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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第二十八話、大盛女学園から脱出する

◎ 第二十八話


 獅子町役場から父がこの大盛女学園まで迎えにくる時間を二十分と予測して私は校長先生の部屋を出た。出ると同時に三時間目開始のチャイムが鳴った。がチャイムの音は私の登場を見つけたクラスメートたちの拍手でかき消された。

「めぐみが出てきたわ、おめでとめぐみ」

「授業中だったけど吉田さんがスマホを見ててみんなにまわしたのでわかったのよ」

「めぐみ、おめでとう。婚約だってすごい」

「最初から私達とやはりどこか違うと思ったわ」

「おめでとおめでとおめでと」

「結婚式呼んでね、それと外国のセレブを紹介してね」

「ダイヤを一個小さいのでいいので記念に譲ってね」

「私と一緒に記念写真を撮らない?」

「メイデイドゥイフへタダで旅行できるようにしてね」

「私と家族をメイデイドゥイフの貴族にしてね」

 みんな欲にかられて好きなことをいっている。とりあえず私は窓越しに理玖がいないかと聞いた。理玖は遠慮がちに隅の方にいた。

「理玖」

 私が呼びかけると理玖はちょっと恥ずかしそうに「うん」と近寄ってきた。それから口をとがらせて私に文句を言った。

「……めぐみ、みずくさいじゃないの。婚約していたって私にもナイショで……」

「あれは、違うのよとにかくこっちへ来て」

 私は校長室に理玖を引き入れた。

「あらやだ部屋に入れるのは友永さんだけ? いいなー」

「でもまあきっかけは友永さんがバレコンに優勝したせいだもんね、仕方ないよね」

「私もあなたとお話したいな、ちょっと一緒に入ってもいいかしら」

 クラスメートまでそんなことを言いだすなんて。それにこの理玖の恥ずかしそうな態度だって今までの私に対しては全く見られなかったことだ。そんなにいいものか、皇太子との婚約は?

 私は理玖の手をとって校長室に案内した。授業から戻ってきた先生方も私には立ち止まって目礼をしてくる。こんなことも生まれて初めてだった。とにかく理玖を校長室に連れてこれた。大盛校長という部外者はいるものの理玖とまた二人きりになれた。

 理玖は部屋に入るなり「めぐみ、おめでとう」 と言ってくる。理玖まで誤解している。この誤解をどこから解くべきかと考えていたら理玖が泣き出した。

「今朝はいじめてごめんなさい、ムシがいいかもしれないけどどうかこれからも仲良くしてください」

 私は理玖の肩をつかんだ。

「理玖、私の話をちゃんと聞いて。婚約決定のニュースは誰かが勝手に流しているけど、私は断っているの。そんな状態だけど理玖、今朝代わってほしいくらい羨ましいと言ったわね? じゃ代わってくれる?」

 理玖の目がまたまん丸くなった。

「ちょっとじゃあのニュースは誰かが勝手にって、デマなの? 嘘なの?」

「うん、あれ嘘よ。だって断ったもん。外務省で大山次官というひとが記者会見したでしょ? あれから随分時間がたったように思えるけどあのままよ。断っているのよ。皇太子にも本人と使節のレイレイにもはっきり言っている。だから嘘よ」

「じゃあマスコミや大勢の人は?」

「ニュースを信じているのよ、私はその嘘を流した人が誰か確かめないといけない」

「めぐみ、本当なの、皇太子と婚約しないの」

「しないわ。だから代わってくれるなら代わってと頼んでいるのよ」

 理玖がふと黙り込んだ。でも私が本気かどうかをのぞきこんでいる。もう一人の私が理玖の瞳の中にいる。

 やがて理玖は大きく息をすって大きく息を吐いた。それから私の肩を抱いてゆっくりと言った。

「……めぐみ……あちらが本気ならば、そして私でいいといったなら。……私は皇太子妃になるわ」

 言うなり理玖は私の背中に手をまわしてぎゅーと私を抱いた。

 そんなにいいか、皇太子妃?

 やにわに大盛校長が静かに言った。

「二人ともおやめなさい。メイデイドゥイフは最初から爆雪さんを指名していたのでしょ、そんなことが通るはずがないでしょうに」

 理玖の肩がぴくっと震えるとそれきり動かなくなった。大盛校長の頭も少しは冷えたらしく真剣な顔をしている。そして口を開いた。

「爆雪さん、今の話は本当なの?」

 私は動かなくなった理玖の肩越しに校長に応える。

「本当です。断りました。私さっきから何度もそれを言ってます。だからあれは嘘の臨時ニュースです」

 大盛校長の眉がひそめられた。

「ニュース番組が乗っ取られたとかそういうのかしら、じゃあこちらもあまり派手に騒がない方がいいわね?」

「そうですよ。でももしメイデイドゥイフ側が流したとしたら私は断ってるし理玖に代わってもらうからいいです。マスコミが来たらそう言います」

 理玖が顔をおこした。真っ青になっている。

「めぐみ……私達もしかしたらとんでもない陰謀に巻き込まれているかも?」

「理玖、わからないけど……もし何かわかったらメールする」

 正門の方が何やら騒がしくなった。人垣の合間に父親の車が見えた。

 しまった。世間の皆さんからはお父さんの顔も知られていたっけ。マスクをしてはいても車のナンバーがすでに晒されていたならもう皆に知られてしまっているだろう。ガードマンさんたちが門を開けてお父さんの車だけを通そうとしているが、できなくて苦労している。私が直に父の車まで行った方が多分早い。とっさにそう判断して私は校長室の窓から直接出ることにした。

 あとから考えてちゃんと校長室のドアから出てもよかったと気づいたがクラスメートに会うのもイヤになったのだ。あんなに祝福されてどんな顔をしていったらよいのかわからない。

 よしっ、じゃあ窓から出よう。出ちゃえ。

 私は窓に足をかけて出ようとした。一応バレエを習っているので足を高い窓枠にかけるのは平気だ。それから手をかけて上半身を浮かして窓枠をまたぐ。理玖があわてて私を止めようとした。けど私は理玖を振り返ってそれから小さく首を振った。止めないでということだ。理玖は叫んだ。校長も。でも私は飛んだ。

「めぐみっ」

「爆雪さんちょっと待ちなさい、窓から出るなんてはしたない」

 確かに窓から出ると私は上履きのままだった。学生かばんは保健室に置いたまま、今日は結局授業は受けなかったな。それに窓から地面に飛び降りると結構地面が思ってたより下にあって私は無様にしりもちをついてしまった。かっこよくない私、それが爆雪めぐみのクオリティなのさ。

 私は父の車めがけて走って行った。正門前の野次馬から「おおっ、皇太子妃候補がこっちへ走ってくるぞ」と拍手が沸き上がった。マラソンのゴール間近の選手ですか私は。

 お父さんが車の運転席から身を乗り出して私を認めた。ガードマンさんが私の出る分だけ門を開けて待ってくれていた。同時に私に笑顔で叫んでくれた。

「爆雪さんおめでとうございます」

 私も叫び返す。

「違うんです、でも門を開けてくださってありがとう」

 それからどうやってお父さんの車の助手席に乗れたか覚えてない。知らない人の顔の重なりとカメラのフラッシュ、それと怒号が響いているがとりあえず家には帰れた。家にも報道陣がいた。

 お父さんの表情は硬かった。家に帰るまで無言だった。家に帰ったら先に外務省に事の経緯を聞く、それだけだろう。話はそこからまた始まるのだ。

 私は皇太子に面会して断ったが外務省側が引き受けたらいいのに、という意味のことを言われたと思い返した。まさかとは思うが私たちの意志を無視してこの縁談を受けたことにされてはたまったものではない。でもまさかと思っている。









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