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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第四十二話、お父さんが誘惑される

◎ 第四十二話


 袋小路先生の授業が終わって部屋に戻ると私はスリッパを脱ぐなり寝転がってしまった。クーラーの効いた快適で清潔な畳の部屋。でも古語の授業で私は疲れてしまった。先生の話は学校の眠たい授業と違っておもしろかったが、もしかしたら私が源氏物語とそっくりな目にあるかもしれない、一夫多妻制かもしれないと聞かされてショックを受けている。

 そのうえに聞かされた源氏物語の中の桐壷の更衣が憎まれ、いじめられていた話は更にリアルだった。帝に呼ばれて廊下を通るだけなのに通せんぼをしたり、そんな幼稚ないじめが大昔の平安時代にもあったのだ。帝も帝だ。桐壷の更衣が好きならいじめに気付くはずだ。そんな遠い部屋に追いやらないでもっと近くに、というか一緒の部屋で暮らしたらよかったのに。一緒の部屋で暮らしておけば、いじめたライバルの寵姫だって今夜も私はお呼びがないけど、あの憎い桐壷が私の部屋の前を通って帝のところに行く、行かせてはなるものか通せんぼしてやれと思わなくてもよかったはず。

 この場合一番悪いのは帝でしょう。

 私もメイデイドゥイフに行ったときそんな目にあったらどうしたらいいのか。寵姫という人はいないだろうけど、いるかもしれないのだ。グレイグフ皇太子がどういう性格な人かというのがわからないというのが一番不安だ。私がいじめられても守ってくれる人でないとこの結婚は無理だ。やっぱり日本を出るまでにデートの一回ぐらいはしないと、お互いが不幸になるのではないだろうか。

 私は穏やかな気分ではなく、夕食前にお父さんのところに行ってこのもやもやを聞いてもらおうとした。お父さんの部屋は私の部屋の隣の隣だ。真ん中は食事部屋やお妃教育の部屋になっている。

 私はそっと廊下をでて見回すが幸い誰もいない。SPの広本さんは休憩中なのだろう。袋小路先生も帰ってしまわれたようで、真ん中の部屋もしーんとしている。端のお父さんの部屋に行くと女性の笑い声がしたので立ち止まった。部屋は私と同じスライド式の和風の戸口になっているが少し開いている。お父さんが座っている前にドブネズミ色の和服を着た女性がしなだれかかっている。女性は後ろ姿なので顔は見えない。アップした髪の後れ毛の一部がだらしなく垂れ下がり、首にもしわが波打っていてそれを着物の襟がせき止めている。要はとても不潔ったらしく見える。女の甘えた声が聞こえてくる。私は耳をすませた。


「あーら、ほほほ。爆雪さんたら。そんなに緊張することはないと思いますわよ。娘さんは可愛い人だしきっとあちらで気にいられますよ。となると爆雪さんも日本とメイデイドゥイフと行き来できますしね、きっと親子で幸せになりますよ」

「そうはいっても、まだ父親としても心の整理はつきませんよ」

「でも日本出発まであとわずか、何かお買い物でもいかがかしら。選ぶものにお困りでしたら私が同行いたしますことよ、ほほほ」

「うーん、何か記念になるようなものは持たしてやりたいとは思いますが、今から買い物する気にはなりませんよ」

「いえいえ、ほほほ。そんなに閉じこもっていたらいけませんわ。せっかく大きな支度金をいただいたのだし、使わないとお金が生きませんことよ。外に出たら気に入るものがありますよ、都内の高級品を扱うお店はよく知ってますし、若いお嬢さんの好きそうなものはわかります。だから私が案内しますことよ、ぶほほほ」

 私は戸口ごしにその女性の手がお父さんの膝をなでているのに気付いてかっとなった。そして荒々しく戸を横にスライドさせ、「お父さんっ」と叫んだ。

 私がお父さんの前で仁王立ちになると女性が振り返って丁寧に正座しなおした。三つ指ついて私に頭を下げた。

「いらっしゃいませ、めぐみ様。お妃教育は終わったのでしょうか、お茶でもお入れしましょうか」

 女の顔を見たら何のことはない、融故女将と一緒にいたお給仕さんの一人だった。鼻の脇に深いシワが刻まれている年寄りだ。お父さんがほっとした顔で「じゃ、親子だけで話がしたいのであなたは遠慮してくださいませんか」というとその女性はがっかりした顔で「そうですか」と立ち上がった。

 私はその人がお父さんの部屋から出ていくまでずっと立ったままでいた。女性はドアを占めるときもかわらず丁寧な動作でそっと閉めていった。

 二人きりになった時に私は聞いた。

「ずいぶん強引な人ね、ここの旅館の人でしょ、アレは?」

 お父さんは頭をかいていた。

「うん、一緒に外に出よう買い物しようどこへ行こうっていうんだ。まいったよ」

「あの人はただのお給仕さんでしょ。ご飯は気詰まりだから親子だけで食べさせてって断ったから来たのかしら。融故女将に二度とあの人にこの部屋を来させないように言ってよ」

「あの人は女将の娘さんだ。めぐみの支度金が入ったのを見越してきたんだよ」

「なんですって?」


 私の支度金にといってメイデイドゥイフ側が三十億円用意されたがお父さんはそのうち五千万円しか受け取ってない。しかもこの話を知っているのは限られている。お父さんは頭をがりがりかいている。やめてよ、余計にハゲになるわよ、お父さん。

「ぼくは大金なので女将に貴重品を預かっておいてくれと預けただけなんだ。そしたらその一時間後に娘が部屋に遊びに来て、このザマだよ」

「じゃあ、もしかしてあの人は融故女将が連れてきたの?」

 お父さんは暗い顔をしていた。

「そうなんだ、この子はバツイチの出戻りですが私の後継ぎです。歴史ある宇留鷲旅館をいずれ継承します。なんなりとお申し付けくださいって。歳は五十五……ぼくより十五歳年上の女性だ」

「げー、余計に気持ち悪いじゃないの。あのおばさん、年も考えずにあんなに甘えた言い方をして、あれはあわよくば、お父さんと再婚するつもりだったのよ」

「困ったなあ。お金なんか受け取らなきゃよかったな。めぐみのお金のせいでモテテも仕方ないし再婚する気もないからね」

「だったらいいけど」

 お父さんは腕を組んで私に言った。

「……えーと、めぐみには言うまいと思ってたけど言っておこうか。めぐみのことが記事になってからこっち、ずっと会ったこともない自称親戚や自称学友、自称幼友達からばんばん連絡が来る」

「どういうこと?」

「ぼくの娘のめぐみがメイデイドゥイフという大金持ちの皇太子妃に決定した、ということは父親のぼくも大金持ちになったと世間では思われるのさ、要は金をくれということ」

「ええ、やだあ」

「昨日も自称亡くなった親父の親友、というのから電話があった。黙って聞いていたら親父に金を貸していたので利子込みで五千万円返してくれときたさ。すぐ切って着信拒否しておいたけど。うちの親父は三十年前に死んでる。年代も地域もかみ合ってないのにお金の金額だけ巨額。どうしてそんな見え透いたうそをつくかなあ。それに音信不通の自称親戚も金をくれときた。高校や大学の同級生からは一緒に会社経営しよう、起業しようといってくる。イヤになってしまうぞ」

「お父さん、お父さんは変わらないでよ、私のお父さんでいてよ」

「当たり前じゃないか、お前は鈴子の忘れ形見さ、たった一人の娘さ。幸せになってほしいと思うよ」

「……」


 私はさっきのお給仕さんも当然だが、その母親という融故女将が嫌いになってしまった。この旅館もイヤになり出たいなあと思った。人間不信になりそうだ。私達に金運がついたとは思わない。それなのにお金に群がろうとする人間が湧いて出てきたのだ。私はそれがとてもイヤだった。

 夕食を持ってきた人達の中にあの人がいたので私はにらみつけてやった。私と私のお母さんからお父さんを取るのは許せなかった。私はいじめられっ子には口がきけなかったが、お父さんに関しては口がきける。しかもお金目当てでお父さんを誘惑しようとしたのだから。だから私ははっきりと言った。

「あなたの顔は見たくないので出ていってください」 

 そのお給仕さんは「私は何もしていないのにひどいですね」と言った。その場には融故女将もいて「私の娘に至らないところがあるのでしょうか」と言ったので私はキレそうになった。

 お父さんが私を制して「そうしてもらおうか、出ていってもらいましょう。でないと私たちがこの旅館を出るまででだ」と言った。融故女将はあわてて「申し訳ありません、以後顔は出させませんのでお許しください」と謝った。

 この宇留鷲旅館からチェックアウトされたら女将が一番困るのだ。女将の慌てぶりでわかる。私たちがこの旅館に泊まっていることはいずれマスコミを通じて世間にわかるだろう。すると旅館のステイタスが上がるのだ。

 女将の娘はがっかりした顔、肩を落として出ていった。これでお父さんと接触してあわよくば再婚を狙っていたのにあてが外れたのだ。母親である融故女将が困った顔をして私を見ている。私は平気だった。

 だけど私がいなくなったらお父さんは一人になる。そうしたらメイデイドゥイフの皇太子妃の実の父親というだけでもっとモテルかもしれない。お父さんは私のお父さんのままで変わらないだろうけど、周りの人が変わるだろう。なにせあのグレイグフ皇太子は支度金だけで私のために三十億円をぽんと出したのだから。


 私は食事もそこそこに部屋に閉じこもり、理玖に電話した。理玖は私が電話してきて驚いていた。

「まあっ、めぐみ。ずっと会ってないような感じよ。今どこにいるの、どうしているの?」

「理玖、話すから聞いてくれる? みんなひどいんだから」

 私は今までの話を全部理玖にぶちまけた。電話の時間は一時間はゆうに超えたと思う。普段私は理玖の話を聞く側だったが初めて話を聞いてもらう側になった。理玖は驚きつつも最後まで聞いてくれた。

 気軽に外へ出ることができなくなった愚痴、新聞や雑誌に勝手に自分の記事があげられている不愉快さ。ネットで嫌われていること、お妃教育の愚痴、お父さんに言い寄ってくるオバさんはじめ親戚や自称お父さんお親友への愚痴、とにかく全部気に入らない。

 私は元の生活に戻りたかった。有名になってちやほやされたくなかった。

 最後までしゃべり終わると理玖が言った。でも、なぐさめてくれるかと思ったら全然違った。

「……大変そう。でもめぐみ、あなたは日本中の女性から嫉妬されているのよ。だから多少嫌な思いをしても仕方ないよ、だってこの私だってめぐみのことがすごく羨ましいもの、特に知り合ったきっかけが私のビデオでしょ? 正直にいうけど、なぜ私ではないのって思うのよ……」

「羨ましいの? 理玖? 代われるものなら代わってあげたいわよ」

「ううん、選ばれたのはめぐみなのよ、だからすっぱりあきらめるわ、私は自力でプロのバレリーナになるから……実はもう来週からロンドン・バレエスクールに留学することが決まったんだ。だから見送りはできないけど応援してるわ、だからめぐみも私のこと、応援してね?」

「理玖、行っちゃうんだ、さみしいな」

「行っちゃうのは、めぐみでしょ。もっと遠いところに、身分の高い人のところに……めぐみが変わってしまったらさみしくなるわ」

「私は変わらないわ、私は私のままよ。出発は十五日だけどついたら連絡するわ」

「十五日なら私はもうロンドンにいるわ。メールは届くはずだから連絡待っているわ」

 理玖に愚痴をいうと気分がすっきりした。やっぱり友達だ。理玖は。それに普通に話をしてくれた。明日も一緒に学校に行けるようなそんな感じがした。










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