第十五話、外務省 VS お父さん
◎ 第十五話
「まずこれから話すことはマスコミには公表していません。今朝公表したのは日本人の未成年女性に対してメイデイドゥイフの皇太子から実在しているかの問い合わせがあってそこの使節が某所に在籍確認をしたが、当該未成年女性の保護者が断ったということだけです。それはおわかりですね? マスコミには記者会見前に爆雪さんの住所や名前が報道されてしまいましたが、それに関しては外務省の責任というかどこから漏れたのか不明なので全責任を負うことはありません」
するとお父さんが抗議した。
「外務省が全責任を負うことがないってそんなあいまいな言い方は困ります、うちの娘の心情を考えてやらないと」
大山さんはまあまあという感じでお父さんを制した。
「今後のことを話すために時系列を追いましょう。記者会見の直後にあちらの国からこちらの外務大臣あてに直接連絡があって実際に会いたいといってきました。外交ルートがない国の高貴な方と我が国の未成年女性との会見は前代未聞のことです。これもおわかりですね? 今外務省と防衛庁と首相官邸がこれについて鋭意検討中です。私事外務省事務次官の大山はこのことを報告するためにこちらに来たのです」
お父さんが重ねて言った。お父さんはこの際はっきり聞くべきことは聞かねばならない、そういう強い顔をしていた。
「あちらとうちのめぐみを会わせるつもりで、この帝国ホテルをおさえたのですね?」
大山さんは肩をすくめて答えない。お父さんは重ねて聞いた。
「大山さん、しっかりしてください、今やこの話は私たち家族の話から大きくはずれています。外務省と防衛庁と首相官邸が出てくるなんてまるっきり外交問題になっているじゃないですか。この問題のキーマンは誰かわかりませんが、今の時点では私どもはあなたのおっしゃることが頼りになるのです。それに問題が一つあります。あの場にいあわせた我々にしかわからない問題です。あのレイレイという使節が用はないとばかり帰国しようとしたら外務省のあなたたちが止めた。すると使節が我々に銃を向けたことですよ。これは我々が無理に帰国を阻止しようとしたら発砲してでも、つまり我々から死人を出してもよかったということなのですよ。皇太子の使節がそんなことをしたのですよ。国としてはとても非常識なことをされているということなのですよ。それを会う段取りをつけてこんな高給なホテルのスイートルームを抑えて……そんなんだから我が国はよその国に甘くみられるのではないですかね?」
お父さんは言いたいことを一気にしゃべった。大山さんはたじたじとしていた。それから咳払いをした。
「……えー、今度の展開がどうなるか私にもわからぬのです。おっしゃる通り、あちらに振り回されるのも困りますし、かといって嬉々として我が国の女性を差し出す形になるのも困るでしょう?」
お父さんは大山さんに詰め寄った。大声で言った。
「ではお伺いしましょうか。一体、今回の諸悪の、根源、である、メイデイドウイフの皇太子、ってどんな、ヤツ、ですか?」
大山さんは厳しい顔をしている。鈴木さんと田中さんははらはらしながらお父さんを見守っている。大山さんはどもりながら答えた。
「……外務省でも把握はしていないのです。爆雪さん、第一あなたはあのレイレイと名乗る使節から皇太子の写真を突っ返してしまったでしょうが。皇太子の容姿も我が国は把握してないのですよ。この私だって写真を見たのは初めてです。せめて写真を素直に受け取っていたらよかったのに、何もわからぬのですよ」
大山さんの言い方にお父さんを責める言葉があってお父さんはすごく怒った。
「うちは、はっきりと断った、交際を申し込まれて名誉とは思わない、かえって迷惑だ。あんなふうに興味本位の報道をされて名前も顔も晒されて、かわいそうに。うちの子がまたいじめられて学校に通えなくなったらどうしてくれるのですかっ」
大山さんはお父さんに怒鳴られてなんと怒鳴り返してきた。
「小さな町の公務員風情が迷惑とか私に向かって言えるセリフではないだろう。黙って聞いてればキミ、言葉を慎んだらどうかね?」
「なんだと、話をそらすな、外務省だからといって上からモノを言われる筋合いはうちにはないぞっ」
鈴木さんと田中さんが割って入り、二人を離した。今や大山さんとお父さんのケンカになってしまった。どうしてそうなっちゃうのだろう。話がよけいにややこしくなってしまうではないか。鈴木さんが情けなさそうな顔をしてお父さんをなだめる。
「……爆雪さん落ち着いて。とにかく外務大臣からの連絡を待ちましょう」
私は話がこんなに大きくなってしまって呆然としているしかない。大山さんの席に鈴木さんがアイステイーを運んだ。大山さんがネクタイをゆるめてお茶をのんだ。のどが渇いているようで一気飲みだった。グラスに大きな氷が三つたてに並んで残った。グラスの表面に水滴がついてそれがすーと下に下りていくのを私はじっと眺めた。
鈴木さんが大山さんにお代わりを運んだ。大山さんの前にグラスが二つ並んでいる。ティーが入っているグラスと飲み干されて氷しか残ってないグラスと。
大山さんが二杯目に手を伸ばすと大山さんのポケットから音楽が聞こえた。携帯電話が鳴ったのだ。大山さんが「来た」と小さくうめくと携帯電話を取り出した。そっぽを向いていたお父さんが大山さんを見つめた。同時に田中さん、鈴木さんが身を乗り出した。
「はい、はい……ではやはり面談、会うのは本人えっ皇太子本人が来日。本気ですか。入国許可を極秘で……はい、はい」
私とお父さんが顔を見合わせる。
メイデイドゥイフの皇太子は私に会うために極秘で来日するのだ。私は写真をちらっとしか見てないメイデイドゥイフの皇太子と面会して話さないといけないのだ!
大山さんにかかってきた電話は外務大臣からで面談の段取りが決まったというものだった。メイデイドゥイフの皇太子と昨日会ったレイレイという使節はすでに専用機でこちらに向かっているそうだ。どういう飛行機でどういうルートで飛んでくるかまでは日本の空域に入るまでは大山さんには不明ながら、入国してからこちらまでの案内は日本の外務省が引き受ける。マスコミにはもちろん極秘、関係者には厳重な緘口令をしく。ボディガードは防衛庁や首相官邸SPが専任でつく。早ければ今晩遅くつき、ホテルで休んでもらって明日の朝に皇太子と本人に引き合わせると段取りになったという連絡だった。
部屋にいたのは、私とお父さん、外務省の大山さんに田中さんと鈴木さん。この五人だった。
普通なら帝国ホテルのスイートルームにいるというだけでうれしいことだ。だが私はのど元に何か重いものがはさまった感じがしてジュースすら飲みたいと思わない。そういえば私は朝ごはんも食べてない。パイ饅頭一個とチーズクッキーを二枚しか食べてない。でもお腹はすかない。
みな無言だったがややあって、大山さんが言った。
「あのレイレイって使節はとんぼ返りで帰国したと思ったら、またとんぼ返りでこっちに来るんだ。今度は皇太子のお供でね。大変だと思うよ。皇太子って性格は不明だがかの国では首相と連動して専制政治をしているらしいし……あの使節の強引な帰国のやり方といい、話が果たして通じる相手ですかね」
お父さんが嫌味を言った。
「外務省の人って外国がらみの仕事をするのでしょうが。しっかりしてくれないと困ります」
大山さんはむっとして黙った。私は頼むからケンカをやめてほしいと思った。皇太子が会いたいといっているのはお父さんでもなく大山さんでもない。この私なのだ。
テレビではおめでとうとか言ってたけど私は迷惑にしか感じなかった。私は普通が一番いい。セレブとかには興味はない。目立ちたくない。普通に学校へ行って普通に卒業して洋裁学校に行って毎日楽しくバレエのお衣裳を作って暮らす。そして誠実でやさしい彼と恋愛して結婚して赤ちゃんを産む。お父さんはおじいちゃんになり、家族みんなで楽しく暮らす。そんなのでいいのに。なのにどうしてこんなことになっちゃったのだろうか。皇太子と恋愛とかそういうのって理玖が望んでいる生活じゃないか。なぜ理玖じゃなく私が気に入ったのだろうか!




