第四話、検索後編
◎ 第四話
お父さんはプリントアウトした紙をそばにあった汚れたクリアファイルにはさみ、パソコン画面の角度を動かして私にもよく見えるようにしてくれた。
「とりあえずこれから見てみよう。メイディドゥイフは、東ヨーロッパ圏にあるが、小さな国だよ。だが資源が豊富で国民の税金がない、らしい」
「それ、聞いたことがあるわ。じゃあお金持ちの国なのね?」
「金持ちだけど鎖国状態、やや特殊な国家らしいなあ、しかしそこの国の皇太子がお前をというのはやっぱり詐欺じゃないかなあ」
「そうね、一瞬ちょっとだけ夢をみたけれどやっぱり詐欺っぽいよねえ」
「ははは、まあ後でこんなこともあったなあと笑いあえたらいいけどな」
私はお父さんと一緒にパソコンの中の画面を見た。日本との交流がないので、あまり画像はなかった。大統領の画像はある。いかめしそうな顔をした老人だ。だけど皇太子は検索してもない。というより検索しても皇太子どころか王様も王妃様も出てこないのだ。本当に情報が極小な国家なのだ。だけど検索してみると大体のあらまし、はわかる。
◎ メイディドゥイフ王朝社会主義人民共和国、通称メイディドゥイフは、東ヨーロッパのバルカン半島南西部に位置する国家。首都はグフ。西はアドリア海に面し、北にはモンテネグロ、東にはマケドニア共和国とコソボ、南にはギリシャと国境を接する。
宗教はキリスト教の流れを組んではいるが建国をしたメイディドゥイフ家を神格化して独特の儀式を重んじている。
国土は最大で南北が約三百四十km、東西が百五十kmである。海岸部の平野以外は起伏があって山がちな地形が多く、国土の約7割が海抜高度三百m以上である。東側の国境地帯にはディナラ・アルプス山系の二千メートル級の山々が列を成しており、一番高い山は二千七百五十三メートルに達する。
海岸付近の低地は温暖な地中海性気候で降雪は珍しい。夏の最高気温は三十℃以上となるが、冬の最低気温は海岸部で零℃、内陸部でマイナス十℃以下となる。国土を二分するようにドンリバーが約二百八十kmにわたって国内を流れ、ドゥラ州で数本の水流に別れてアドリア海に注いでいる。国土の約四十%が森林で、ブナや松などが多い。特徴的なのが有機鉱物である。つまり石油、天然ガスを産出する。この豊富なオイルマネーにより国民は所得税がかからない。さらに、医療費、電気代、電話代が無料、大学を卒業すると一定の土地を無償で借りることができ、十年後には自分のものとなる。原油の埋蔵量は百五十億バレル、天然ガスは八百兆立方フィート。産出量は二千八年時点で原油三千二百万トン、天然ガスは世界シェアの二%を占めている。
お父さんはふっとため息をついた。
「検索してもこんな文章しか出てこないな、画像もそうだ。外務省が資料を若干置いていってくれたが、パソコンのウィキとほぼ同じ文面じゃないか。彼らもこの程度しか知らないんだ。画像も鷲が舞っている赤と青の国旗と大統領の顔しか出てこない、旅行ブログですら検索しても出てこない。石油も天然ガスもアラブに次いで豊富に産出されていて、それを我が日本も少ないながら一部輸入している。なのに国交がないって実に不思議な国だなあ」
私は苦手な世界史の授業を思い出した。
「なんとか王朝って言葉があるけれど、それって代々国王がいて、ということでしょう? なのに共和国っていうのも変な話よね?」
「うん、あちらの国の政局も何もかもわからないが、どうやら共和国というのも表向きで税金がないといのでそういう感じなのかねえ……内実は専制国家のようだがね」
「皇太子の名前ってどんなのだったっけ」
「グレイグフって言ったなあ、うーん、本当に会えるのかな? 会うにしても一番に言葉の不安があるだろう、つきあうとなったらまずあちらの国の言葉を覚えないといけないぞ」
「わあ、お父さん。私は英語ですら苦手なのに。そのメイレイって国、何語よ?」
「メイディドゥイフ語とあるね。めぐみ、お前最低限ちゃんと相手の国の名前を言えるようにしないといけないぞ。えっとウィキによると語源ががロシア語、フランス語、ドイツ語からきているのが多い……ちなみにこんにちは、は……ずどらすとヴぃっちぇんとある。いやはやこれは無理があるなあ」
「お父さん無理無理……これやっぱり無理があるよ。私はグレイグフ皇太子さんでなくとも、国際結婚は絶対無理。私の結婚相手は日本人でいいや。しゃべる言葉も一生、日本語専門でいいや。いくら皇太子でも無理なものは無理。よその国の皇太子ならもっと余計な苦労をしょいこみそうだし、無理無理無理」
「そうだなあ、金銭的な苦労はないだろうが、気苦労は確実にあるだろう。うちのめぐみにはやはり無理かもなあ」
私はお父さんの言葉にむっとする。
「私でなくとも、理玖ですら無理。というか日本人の女の子は全員無理だってば。それにネットでちらっと私を見ただけで一目ぼれってこれは絶対にウラがあるにきまってる」
お父さんは天井を向いた。
「そうだなあ、メイディドゥイフの事実上の国家継承者である皇太子が、国交もない遠い日本の国の女の子を嫁にと……のぞむ理由がないな。やっぱりこの話はどうみても無理だよ、ははは。うちの子が皇太子妃かあ、お母さんが生きていたらなんというだろうか、びっくりしたなあ。
職場で仕事していたら町長がぼくを呼んで緊急事態だそうで今すぐ家に帰りなさい。これは業務命令だとか言われたのだよ。それて急いで帰宅したら外務省の公用車がばーんと家の前で待っているんだよ、驚いたのなんのって」
「業務命令だって家に帰されたのね? じゃあ町長ってこの話を知っているのかなあ」
「知らない様子だったよ。わけがわからんが外務省から直々に電話があったとは言っていた。ああ、明日はこの話、なんて報告しよう。とりあえず仕事ほっぽりだして帰ったからなあ、今から戻った方がいいかなあ」
「今から仕事に戻るのめんどくさくない? ちょっと早いけどごはんにしようよ」
「じゃあ、どっか食べに行くかあ、駅前に新しくまわるお寿司のお店ができたから、そこへ行こうか。今の時間なら空いているぞ」
「ああ、新しいチェーン店ね、茶わん蒸しがおいしかったらいいなあ。具がたくさん入っていたらうれしいなあ」
「ははは、めぐみは茶わん蒸しが好きなんだなあ。じゃあ行こう、行こう。早く服を着替えてきなさい」
「はーい、テストも終わったしお腹いっぱい食べようっと」
こうして言葉をかわしていくうちに、とんでもない話だったなと過去形になってきた。そう、あまりにも現実にかけはなれた話は想像力をもってしても無理なのだ。