなまってしまうのでバレエストレッチはかかさずした。お妃教育は毎日あった。毎日少しずつでも顔をあわせていると先生とも親しくなってくる。世界史と日本史、そして古文の袋小路先生。世界史も日本史も慣れてくると、とても楽しい。少なくともテストはないから無理して年号を覚える必要はない。
一度大山さんから電話がかかってきて「デース・池津がメイデイドゥイフ語を教えたいと言っているし、最低限の言葉だけでもお妃教育で習ったらどうか」という提案がきたが私は断った。あのデース・池津さんだけは許せなかった。私が断っているのにしつこく着物をすすめたり、極めつけは皇太子に結婚を承諾の返事をしたではないか、勝手なことばかりする通訳なんかいらない。お妃教育の先生だなんてもってのほかだ。
すると断ったその日の午後、坂手大臣が宇留鷲旅館までやってきた。多分大山さんが大臣に何か言ったのだろう。大臣は、私とお父さんのところにプリントをくれた。めくってみるとメイデイドゥイフ語の覚書だった。手書きだった。大臣の直筆なのだろうか。確かこの人は通訳なしでメイデイドゥイフ語で皇太子と話しをしていた。大臣は言った。
「爆雪さん、メイデイドゥイフ語は簡単です。基本がロシア語に近いのでそれからやればよかろうと思うが、日本語でフリガナをつけておきました。手作りだが使っていただけたら大変ありがたい」
お父さんと私は大臣にお礼をいった。大臣は笑顔で見てごらんとプリントを出す。大臣といえばとても忙しい人のはずだ。なのに私のためにこうして時間を割いてきてくれたのだ。
私はプリントを見た。ちらっと見ただけで難しそうと思った。
こんにちは Здравствуйте! ズドらーストヴィチェ
やあ Привет プりヴィエート
おはようございます Доброе утро. ドーブらエ ウートら
こんにちは Добрый день. ドーブるイ ディェン
こんばんわ Добрый вечер. ドーブるイ ヴィエーチル
おやすみなさい Спокойной ночи. スパコーィナイ ノーチ
元気?、どう調子は? Как дела?カーグ ジュラー
ありがとう спасибо スパスィーバ
まあまあです(悪くはないです) Неплохо. ニ プローハ
じゃあね Пока. パカー
さようなら(また、会うときまで) До свидания. ダ スヴィダーニャ
「語源はロシア語からきているのが多い。私は大学の時にロシア語も習ってたのでメイデイドゥイフ語もいけたんだ。試しに言ってごらん」
「……ずどらす……」
「Здравствуйте!」
「ずどらすと……」
「Здравствуйте! Хорошо、Здравствуйте、Здравствуйте」
「えーん無理ですう~」
「大丈夫、何とかなるからね。明日から少しずつやっていけばいいよ。とりあえずこんにちはと有難うだけ覚えてあちらの国へ行ったらいいから。現地へ行けば嫌でも言葉は覚えてくるものだし大丈夫っ」
「……」
私は泣きそうになった。メイデイドゥイフ語はおろか英語だってわからないのにこんなの覚えられない。坂手大臣はきっと賢いんだ。どうせこの人は日本語以外にもいろんな言葉を知っているんだ。英語はできて当たり前、ロシア語もいけるからメイデイドゥイフ語もいける、そんなすごい人には私の気持ちなんかわからないだろう。
そこへ坂手大臣の携帯電話が鳴った。大臣は着信を見て出ると決めたようだ。
「失礼」と言い置き、その場で大臣は話し出した。外国語だった。英語ではない。もしや、と思って私は息をつめた。やがて大臣は電話を切った。「わかりました」とだけ言って大臣は私の方に向き直った。
「メイデイドゥイフもお嬢さんのために動き出したようだ。明後日の夜メイデイドゥイフからレイレイなる人物が来てお嬢さんの世話係になると申し出てきている。今の電話は入国許可を出してもよいかという連絡だ」
タイミングがよすぎる。
私は直感で坂手大臣がその通りに事態が動くように仕掛けているのかと思った。それともメイデイドゥイフのグレイグフ皇太子がそう言ってきているのか。どちらかだろう。どっちにせよ私はメイデイドゥイフに行かないといけないのだ。そしてその日は着々と近づいてきている。




