第三十四話、お妃教育の準備、後編
◎ 第三十四話
日常のこまごまとしたことは融故女将がしてくれるようだ。
「何でもおっしゃってください、すぐに用意させますので」
この人は宇留鷲旅館の女将として出過ぎず控えめに接してくれたと思う。日常生活のこまごまとしたものは下着一枚でも質の良い上品なものをすぐに用意してくれた。
メイデイドゥイフとの折衝は外務省の役目ですと言わんばかりに田中さんと鈴木さんペアがしてくれた。結婚するのは私なのに私からメイデイドゥイフのグレイグフ皇太子と連絡することは一度もなかった。
私の護衛はSPの広本さんがチームを組んで当たってくれた。だけど出国までは私は宇留鷲旅館から外出することはなかった。というのはいろいろな意味で大変だったからだ。
それとお父さんの所には次の日からあらゆるところから面会の申し出があった。お父さんに言わせたら国内外問わず貿易、商社をはじめとしてありとあらゆる会社の偉い人から会いたいと言ってきたそうだ。
お父さんに会ってどうするつもりだろ、私が不思議に思っているとお父さんは政治的な意味合いがあると説明してくれた。
「どうもメイデイドゥイフは鎖国状態だがめぐみのおかげで日本に対して鎖国を解くようだ。なのでいろいろな面で便宜をはかってもらいたいようだな。せめて経済連合の会長だけは会っておいた方がいいのかなあ、えらいことだよ。ぼくは娘の父親というだけで実際は何の力もないのだがなあ、困るなあ」
それは私の知ったことではないが、確かに結婚式をあげて私が落ち着いた頃を見て帰国してお父さんは日本に住むのだ。私も時々は帰国させてもらえるだろうし、逆にお父さんがメイデイドゥイフに遊びに来ることもあるだろう。政治的、経済的にもいろいろな便宜をはかってくれと言いだしてくるのは仕方ないようにかんじた。お父さんは本気で困っている。
「ぼくはごく普通の公務員だし、娘を利用してなんの利権もつかもうとも思わない、そういうのには興味がないよ。しかしメイデイドゥイフとこういうことになるなら、あの面会の時にもっとしっかり聞いていればよかったなあ、お母さんやお祖母さんの話などなあ、しょうがないなあ。でも行けばまあわかるだろ、それまでだな」
何がそれまでかはわからないが、一番大変になるのはこの私だ。
あてがわれた部屋にテレビやパソコンがあったが私達親子はあえてテレビもパソコンも見ないことにした。私のことで大騒ぎになっているのがわかるからだ。新聞は毎朝部屋に配達されてくるので見るが自分で自分の写真を見ることがどうにも不思議だ。世間の皆様は私のことを「過去最高の玉の輿、前代未聞の玉の輿」としている。その実態はおとぎ話でもなんでもなくて、毎日お妃教育と残りは部屋でぼーとしているだけ。婚約中の甘いエピソードなんか全くなし。
旅館の離れに閉じこもりきりなので新聞社も私の新しい写真も取れなくて困っているのか、昔のクラスメートが無断で提供したらしい私の古い写真もよく載っていた。幼稚園の友達までも出てきて新聞に「私は爆雪めぐみさんと一番親しかった。一緒にお遊戯していました。めぐみさんはとてもやさしいいいこでした」とインタヴューで言っている。この人とは確かに同じクラスだったけど意地悪されていたので親しくともなんともなかった。なのに親友面して新聞に出ているのだ。私はこれをみてとても不快だった。
新聞に自分の写真を載せられていても、うれしくとも何ともない。逆に迷惑に感じた。
渦中の少女、爆雪めぐみ、十六歳。
日本中の未婚の女性の皆さんが羨んで私になりたいと言われてもピンとこない。新聞の下に掲載されている雑誌広告欄を見ても私の記事でいっぱいだ。特に女性誌の広告がすごかった。
「爆雪めぐみさんの顔を研究しよう。今はめぐみさんのような下がり眉毛のやさしい顔がトレンド」
「超絶玉の輿に乗っためぐみさんの今後の運勢を占う」
「あのめぐみさんのようなバレエのアラベスクのポーズをとってみよう」
「雪のように白いめぐみさんの肌になれます。雪の肌の化粧水、雪肌MIZU、待望の新発売」
「めぐみさんのような白い肌を保つにはどうしたらよいか」
「今は個性よりも控えめでしとやかな性格がセレブの男性に好まれます、めぐみさんのように」
雑誌広告の中にメイデイドゥイフの内部の様子など書かれた記事があったら本屋に買いに行こうと思っていたがそういう雑誌はなかった。私の嫁ぎ先、メイデイドゥイフがどんな国か、どういう感じのところかというのはマスコミ関係者にもよくわからないようで旅行記すらない。だから余計に私の記事で埋め尽くされているような感じだった。
すべては理玖のバレコン優勝インタヴューからはじまったのだ。私はため息ばかりついていた。
お妃教育が早速次の日から開始されたが、一日目の午後から私はもうイヤになった。一科目につき九十分の授業が用意されたが、私の好みよりも外務省の偉い人の好みが最優先、つまり私に外国が望む大和撫子になってほしいという無言の願いまみれだったのだ。
要は私がメイデイドゥイフへ無事嫁いで返品されないようにという親心? なのだろう。それはわかる。だって私は成績は下から数えた方が早いぐらい悪かったから。だからといって一部の先生たちが厳しく接してくるとは思わなかったのだ。




