第二十七話、大盛校長からの知らせ・後編
◎ 第二十七話
私は呆然とした。私が過呼吸を起こして保健室で寝ている間、そして理玖と仲直りをしている間に何かが起きている。
もしかして昨日帝国ホテルで皇太子と会ったことをすっぱ抜かれたのだろか。わざわざ前の日から宿泊してホテルから一歩もでてないのに、極秘来日のはずなのに。もう皇太子の一行は帰国しているのにちがいないのに。
そして話が全くかみ合っていない。間違った情報を信じている。私は急いで校長に言った。
「校長先生……実は私はメイデイドゥイフの皇太子本人に会ったのです。だけど断りましたけど」
怪訝な顔をしていた大盛校長の顔が貪欲に輝く。
「あらまあ……あなたたち、やはり私達国民とは内緒でお会いしていたのね? ぜひいろいろとそのお話を伺いたいわ」
「いやその、先生。断ったのです。とにかくそのニュース速報は……」
「じゃ今から私の部屋にいらっしゃい。一緒にニュース速報を聞いてみましょ。それではこの歴史的な報道を一緒に聞きましょうね、二人だけで、おほほ」
大盛校長は私の話を全然聞いてくれない。とにかく保健室にこのままいても仕方がないので私は校長先生の部屋に行くことにした。大盛校長は私をまるでどこかの来賓のように先にドアを出るように言うので閉口した。絶対に何かの間違いだ、これは。
大盛校長の部屋は理事長も兼任しているので豪華だった。学校の出入り口に近いところに職員室があるがその奥にある。職員室のドアは開いていてどこからひっきりなしに電話の呼び出し音が鳴っている。授業中なので先生方は出払っているが、残っている校務の事務員たちが電話にかじりついている。全員が電話をしながら私たちをみるなり立ち上がってお辞儀をした。大盛校長は軽くうなづきながら鷹揚に言った。
「ちょっと二人で部屋にいますからね、電話などは取り次がなくていいですから」
電話の受話器をおさえて一人の事務員が返事をする。
「でも校長先生。さきほどからひっきりなしで電話が全国から問い合わせがきて……あの、そちらの爆雪さんのことで……」
「まあ取材要請ね、うちもこれで歴史に残る有名校になれたわね。学習院や田園雙葉には負けなくてよ、おほほ。いや本当によかったこと。いいですか、あなたたち。電話をくださった人にはくれぐれも丁寧に接するのですよ、うちは外国の皇太子妃を出す栄えあるお嬢さん学校ですから。わかりましたね」
「はい、大盛校長先生」
私は校長の手をひっつかんで「早く部屋に行きましょう」とお願いした。
「あらあら、爆雪さんたら、おほほ」
ご機嫌な校長をせかしてようやく部屋に入ってもらい、テレビをつけた。大きな見出しで「緊急ニュース速報」とあり、私の顔のドアップが出されてのけぞった。
「ぎぇこれ前の大豆バレエの痴漢の写真だっ、まだテレビに出てるっ」
「あら爆雪さん何を怒ってらっしゃるの、とてもかわいいじゃないの。あの時は無料の号外新聞も出たらしいのよ、私は入手しそこねてヤフオクで出品されないかマークしているのよ。でもこれでもっと値上がりするわね、困るわね。爆雪さんあなた持ってないかしら。あらやだ。本人が私の生徒なのだから私が写真を撮ればいいのよね、オリジナルナンバーワンなんちゃって、おほほ」
だめだこの校長。私は大盛校長をまるきり無視してテレビに注目した。私の顔が大きく引き伸ばされたテレビの画像の隅っこで、目と口がやたらと大きな女性アナウンサーが小さく映っている。しかし彼女は大きな声で私のニュースをがなりたてていた。
「はあい、視聴者の皆さん先週テレビのトップニュースをさらったこの女子高校生を覚えてらっしゃいますね~。さきほどもニュース速報を流しましたがこの爆雪めぐみさん、やはりメイデイドゥイフ国の皇太子に嫁がれることが正式に決まったそうです。本当におめでとうございます~」
うそっ……
「今各社の記者たちが爆雪めぐみさんの生家、学校、趣味のクラシックバレエの教室を取材すべく移動中です。取材でき次第相次いで皆様に詳細をお知らせしますのでもしばらくお待ちくだ」ぶつっ
やめてよ……。
私はテレビを消して今度はラジオにした。違う声が私のことを言っている。
「ほんと、ごくふつーの高校生みたいなのに、どうしてこの人が皇太子妃なのでしょうかね? あたしのほうがきれーいなのに、きゃはっ」
もうやめて、いい加減してよ。私はラジオの周波数を変える。
「ちゃららら~日本中の皆さん、日本の女子高校生爆雪めぐみさんがなんと外国のお妃にちゃららら~」
「この喜びのニュースに全国各地でおめでとうの声が沸き上がっています」
ブツ。
私は乱暴にラジオを切った。
向うの部屋では電話が鳴り響いている。落ち着いて、落ち着いてめぐみ。落ち着くのよ。よく考えて行動しよう。でないと記者さんやこの大盛校長の好奇心に負けてしまうぞ。またさっきのように過呼吸起こして倒れてしまうぞ、落ち着けめぐみ。
私は自分にカツを入れつつ大盛校長に話しかける。校長は私に向かってデジカメで至近距離で私を撮っている。校長がこんなにミーハーな人だとは思わなかった。これでお嬢さん学校を気取る経営者だったのだ。人間肩書じゃないな、とがっかりしつつ「先生、電話を貸してください」と頼んだ。
「あら爆雪さん、どうして」
「お父さんと連絡を取るんです。電話がこっちまでまわってこないから使ってもいいでしょ? 今貸してください」
「ニュース速報ですっぱ抜かれたのが気に入らないのね、でもこういう幸せなニュースは隠しておくものではありませんことよ、おほほ」
「いいから貸してください」
先生が大きなデスクの電話に目線をよこしたので返事を聞かないうちに電話の受話器を取り上げた。もちろん相手はお父さんだ。
お父さんの携帯に電話をしても出ない。お父さんは見知らぬ着信履歴には出ないといってたっけ。でもこれは大盛女学園の電話番号だ。お父さんの携帯のデータに入れてくれていたらいいけど、出てくれない。がっくりしながら切ろうとしたら留守電に切り替わった。私は叫ぶ。
「お父さんっ、私よ、お願いだから電話にでてよっ。私は今大盛校長先生の部屋にいてそれで……」
電話が切り替わってお父さんの声が聞こえた。
「めぐみだな、大変なことになった。こっちも今獅子町の町長の部屋だよ。ニュース速報が職場の窓口で流れてその場にいた全員がぼくのまわりに集まっておめでとうって……」
「誰がそんなニュースを流したの? 誰? 外務省なの?」
「いや、それが名刺にあった電話をかけても誰にもつながらないんだ、これはおかしいよ」
「坂手大臣に直接聞いてよ。一体私、どうなるの?」
「とにかく一旦家に帰ろう、めぐみは校長先生にお願いしてタクシーを手配してもらって」
私は大盛校長が何をしているか振り返った。校長は自前の携帯電話で私を撮っている。私は校長にくるりと背を向ける。
「校長先生にお願い? それはだめ。お父さんがこっちまで迎えにきてよ」
この時授業中にこっそりとスマホの臨時ニュースを見て知った人がいたのだろう。次の授業終了のチャイムがなったとたん、保健室の方へ大勢の足音が聞こえた。クラスメートたちは私が靴箱の前で理玖と言い争って倒れ、保健室に運ばれたことを知っているのだ。複数の足音は私が校長室にいるのがわかったのかすぐにこの職員室に向かってきた。職員室の奥が今私がいる大盛校長の部屋だ。
校長室の窓からは正門が見える。門の前に人だかりがしていた。一応一般人は許可がないと入れないようにしているので、ガードマンさんが忙しそうに門を閉めようとしているところだった。もう一人は門を開けろ開けないで揉めているところだろうか、外部の人と一生懸命話をしているようにみえる。
ここまで事態が読めてくると私はかえって落ち着いてきた。本当ならパニックになるが、昨日の面会の時と同じ状態になった。どうも私は話が大きすぎるとかえって冷静な行動がとれるようだ。私はゆっくりと受話器を下ろして大盛校長に聞いた。
「先生、今からガードマンさんに電話して父が迎えにくるので父の車は通すように行ってください。車はマツダのファミリアです。色は白です。それは通してください。父が迎えにきたら帰宅します。それまでここで待たせてください。それともう写真を撮るのはやめてください」
大盛校長は素直に私のいうことを聞いてくれた。こういうキャラだったなんてわからなかったけど、今校長を敵にしたらまずいことぐらいは私の頭でも理解できる。校長は鷹揚に笑った。
「あら、でもこんな騒ぎになっては仕方ないわね、わかったわ。私からガードマンに電話してあげる。お父様が迎えに来られるまで私の部屋にいるといいわ」
今となってはその方がよかったのだろう。だけど学校へ来れたことは後悔しない。理玖に意地悪されたけどすぐ仲直りできたからだ。理玖は私と代わってほしいと言った。だから理玖がいいなら代わってあげるつもりだ。身代り結婚について、肝心の皇太子はどういうかはわからないけど。
私はここまで考えてはっとした。なあんだ。最初からそうすればよかった。
理玖が私になりたい、断るなんてもったいないと思うなら、理玖に代わってもらうわ。
私、喜んでそうするわ。




