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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第二十六話、大盛校長からの知らせ、前編

◎ 第二十六話



 大盛校長はベッドわきの小さな椅子に腰かけて私に話しかけた。さっきも書いたがこの先生とはこうやって話をしたことは一度もない。始業式や終業式などの節目の時に講堂で全生徒たちに訓示を言う人としか思っていなかった。校長先生と向かい合うのは初めてだった。近くで見ると小柄で年をとっていた。長すぎる真珠のネックレス、座ると膝小僧の上まで垂れ下がっている。威厳はあるが、ネックレスをもうひと巻き、ぐるーと手をまわして短くしてあげたいぐらい似合ってない。校長先生はこんなおばあちゃんだったのだと思った。この校長が目立たない私に直接話しかけるなんて……これも私がメイデイドゥイフの皇太子妃候補になったから……ということになるのだろうか。

 大盛校長はまだベッドの上にいる私にやさしく話しかけた。

「先日私は友永理玖さんのご両親ともども呼び出して話を聞きました。バレエコンクールで賞をとったのはいいですが、それを不特定多数の方々に閲覧できる形でアップした結果、爆雪さんが注目されてあれだけの騒ぎになったのですからね、最初からの事情を聞くのは校長として当然のことです。友永さんが例の動画はインタヴュー翌日の獅子町テレビが放映したものを、そのまま爆雪さんにも無断で勝手にアップしたことを告白しましたがそれもご存じですね」

「はい……」

「それがきっかけで友永さんではなくおまけで映ったあなたが日本中で注目されてしまい、この騒ぎになりました。爆雪さんの方は普段から目立たないから余計にね、女の友情はいろいろと面倒なものなのよ。注目、新聞記事、取材、記者会見。友永さんは気が強いのでこれが自分だったらどんなにかよかったかと思ったみたいねだけどこの件はもう終わったことにして許してあげてください。これは後日あなたの保護者つまりお父さんとのお話します。さあ、ここだけの話にしましょうね」

「許すも許さないも私たちは親友です」

 校長はおおげさな笑顔で同意した。そして私の肩に手を置いてやさしくなでさする。これも芝居がかってとても大げさだと感じた。校長は言葉を続ける。

「親友、よい言葉ですね。そして友永さんはプロのバレリーナを目指しています。だからコンクールで優勝したのは立派でした。私も誇らしく思います。そうそうバレエコンクールの最高峰といえばローザンヌですね、友永さんはあれを目指すといいでしょう。そしてあなたは……」

「はあ」

 大盛校長の訓辞はいつも長ったらしいのだ。しかもまわりくどい。

 まだ終わらないかな、教室に戻りたいなと思ったがそれにしては大盛校長の態度がヘンだった。自分の話す言葉に酔っているようなそんなしゃべり方……それが延々と続くのだ。校長、今日は終業式でもないのですがその話、一体いつ終わるの? と言いたいぐらい。

「……そしてあなたは……今や日本中の女性から嫉妬と羨望を受けているのです。友永さんと仲直りはしたようですがまた疎遠になるかもしれません。これは爆雪さんの意志一つで決まるのです、あなたの意志だけで」

「そんな、もう断った話ですし。もう全部終わったから元通りに理玖と仲良くなりたいです」

「今やあなたはそんな段階ではないでしょうに……今までの人間関係よりもこれからを考えねば」

 なぜせっかく仲直りした理玖との友情を疑うようなことをいうのだろうか、大盛校長は私たちの仲が悪くなるだろうとまで言うのだ。

「でも私たちはケンカなどしませんよ、親友ですし」

「友永さんには本当にレディになりたかったら、皆に見える形で嫉妬を現さずもっと賢いやり方がるでしょうに、と叱っておきましょう、そして今後はあなたに失礼をしないように言っておきましょう」

「えっ? 叱る、やめてください大盛校長」

 どうも話がかみあわない。私は校長の手を振り払い、ベッドから起き上がった。大盛校長は座ったまま私を愛しそうに見上げる。うっとりするような酔っているような。私はこの校長とこうしてお話するのも初めてなら、そんな目でみつめられるのも初めてだ。私は教室ではいつも隅っこにいたし、目立たない生徒のはずなのに、先週の騒ぎで私は日本中の人々に私を知られてしまった。それでなのだろうか。慈愛あふれるその眼差しは一体なんだろう?

「校長先生、私は……」

「爆雪さん、いつご成婚になるかわかりませんけど、うちとしてはちゃんと卒業証書を差し上げますのでご学業の方はどうかご心配なさらずに」

「えっうそ。ご成婚って一体何のことをおっしゃっているんですか」

 大盛校長は多分それが彼女にとって最上級の天使の微笑みなのだろう。その微笑みに涙がにじんでいるのにぎょっとした。

「あのう……先生、何をおっしゃって」

 校長の笑みが最大限になった。勝ち誇ったような、そして恭しさとみせかけの優しさをこめて彼女は囁いた。

「あら爆雪さん、メイデイドゥイフの皇太子さまとのプロポーズをお受けしたのでしょう? 今ラジオのニュース速報で言ってましたわよ? この大盛女学園始まって以来の快挙ですわ、本当に我が大盛女学園にご通学ありがとうございます。うちの女生徒から外国の皇太子妃が出るなんて……とても光栄で名誉に思います」

「うそっ!」

「うそではございません、さきほど私が第一報をラジオで聞いたのです。校長室でね。となりの職員室は皆さん授業で出払っていたので知っているのは事務員数名と私だけのはず。生徒たちは皆まだ授業中なのでこのニュースは知りません。あなたを祝福してから全校放送で知らせます。校長室でわたくし、万歳三唱をいたしましたのよ……このたびはまことにおめでとうございます」

「それはうそです。うそです。やめてください」

「だってラジオが言っていたのよ。テレビも」

「校長先生、本人よりラジオやテレビを信用するんですか、本当にやめてください」












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