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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第十三話・帰国後の話



 もちろん帰国時は大騒ぎだ。でもそれはネットの世界での話だ。

 事実はただ淡々としている。レイレイはロザチカの命令で付き添えないと言ってきたが平気だ。レイレイとは二人きりで話す機会はない。まったくないし、私も意図的に避けている。もちろん太后への復讐心もあったが、ロザチカがグレンを大事にしてくれるのがわかったので、それもいいかなと思う。

 レイレイの代わりにユタカハラさんが付き添ってくれた。筆子さんはグレンの世話をしたいという名目で残った。日本の坂手大臣と今後の交渉も兼ねているらしい……私の拉致や強制出産の件が明るみになったこと。それを正式に謝罪と補償をさせる……そういうことにに携わる気だ。でもそんなことどうでもいいから帰国しようというと、筆子さんはそうはいきませんよと言う。もうどうでもいい。これもまかせる、というより放っておく。


 この部屋を出て例の大広間に出る。広間にはぎっしりと兵士が詰め込まれて、私と見送るロザチカに最敬礼をしている。王家の人間が公に姿を見せるのはこれが初めてだろう。兵士たちの目は皆優しかった。私に対してもおおむね好意的でそれはよかった。建物の外部に出ることなく、鏡の間を通過しエレベーターの最上階に行く。屋上がヘリコプターどころかジェット機の発着もできる。それを見て、メイディドゥイフは途方もない大金持ちの国だと改めて思った。

 ロザチカ新女王との会見も儀式もすっ飛ばし、私は念願の父とやっと対面した。日本へ直行している間、私は父としっかりと手をつないでいた。父は泣き通しだった。

 横浜の自衛隊基地空港でジェット機から降りたが、坂手大臣から「まずはホテルに、記者会見に」 は、すべて断った。ただ飛行機内でリモート録画にて「これから帰国します。ご心配をかけて申し訳ありません」 としたものを政府広報から流してもらった。私は本当に日本とメイディドゥイフ、国際間での話し合いなぞどうでもよかった。

 基地内では大勢の自衛隊員が整列して待ってくれていた。メイディドゥイフの派手な色彩の軍服と違ってとても地味だった。そこでの目線も熱狂というよりも滋味あふれていた。私はお礼をこめて小さく手をふると、敬礼して答えてくれた。

 私はそれにも日本を感じた。お父さんと並んで立つと、お父さんは禿げて背骨が曲がってやせて小さくなったことも実感した。改めて私とお父さんをこんな目にあわせて太后に腹がたつ。

 そうそう、その場には私の生存をお父さんと一緒に最後まで信じていた棚田さんもいた。もちろんとても喜んでくれた。お父さんは棚田さんとしっかりと握手をした。棚田さんは、私の生存で政府から直々に自衛隊に地位と名誉を復活させるのでまた働いてくれと言われたそうだ。名誉回復にもなってよかった。坂手大臣も皆の前で、私を守れなくて申し訳ないと謝罪した。この画像も撮られているので、全世界に流れたはずだ。

 動画を撮られようがなんだろうが、お父さんはもうずっと泣いていた。

「え~と。グレンだったか。めぐみが赤ちゃん産むとはなあ。え~ん、嬉しいのかどうかわからんが、あの子は置いてきたのか」

「うん、でも。日本から持ってきたスマホに何百枚も撮っておいたよ。ゆっくり見よう。あ、ロザチカのピースサインもあるの。筆子さんも。車いすだけど、ザラストさんの敬礼ポーズやレイレイやダミアン、ヨハンの変顔もある。貴重かもよ」

「いや、誰かわからんが、知り合いはいっぱいできたらしいな。でも、ああ、めぐみ。本当におまえだな。いっしょに暮らしていたころと全然変わってないな」

「うん、私ね、メイディドゥイフに拉致されて妊娠して出産しただけ」

 言葉に出すと本当に簡単に起きたようだが、でも大変だった。よく生きて帰れたものだ。


 基地を出ると外務省お馴染みの鈴木さんと田中さんが車の前で待機していた。彼らも私を見てすごく喜んでくれた。今度は大勢の記者のカメラに取り囲まれつつも、私はマスクで顔半分を隠して無事帰宅した。もちろん住み慣れた小さな一戸建ての家。玄関先にある父親の小さなミニカーもそのままだ。ポリスボックスがあって、その前に警察官が五人一列に並んで私の方を向いて敬礼する。いや、もう警備はいいよ。本当にほっといてほしい。

 近所の人々がおかえりなさいと手を振ってくれた。出国前夜のちょうちん行列の時を思い出す。あの時のちょうちんを振っている人もいた。そうだった。あの時は皇太子妃になるはずだった。みんな忘れていない。私も忘れられない。私は手を振った。

「無事に帰りました。ありがとう、皆さん」

 フラッシュの焚く音があちこちで鳴る。多分これも生放送、そして夜のニュースに明日の新聞や雑誌に出るだろう。それもどうでもい。

 私は父に玄関を開けてもらい、ドアを閉めた。靴を脱いだ。五メートルもないろう下をすすんで台所に入る。一番先に、亡き母の小さなころの靴下やベビー服を仏壇に戻した。ロザチカ通じて返却してもらったものだ。まったく泥棒までして。なんなんだ、あの太后は。線香に火をつけて拝む。これでやっと帰宅の完結だ。感慨深い。狭い家なので、すぐ後ろでお父さんがお湯をわかしている。

「お茶、飲もう。おまんじゅうがあるよ。くるみ入りあんこ饅頭と、パイ饅頭だ。好きだろ」

「うん。大好き。また食べられるようになってうれしいな。当面はダイエットせずに、好きなものを好きなだけ食べようっと。あら、もうすぐ夕方ね。晩御飯は駅前の回るお寿司がいいな」

「家の周りには新聞記者やテレビ局ややじ馬たちがいるけど」

「いいの、どうでも。私は気にしない」

「あれ、めぐみ。変わったなあ」

「変わったつもりはないけど、人目なんかどうでもよくなったわ」

「そこだよ。目立つのが気にならぬとは」

「目立たないように生きていくのも無駄よ。それほどの経験をしたから」

「おお、しっかりしてきたなあ」

「しっかりもしてない。私はメイディドゥイフで太后と過ごしたとはいえ、寝てばかりだったもの」

「一緒に過ごしたのか、言葉はどうした」

「ずっと日本語専門よ。メイディドゥイフ語のおはようの言葉も忘れたわ」

 

 私は気に入りのポワントとチュチュ模様の入ったコップでお茶を飲んだ。宇留鷲旅館の玉露とは違う安物だがそれでもしみじみと美味しい。それから二階の自分の部屋に戻った。あれからほぼ一年がたったがそのままだ。狭い部屋だ。ベッドとつくえと本棚でいっぱい。自由に踊ったりはできない。でもあの太后は死んだ。ロザチカも一度メイディドゥイフを出た以上、一緒に部屋で過ごすことはないだろう。

 ひと眠りした後、私は父と駅前の回るお寿司を目指して歩いた。父も私もすでに顔を知られているし、周囲に人がついてくるのは想定していた。それもどうでもよかった。

 逆に、まわるお寿司の店の人がびっくりして、私と父を入れるとすぐに閉店の札を出した。店の窓もすべてカーテンをひいた。ついてくる気満々だった人々は外で怒っていた。店内にいた人々はスマホ越しに私をずっと眺める。それでも私は平気だった。悠々と流れてくるお寿司を眺めて頬張った。甘い卵焼きにかば焼きに、河童巻き。えびのチーズ焼きがのったお寿司。一皿百円均一。特別な皿でも一皿三百円が上限で安くて美味しいお寿司屋さん。これらを食べられてよかった。粉のお茶を数匙入れて熱湯でかき混ぜる。だまができるところも大好きだ。私と父は人目もはばからず「おいしいね」「うまいね」「これどお」 という以外は黙って頬張った。

 周囲は静かだ。気味が悪いほどに。それも私は気にならない。出国時はあれほどの騒ぎだったのだ。死んだと思われた私は生きてぴんぴんして歩いてお寿司食べている。そりゃカメラにも撮りたくなるだろう。そのへんは理解してあげよう。私は変わった。私はなるべくお父さんの顔を見る。お父さんも私の顔を見る。そういう意味では親子水入らずだった。

 会計の時に見覚えのある店長さんが震える手でサイン色紙を持ってきた。

「あの」

 とんでもないことだ。即断った。私は芸能人ではない。

 店長さんが肩をがくんと落とした。顔も赤らめている。それで私は声をかけた。

「ごめんなさい。でも、帰国したらここのお寿司を食べに行こうって思っていたの。また食べに来るね。期間限定のイチゴのプチパフェがすごくおいしかった。メイディドゥイフの料理に負けてないわよ。どうもごちそうさま」

 すると店長さんどころか店員さんたちが泣き出した。

「めぐみさん、あの、その言葉だけでお寿司を毎日作っていた甲斐がありました。社長にも伝えておきます。そしてご無事でよかった。生きてくれてありがとうございます」

 私は笑顔を出した。店内から拍手が沸いた。私は手を振りながら、店内をぐるりと見回して笑顔を見せる。以前の私はどこにもいない。それがわかった瞬間でもあった。


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