第十五話・私の将来
念願のバレエレッスンにも行くことにした。駅前近くにある大豆バレエだ。SPがついてくるので断った。が、断っても断ってもついてくる。そっけなくしていたら、なんと鈴木さんと田中さんが家に来た。
「めぐみさん、どこへ行くにもボディガードは連れて行ってくださいね」
と鈴木さん。
「外務省に殺害予告が来ました。五人ほど、発信地は日本三件、海外二件。日本発信のものは特定して逮捕しました。それと変なユーチューバーからも無断撮影されています。二十件ほど。ええと、めぐみさん、あなたユウチュウブとか閲覧していますか?」
と田中さん。
「そりゃあ、いけない。自転車も危ないし、田中さんたちに車で送ってもらいなさい」
とお父さん。
「大丈夫よ」
と私。
すると鈴木さんと田中さんはボディガード達と一緒になって私を説得にかかる。
「恐れ多いですがめぐみさん、あなたは私人ではなく公人です」
「あのね、あなたたちを雇うお金はないわよ。私は手ぶらで帰国したから」
「坂手大臣からの命令です。ガードします」
「いいから、いいから」 と逃げ切った。
自分の足で歩いて大豆バレエ教室に行く。太后がいたときはストレッチもたまにはしていたが、体は確実に堅くなっている。とにかくバレエレッスンに参加しよう。
大豆先生には事前に電話で「再入会」 を告げていたので、大丈夫だ。それと手ぶらで帰国とはいえ、お后教育の時にもらった五千万円が手つかずで残っている。お金は当面そこから払う。お父さんも町役場でまだ働いているし大丈夫だ。そのうちに退学した大盛学園にも顔を出す。一年遅れとはいえ高卒の資格はとっておこう。
大豆バレエでは大豆先生が大勢の生徒たちと一緒に私を待っていた。大きな花束を渡された。いつのまにか大勢の記者からも撮影されている。これも新聞記事になるのか。大豆先生は私が生存していてかつここに再入会してバレエを習うというので大変喜んでいた。理玖がプロのバレエ団に入団して貴族と婚約したことも大きなニュースになっていて、私と理玖にバレエを教えた大豆先生もまた有名になったらしい。
「めぐみさんと理玖さんのおかげで生徒が十倍に増えました。助手の先生もクラスも増やしました。大人バレエのオープンクラスといって誰でもレッスンを受けれるようになったし、めぐみさん、いつでも来てね」
「はい」
大豆先生は駅前のまわるお寿司屋さんのように外部の人間に見えぬような配慮はしてくれなかった。逆にバレエ教室の宣伝になると考えているようだ。以前に痴漢が出たといって私たちを守ろうとしている様子とは違ってきた。
バレエレッスンではさすがに厳しく、身体がなまっていることは指摘されたがそれは当然だろう。
「出産したとはいえ、まだ若いですし、今からでもやればもとに戻るわよ」
「は、はい」
以前はできていたピルエットの一回転もできなくなっていた。身体も硬くてアラベスク一つまともにできていない。
「だめだ、基礎からのやり直しだわ……」
以前このクラスで一緒だった人の大半はやめていた。受験勉強のためだろう。今日が初対面の同じクラスの人は、好奇心からか踊っている私をじろじろと見たりして気分が悪い。話しかけるでなく、遠巻きに見る感じ。しかも大豆先生ですらスマホをかざして私を撮ろうとする。バレエ教室のホームページにのせるわねというので、私はとてもがっかりした。これなら個人レッスンの方が気楽でいいかもしれない。バレエに限っては私はコンクールに今後もでないし、できるなら気の知れた仲間と一緒にレッスンを受けたいがそれも無理なのか。
理玖もいたころのバレエレッスンは楽しかったのになあ……私はここでも、元の世界に戻れないことを知った。そうそうに着替えて帰途につくと、この間にも大勢の人々がスマホをかざしてスマホ越しに私を見ている。実況撮影している人もいる。……ねえ、なぜみんなそこまでヒマなの?
見覚えのある顔があると思ったら、またしても鈴木さんと田中さんがいた。そう、日本政府で一番最初に私とお父さんに接触してきた人だ。鈴木さんが半笑いの顔で私に話しかけた。
「めぐみさん、車に乗って帰りましょうか。目立たないごく普通の車を用意しています」
「……お願いするわ」
私は大盛学園からも登校できるかどうかの電話をいただいた。が、常時家の周りで人だかりがある状態では買い物すらゆっくりできない。まあ、お父さんもいるし、通販もあるしで一年以上日本にいない状態だったし。通学もゆっくり考えよう
私は不在の間の新聞の見出しなど見ていたら、あれほど大人気だった歌手のNAITOが落ち目になっていた。私は彼のブロマイドまで持って行ったのに。しかも人気の急落は私が関連していた。私が死んだことになって、NAITOは私のために曲を作ってくれていた。
……いなくなった君のため、できるなら今一度会いたい。
……かわいそうな君のため、できるなら今一度抱いてあげたい。
高貴な身分になった君のため、ぼくは心込めて歌い上げる
命尽きた君のために、生き返らせてあげよう、だってぼくは本当は神さまだから……
それが不遜だとしてファンの不興をかったらしい。ヒットチャートの最上位から最下位に転落してあわてて、以前のロック路線に戻ったが無理だったようだ。そういえば、NAITO、いや正確にはNAITOのマネージャーからNAITOのための対談とツーショットを撮ってほしいとのオファーがあった。必死だったな。そのほかにもテレビ番組のほぼすべてから出演してほしいとも。
一体みんな私のことをなんだと思っているのか。メイディドゥイフの案内もできない状態のこの私に。確かに今までに経験したことのない状況に陥ったのは確かだが。そのうちに私は金持ちになったから、たかろうとしている人も出てきた。NAITOもそうで、私が対談に応じなかったので、そもそも私のせいであの曲が不評だったから損害賠償をしろといってきた。それにも、愛想がつきた。顔と声が好みだったが嫌いになった。週刊誌や新聞、テレビに書かれてもいいのかと脅してきたが、平気だ。だって私は何もしていないから。
人間不信になりそうだった。そこへ理玖からイギリスにおいでよと言われた。理玖のいるところは皇室の人も留学してくる治安のよい所に住んでいるらしい。
「イギリスからでも、日本の動画を検索するとめぐみが出てくるの。不死鳥めぐみとか言われているわよ。あなたは好きで有名になったわけではないので、同情するわ。こっちにおいでよ。さすがにここまでユーチューバーとか来ないわよ」
「イギリスに行くぐらいならグレンといるわ」
「グレンを連れてこれるの? メイディドゥイフから? 本当に?」
「そういわれると無理だと思う。でもグレンは捨てたわけでもなんでもない。それはロザチカも承知よ。帰国して一週間たつけど、私も限界なの。でも私は日本人だもの。日本語でしゃべって暮らしたい。理玖や筆子さんのように海外で生活するのは私には無理」
すると理玖は良い案があるという。メイディドゥイフと日本とイギリス、できれば治安のよいスイスあたりに別荘を買って行き来すればよいという。
「そんなお金どこから出るのよ」
「まあ、めぐみったら。あなたはすでに王家の人間よ。そろそろ自覚を持てばどうかしら」
「そんな莫大なお金……」
「よく考えて。その莫大なお金、めぐみ専用のバレエ教室を作るどころかバレエ団ごとイチから作るのも自由なのよ。なんなら私が教えに行こうか」
「あっそうか……お后教育でもらった一時金のことね。五千万円あったっけ」
「違うわよ。あなたはもうすでに王家の人間だし、跡継ぎの人間も産んだ。拉致の件では坂手大臣も損害賠償者だと交渉する気らしいし、もっと金持ちになれるはず」
「そんなことはないと思うけど。でも五千万あるしバレエ好きだったからバレエ団作りたいな。太后はバレエ好きだったし、もしかしてロザチカもそうかもしれない。それいいな。話してみる。バレエ団作れるのだったら私は衣裳係やりたいな。かわいくてきれいなお衣裳をたくさん作りたい」
「めぐみ、あなたはどこまでもめぐみね。あなたらしいわ」
「そうかしら。あの時の絶望が実を結んだと思いたくないわ。でも私の周囲は変わったわね、確かに」
「めぐみの心が平和なのよ。めぐみを守って亡くなったお母さまもきっと喜んでいると思うわよ。めぐみは変わらないわねって」
私はやっと心から微笑むことができた。