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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第十二話、外務省の記者会見、於資料館会議室

◎ 第十二話


 鈴木さんの車はすいすいと進んでいく。公用車とは全然違う普通のバンだ。もしかして鈴木さん個人の車なのかもしれない。座席の横にあるポケットに地図帳と英語で書かれた薄い雑誌が入っていた。日曜日の朝なので渋滞はしていない。お父さんが言った。

「鈴木さん、行先は外務省ですか? この道は霞が関ではないでしょう、どこに連れていくつもりですか」

 私はちょっと恐くなってお父さんにそっと寄り添った。鈴木さんが言った。

「外務省の正面玄関に横付けするわけにはいかないのです。行先を変更しました。行くのは外務省の別館です。別館ならマスコミはいません」

「外務省に別館なんかあるのですか」

「数か所ありますよ、麻布台に資料館というか小さいところがあるのです。そちらにしばらくうつっていただきます。爆雪さんどうか心配しないでください。この件がマスコミに漏れたのはどこからにしても外務省の責任です。お嬢さんの身に危険が及ぼさないようちゃんと警護しますのでどうかご安心ください」

「記者会見はどうします」

 鈴木さんは即答した。

「もう終わった話ですし、出なくてよいだろうとなってます。ですがお嬢さんの顔写真と画像が流れてしまったので、今後の状況次第ではどうなるかわかりませんが今の時点ではへたに本人が出て記者会見すると変な話になってきます。ちなみにお嬢さんは芸能界とかそういうのには興味はありませんね?」

 私は鈴木さんがそんなことを言いだすのでびっくりした。

「私は芸能界なんか……理玖ならともかく私は目立つのは嫌いです」

鈴木さんは前を見て運転しながら私に聞いた。

「理玖というのは、YOU TUBE に出ていた友永理玖さんのことですね。そもそも彼女がバレエコンクールで優勝してどこかでインタヴューを受けたことが発端でしたな。あの動画をアップしたのは誰かわかりますか」

「あれは理玖がしたものです。昨日、バレエレッスン中にカメラを持った痴漢が出たのです。みんなてっきり理玖目当てだと思いこんだのです。理玖本人がその騒ぎで私に打ち明けてくれたのです。でも昨日の夕方に削除するといっていたのに……そうです。私はただのバレコンの手伝いだったのです。理玖はプロのバレリーナになりたいのよ。ああ、どうして私なんだろう。理玖ならこういう騒ぎでもきっと平気で出てこれるのに、皇太子にも気にいられて皇太子妃だってやってのけられるぐらいだと思うのに? ああ、この話はナイショだったわ。鈴木さんこれは黙っていてね、理玖に怒られてしまうわ……それにしても、どうして私がこんな目にあうのだろ、これが理玖だったら私が楽しいのに」

 鈴木さんはこらえきれないように笑い出した。ずっと笑っていた。信号が赤になって車が止まると私の方を向いてまた笑った。

「ははは、理玖、理玖って……そのお友達が好きなんですな。お嬢さん。爆雪さん、あなたのお嬢さんは本当にイイコですね、ははは、こりゃあもしかして皇太子が本気になったら楽しいかもな」

 お父さんがあきれて言った。

「そんなことがあるはずがないでしょう、私たちは断ったのですよ。鈴木さん真面目になってくださいよ。うちのめぐみの将来が傷つくようなことがないようにしてくださいよ」

 鈴木さんは外務省の別館だという建物の中に私たちを案内してくれた。しかも裏口にだ。建物の奥にある会議室に案内された。

 田中さんは自分の腕時計を見ながら言う。

「改めましておはようございます。爆雪さん、二日連続来てもらってすみません。好きなところに座っていてください。あと十分で大山事務次官の記者会見が始まります。NHKで生放送されますよ、一緒に見ますかね?」

 お父さんは憮然として「当たり前ですよ、しっかりと見させていただきますよ」と返事した。


 会議室は細長いデスクが対面して二列に並んでいた。椅子は革張りの上等なものだった。私とお父さん、外務省の田中さんと鈴木さんが並んで座った。ブラインドは下まで降りていて外の様子はわからない。だけどいい天気で明るい光が漏れている。今日も暑くなりそうな感じだ。前にスクリーンがあったが田中さんがスクリーンをまくと天井からぶら下がっている液晶テレビが出てきた。

 会議室はこじんまりとしているが、建物には人気がなかった。お父さんが心配そうに言った。

「ここは本当に外務省なんですかね、霞が関以外にも外務省の建物があるなんて知りませんでしたよ」

 田中さんが言った。

「いや、ここも外務省ですよ、ただし別館で外務省関係の昔の資料を保管しているところです。一般の人にも開放していますが、土日は閉館していますのでね、ここなら誰も来ません。都合がよいでしょう」

「昔の資料館でしたか……納得しましたよ、私はまたあなたたちに騙されてどこかへ連れ去られるのか心配しましたよ」

 田中さんと鈴木さんが同時に笑った。お父さんに騙されてと言われたせいでちょっと傷ついたようだった。

「ははは、外務省はそんなことをしませんよ。先ほども申しましたが世間に騒がれてしまったのは私どもの落ち度ですのでね、万一のことがあるといけないので、こちらに移っていただいたのです。今の時点では私どもはマスコミにあなたたちを出す意図はありません。騙したりはもちろんなしですよ。どうか信用してください」

 お父さんは腕組みをしている。私はお父さんのそばから離れない。私が頼りにできるのはお父さんだけなのだ。お父さんのそばについていればとりあえず大丈夫だろう。

「……時間だ。記者会見が始まるようです。見ましょう」

 NHKの生番組だ。左上に緊急記者会見とある。そんな大事件になっているのか。これというのもメイデイドゥイフの皇太子のきまぐれのせいだ。あのいかめしい顔をした皇太子が何を思ってロシアの大使館を通じてまで聞いたのだろう。外務省に私が実在するかを確認しにきたせいでこうなったのだ。結婚どころか会ってもいない。婚約記者会見というならわかるけど、こういうのは何というのだろう。とにかく昨日会った大山さんが世間の誤解を解いてくれることを祈るしかない。

 生番組ではカメラの列や大勢の記者さんの頭が写っていた。鈴木さんが「すごい報道陣だ。こりゃ百人以上いるな、外国紙の記者まで出てきてるぞ」とうめいた。

 カメラのフラッシュが激しく点滅してきた。外務省の大山次官が入室しにきたのだ。フラッシュを浴びながら大山さんは何かのレポート用紙を片手で持ちながらイスを自分でひいて座った。前にはたくさんのマイクが並んでいる。これから私の話が出るのだ。私はまるで夢みたいだと思った。どうしてこうなっちゃたのだろうか、本当に夢みたい。

 テレビの画面の下にテロップが流れた。

 外務省事務次官の大山さん、外務省報道官の佐藤さん、外務省欧州局長の木村さんが入室されました。これから記者会見です……

 大山さんの顔がアップに出た。頬に浮き出たシミが老けてみえる。大山さんがおもむろに咳払いして話し始めた。

「えー……今朝から報道されている東京都在住の十六才の少女ですが……まずは未成年ということと本人のご希望もあり、特に名前を伏して公表はいたしませんご了承ください……」

 男性の記者が立ち上がった。複数の声が大山さんに飛んだ。

「今更非公表ですか、でも名前も顔もスクープで出て国民の関心もみんなこの方に向いています。公表をお許し願えますか」

 大山さんは首を振って言葉をつなげた。

「ええと……この方は非公表といたします。今後マスコミの皆々様はくれぐれも名前と顔を出すのはご遠慮いただきたく思います。……それでこの方に、ですが……メイデイドゥイフ国の皇太子グレイグフ様からコンタクトがあったのは事実であります」 

 おおっと記者たちからどよめきの声が出てシャッター音がひどくなった。私は両手を口にあててじっとしていた。大山さんは話を続ける。

「みなさん、どうかお静かに……まず発端ですがこの方が出ているある動画を見て興味を持ち、この少女が日本に在住しているのが事実かどうかの打診がありました。ですが我が国とは国交がないので取り持つという形でロシア大使館から連絡がきたのです……それが二日前の話です」

 再びどよめきが出てよりフラッシュが強くなった。大山さんの顔がせわしなく明るくなったり暗くなったりしている。

「昨日の午前中に同国から我が国に使節が来日したのも事実です。場所は……非公表とさせていただきます」

 フラッシュはやまない。記者席からちゃんと話せという怒号が飛んだ。

「そしてこの方と保護者はその使節に外務省の私の立ち合いの上で断りました……使節はその場で帰国されました……以上外務省としましてはこの話は終了した話しであります……しかしながらこの方の名前と顔が流出してしまいましたので外務省としましては深くお詫び申し上げます」

 記者の一人が声を張り上げた。

「なぜ断ったのですか、どういう状況で断ったのですか」

 大山さんは答えず椅子から立ち上がった。同時に同じように外務省の人も立ち上がった。記者席から勝手に終わらせるな、帰るなという怒号がいくつも飛んだ。

 大山さんは何を言われても平気な様子で記者席に向かって一礼するとさっさと部屋を出た。テロップが流れてまた最初の記者会見になった。これから後は録画した画面が出るのだろうか。

 先ほどの場面が再放送になり、それにスタジオのアナウンサーの声がかぶった。

「外務省の正式なこの会見で少女と皇太子との交際はなかったと明言されました」

「国交のない国へ皇太子妃として嫁ぐのは素晴らしいことだと思いましたが残念ですねー」

「ほんとですね、私なら絶対に断らないのに、もったいない」

「えっとただ今の発言は女性アナウンサーの本音です、失言あいすみません。取り消しいたします」

 テレビが消えた。田中さんが消したのだ。

「あとはもうくだらない番組が好き勝手にコメントを言うだけです。見ると多分傷つくと思うので見ない方がよいかと思いますよ」

 お父さんが言った。

「そうだね、外務省が名前も顔も非公開といってくれたので今後はマスコミには出ないでしょう、それでよかったと思いますよ」

 鈴木さんが言った。

「しばらく新聞や雑誌がうるさいでしょうが、とりあえず我慢してください。ネットで画像が流れてしまったのは仕方ないですがこれも我慢してください」

 お父さんはため息をついて私の方を向いた。

「ま、そうするしかないな。こりゃ」

 私も肩をすくめるしかなかった。だがまた事態が急転してしまった。










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