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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第四十一話、源氏物語の桐壷の更衣

◎ 第四十一話



 袋小路先生は笑うのをやめると、近日中に筆子が結婚式にあわせて帰国するので会えるとおっしゃった。

「孫もまた貿易会社の役員をして働いている。うちの孫は今現在世界中で話題になっているお嬢さんの役に立つと思いますよ」

「私のために帰国を、うれしいです。でも、私が世界中で話題になっているってそんな」

「いいや、私は事実しか言わない。お嬢さん、あなたは大変な幸運に恵まれたかどうか、それを生かすのはすべてお嬢さんの心一つで決まる。孫の結婚相手は民間の会社経営者だが、あれも海外で生活するようになってかなり苦労を重ねたらしい。海外生活も長いしメイデイドゥイフの話はいろいろなところでも聞いているはずじゃ、坂手大臣もそこを言って重ねて帰国要請してくれたのじゃ」

 私はこれも大臣の配慮なのだと思った。袋小路先生の出会いもお孫さんの登場とつながるし、皆私のためになるように動いてくれているのだ。私は袋小路先生に頭を下げた。

「じゃあ、そのう、お孫さんと会います。よろしくお願いします」

 私はどういっていいかわからないのでとにかく会うことに決めておく。袋小路先生のお孫さんなら同じくきさくでやさしい人かもしれない。

 先生の温和な顔に誘われて私は先生から受け取った古語の本をめくった。

「じゃあね、和歌もちょっとあまり興味がなさそうだし、第一時間がありませんのでね。ですので路線変更しました。この本にも和歌が入ってますので一石二鳥ですし。一番やさしくてわかりやすいこの本で一緒にお勉強しましょう」

「これが一番やさしくてわかりやすい本なのですか。源氏物語とありますけど」

「そうですそうです、恐れながらこの本は私が監修しております」

「監修って何でしょうか」

「監督、みたいなものですなあ。どんな人でも古い言葉に興味をもってもらえるように一生懸命考えて作った本ですがどうですかな、差し上げますのでどうぞご覧ください」

 なんだ、袋小路先生ったら自分で書いた、というか監修した本を持ってきたのだ。私はぐっとくだけた気分になった。私が皇太子妃になることで、私に教えること自体がもうみなさんの名誉になっているのかもしれない。礼儀作法や着付けの先生に無知をさんざんバカにされたにもかかわらず、そんな尊大な気分になってしまった。

「えーと。漫画だったらわかりやすいのですけどね、ちょっとめくってみます……ああ、やっぱりずらずらとした字ばっかり続いているなあ~。これも途中でイヤになるかもです」

 私は後で考えてみたら先生の著作と本人に向かってとても失礼なことを言っていた。だけど袋小路先生は怒らずににこにこしている。それから源氏物語の最初の登場人物の桐壷の話をしてくれた。

「お嬢さん、桐壷の更衣、と聞いただけで古文をイヤにならないでください。この人は今のあなたに似ているし、そしてこれからのあなたと多分大変似てくるだろうので今日はその話をしましょう」

 似てくるってどういうことだろう、私が黙って先生の顔をみていると先生は言葉を続けた。

「桐壷はみかど寵姫ちょうきになるべく与えられた部屋の名前です。部屋の名前だけではぴんと来ないでしょう。これは当時の部屋割りです。これをご覧なさい。部屋の中心にはもちろん帝がいます。桐壷は身分が低かったので一番端で隅っこの部屋でした。あなたの場合は日本にいます。しかもメイデイドゥイフから見たら世界の端で隅っこです」

「はい」

「ですが帝に気に入られたので夜を一緒に過ごすべく呼ばれます。しかも毎晩」

 私はその言葉の意味を考えてちょっと赤くなった。

「問題はほかの部屋にいる寵姫です。桐壷の更衣は毎晩その寵姫たちの部屋の前を通って帝の前にいかないといけません。桐壷を妬んだほかの寵姫たちは意地悪をして廊下を通れなくしたりします」

「……ちょっとちょっと先生、もしかしたら私もそんな目に」

 袋小路先生はしわだらけの顔から目だけを大きく見開いて笑顔を消した。

「あちらの国の詳細はわかりませんが、最悪一夫多妻制かもしれないでしょ、そういう心の覚悟はしておいたほうがよいでしょう」

 最悪一夫多妻制と聞いて絶句した。私は黙って考える。言われてみたらあのグレイグフ皇太子は四十歳なのだ。過去結婚していたかもしれないし、その場合子供がいるかもしれない。そして結婚していなくとも寵姫というか恋人がいるのかもしれないのだ。四十歳ならば過去恋愛の一つや二つは絶対にしているだろう。それなのに国内の美女ではなく、遠い日本にすんでいる私を選んで結婚するというのだ。

 私はどきどきしながら、グレイグフ皇太子の顔を思い浮かべた。私を恋い慕っているという大げさなところはどこにもなく、丁寧で紳士的だった。だけどやっぱり年上の人、お父さんと同じ年のおじさんだ。はっきりいってグレイグフ皇太子は私の恋愛対象ではない。あの人がもし皇太子ではなかったら私は関心も興味も持たないだろう。住んでいる世界も違いすぎる。

 だが私は不本意だったけどグレイグフ皇太子に会い、直接会話をかわし、最後にはキスまでしている。一回限りとはいえ、そんなことをしている。そして世間の皆様には超玉の輿に乗って結婚すると思われている。私はあの皇太子と結婚……私は本当に、あの皇太子と結婚することができるのだろうか、あの人と。

 やはりどう考えても現実感皆無だ。私は首をふり、袋小路先生の方に顔をあげてその桐壷の更衣がどうなったかを聞いた。

「うむ、光源氏を出産した後亡くなったよ。源氏物語はその更衣が生んだ子供が成長して源氏になったころから本編が始まる」

 思い出した、確か学校の古文の授業でもこの話を教えてもらっていた。クラスメートの誰かが言っていたことを思い出す。

 ……桐壷の更衣はいじめられて死んだ。逃げられなかったんだよね? ここまでほっといた帝がグズだよね……

 その通りだ。

 私がもしそういうメにあったら、どうしたらいいのだろう?

 メイデイドゥイフへ嫁いで結婚したとしても、あのグレイグフ皇太子には大勢の寵姫というか愛人がいっぱいいるかもしれない。私は想像する。愛人たちは一人につき一部屋もらっていて、一番隅っこの部屋には新人つまり私があてがわれる。それで毎晩私が皇太子の部屋に呼ばれて……愛人の部屋を毎晩通り過ぎる。ドアを半開きにした愛人たちが廊下の端からは端まで首だけ出して廊下を通る私を睨み付ける……時には皇太子の部屋にたどり着けないように廊下に水をまかれたり通せんぼされたり。

 その可能性はなくはないのだ。どうしたらいいのだろうか。











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