第十三話、帝国ホテルに移動する、前編
◎ 第十三話
田中さんがお茶を入れてくれた。どこから持ってきたのかパイまんじゅうとチーズクッキーが用意してあった。今日も朝ごはんがまだだ。なので私たちはそれをおいしくいただいた。こういうお菓子はホットミルクティーを用意してほしいがそれをいうのはぜいたくだろう。田中さんや鈴木さんも食べた。時計を見るとまだ朝の九時だ。
やがて頃合いを見てお父さんが家に帰ろうとしたら鈴木さんがもうちょっとここにいてくださいという。お父さんはあきれていた。
「いや、外務省の皆様にはよくしていただきました。情報がもれてしまったのは残念なことです。私達親子はしばらく騒がれるでしょうが、責めても仕方がないことです。いずれまた関心が薄れます。だからもういいですよ」
すると鈴木さんと田中さんが二人でお父さんを説得した。
「さきほど事務次官の大山から連絡がありまして、外務省が用意するホテルに移りしばらく滞在してほしいと」
「えっ」
「帝国ホテルのスイートルームを用意しておくとの伝言です」
お父さんが言った。
「どういうことですか、記者会見は終わったでしょうが」
「とにかくホテルにうつってください。もしかしたら宿泊するかもしれませんが、必要なものはこちらで新品を全部用意いたしますからぜひ」
二人とも必死な顔だった。そういえばこの二人はお菓子を食べている間、話を引き延ばそうとしていたふしもあった。私は帝国ホテルなら一泊ぐらい泊まってもいいなあって思ったがお父さんはきっぱりと言った。
「いえ、結構です。帰りもタクシーをひろって自力で帰りますよ……そこらにあるコンビニで大きなマスクを二枚買ってからね」
お父さんと田中さん鈴木さんと押し問答していたら鈴木さんの携帯電話がかかってきた。鈴木さんははっとした顔で電話を取った。
「うちの大山からです、爆雪さんにぜひ直接話したいことがあると」
お父さんは難しい顔で電話をとった。
「……」
お父さんの黙っている時間がすごく長かった。お父さんを囲んで田中さん鈴木さんが心配そうな顔をしている。三人ともこうして並んでいるとお父さんのカッパハゲがすごく目立つ。だが肥っているせいもあってお父さんが一番の大将にも見えた。やがてお父さんはため息をついて私を見た。それから返事をした。
「……わかりました。仕方がありません、伺いましょう」
お父さんが私を見つめたまま返事をして電話を切った。同時に田中さん鈴木さんも私の顔を見た。
「……お父さん、大山さんが何を言ってきたの? 記者会見でちゃんと公表しろとか言われて怒られていたけれど……やっぱり私に出ろとか言ってきたの?」
お父さんが私の前に進み出た。
「違うよ、めぐみ……」
私はお父さんの顔を見た。お父さんは私の顔をしみじみと見ている。お父さんがなぜこんな顔をして私を見つめるのだろうか。私はいすから立ち上がった。お父さんは私の肩に手を置いて言った。
「……よく聞きなさい。メイデイドゥイフの皇太子から再度メールで連絡があったそうだ。その三十分後に今度は外務省に直接電話があった……明日来日して直接めぐみに会いたいと……そう言ってきたらしい」
「えっうそ?」
「……めぐみ、どうやらドッキリカメラじゃなさそうだな……帝国ホテルに行こうか」
「う、うそ。うそ、うそうそうそおっ」
田中さん鈴木さんは固まっていた。お父さんはとまどいを隠さない。
「まあ本人が会うといっているから、本人に直接断ればいいんだから」
「でっでも……一体何語をしゃべれば。というかどうやって断るの、お父さん断って。私は別の部屋で待っているから……お父さんが断って」
田中さんが進み出た。
「お嬢さん……相手は本気ですよ。断るのはもったいなくないですか? もしつきあってと言われたら相手が相手ですがこの上ない幸せが待ってますよ」
鈴木さんも言った。
「うちの娘はまだたったの五歳ですがこういう話が来たら断りませんよ、日本中の未婚の女性がお嬢さんを羨みますよ、いいお話ではないですか」
お父さんが一番冷静だった。
「直接会って本物のめぐみを見たらがっかりする可能性もあるよ、日本人の女子高校生に例の皇太子が一体どういう幻想を抱いているのかは知らんが普通そうだろうが……行こうかめぐみ。帝国ホテルのご飯がおいしいといいなあ……ったく庶民にゃ上等すぎますよ、ホテルもこの縁談もマスコミも外務省も何もかも。費用はあちらか外務省が払ってくれるのでしょうな、うちではスイートルームなんか一泊しても私の月給が吹き飛びますよ、言っときますけど、うちは払えませんからね、念を押しておきますよ」
田中さん鈴木さんが同時に返事した。
「わかってますよ、爆雪さん。お金の話は安心してください。とりあえずうちの大山がホテルで待っているからって言ってますから行きましょう」
「マスコミ対策もきっちりしてくださいよ、つい一時間前の生放送の記者会見でもう終わった話でうちのことも非公表といたしますと言ったのですからね、本当に頼みますよ」
「この話が出たのは記者会見の後です。ついさっきの話ですよ。だからわかってます、爆雪さん、わかってますからどうか安心してください」
お父さんは肩をすくめた。
というわけで私たちは帝国ホテルに行くことになってしまった。




