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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第十二話・帰国を切望


 とうとうロザチカは決心してくれた。私を日本に帰国させることを。

 しかしグレンを連れ帰ることは許されなかった。私は泣いた。これに関してはロザチカは強硬だ。通訳のレイレイと私、筆子さん、ザラストさんだけで話をした。筆子さんは私から絶対に離れなかった。トイレに行く時ですら一緒だった。

「危ないから」 とはいうが、私もそれはなんとなく感じた。暗殺の危険があるからだ。でもロザチカは一緒にいて不快な人ではない。

 長期に渡って幽閉されていた人間だが、書物をよく読んでおり、世界史に明るかった。筆子さんとヨーロッパや日本における外交史を話し合っていたりする。筆子さんはロザチカを尊敬すると言ったぐらいだ。しかし、私たち二人はいつでも一緒に行動した。

 ロザチカも私の存在を公表した以上、ひどい扱いはできないはずだが、暗殺を思うと怖かった。彼女は躊躇なく太后の遺体をつぶしたから。ダミアンに命じてグレイグフ皇太子を殺したから。

 でも人って殺すの簡単だし、あっさり死ぬものね。私はメイディドゥイフでこの当たり前のことを学習したわ。この感覚、一生涯日本にいるだけでは、わからないわね。


 時間はめまぐるしく過ぎていく。ある昼食時にロザチカはミートパイを食べながら私に話しかけた。

「話がある」

 ロザチカは私の産んだ、グレンを次の後継者とは便宜上認めているが、本当は建国者グレン将軍と太后の子が嫌い。というより父と娘の遺伝子操作で人間を作った感覚が受け入れられないという。そんなことを言われても困る。嫌いだったら喜んで連れて帰る。せっかく産んだのに。

 するとロザチカは提案を持ちだした。

 ……ロザチカは五十代後半でもう出産は望めない。だが凍結卵子があるはずなのでその卵子を用いて、建国者グレン将軍の遺伝子をもってその子を産みなおしてほしい。そうしてくれれば、大変ありがたいという。私に無断で妊娠させるよりは、まだ説明するだけ太后よりはましだが、結局はロザチカも太后と似たもの同士だと感じた。でもこれって下手したら私もついでに小さなグレンも殺されるだろう。

「そのためにレイレイと結婚しなさい。自動的に王位継承権を持つ貴族になる。私の提案に応じるならよい。どちらにせよ、グレンはかわいそうだが死んでもらう」

 私はとにかく帰国させてくれと言った。メイディドゥイフの暮らしは望まない。もう感覚からして違う。根本的に違う。ところが筆子さんはロザチカの提案を受けろという。「レイレイさんと結婚を誓いなさい」 という。レイレイもその気で私の前で膝をついて服従のポーズをしている。なんなんだ、これは。レイレイを夫にすれば、ロザチカは姑か。いや、その前にロザチカはどういうふうにレイレイ達のことを公表しているのか。自分の子としてか。それとも臣下としてか。独身の女王としているなら、どう説明するのか。私はそれすら知らない。知ろうとも思わない。

 これを幸運とすべきだろうか。私のいう幸運とはなんだろう。平和な日本の国で仲間たちと一緒に暮らして短大にいって適当に働いて恋愛して結婚して出産してママ友作ってパートもして…それを思えば私の人生は変わったのかも。

 しかしレイレイといますぐに婚約は頷けない。ロザチカは明らかに気分を害した。こういうところも太后と一緒だ。つまり専制君主が若くなっただけとも考えられる。レイレイは私の気持ちを汲んでいつでもいいと日本語で言った。

 ロザチカはレイレイの通訳で私のしたいことは何かと聞いた。私はまた考える。


 ……個人的にはまず帰国。そしてバレエを再開したい。学校へ行きたい。


 ロザチカは望みはそれだけかと聞いた。政治家としてなら、何をしたいかと聞く。今まで考えたこともない質問だ。でも私のやれることって何だろうか。とりあえず続けて返事する。行き当たりばったり、思いつくままに。


 ……世界中どこでも、いじめをなくしたい。それとバレエをもっと広めたい。私はバレエが好きだから。かわいい衣装を小さな子供たちに着せて踊らせる。どんな女性でも似合う衣裳を作ってそれを着てもらって踊ってもらう。すごく楽しそう。バレエは健康にいいよ。誰でもできるよ。楽しめるよ。だからバレエはもっと広がってほしい。それだけ。


 ロザチカは拍子抜けしているようだ。とにかく、ロザチカが私のことを無害だと思ってくれたらそれですむ。ロザチカは、即位式にバレエ公演をしようかと言ってきたが、もうなんでもいいから早く帰国させろ。


 ロザチカは正式な戴冠式を国民全員の前でやり、今後は開かれた王室を目指し、鎖国も解くという。そういう面ではメイディドゥイフは新しい展開を迎える。帰国はそれからにしたらというのを、振り切って私は何度も何度も何度もお願いした。

 私は自由に扱えるようになったパソコンを操作して、日本の良さをロザチカに説明する。日本に一度来てほしい。回るお寿司をおごるからと言う。筆子さんは筆子さんで、日本に関してもっと違う説明をしたい感じだったが無視して私が全部説明した。口を挟ませなかった。以前の私では考えられないことだ。

 ……朝起きてニュースを見ながらご飯を食べて、自転車をこいで学校に行く。授業を受けて終わったらバレエレッスンに行く。行かないときは刺繍をする。刺繍も楽しい。ヒト針ごとに絵ができあがっていく感覚はとても幸せな気分だ。たまにはためたお小遣いを財布に入れて、友だちとおいしいケーキを食べに行くのも幸せ。そう、別に遠いところに行かなくても私は幸せ。お金は問題ではない。

 ロザチカは興味深く聞いている。

 私はこの人がどんな少女時代をおくっていたか大学はどこだったかも知らない。何歳から幽閉されて今は何歳かも知らない。教えてくれるなら黙って聞くが、それをどうこうするつもりはない。とにかく帰国させてほしい。なんなら一緒に。京都ぐらいは案内できる。変身舞妓は一度やってみたかったのでロザチカさえよかったら一緒にやってもいい。

 ロザチカはとうとう決断してくれた。こういう時は独裁者は即決で有り難い。国民相手はどうしているかわからぬが、私相手には好意的だ。ただしグレンを置いていくのが条件だったが、私は飲んだ。それと戴冠式の日取りが決まったら出席すること。了解だ。なんでもいいから帰りたい。やっと帰国が決まると私はグレンにたくさんの頬ずりとキスをした。ロザチカは王家の一員として遇するので、いつでもこちらにおいでと請け合ってくれた。

 すぐに連絡したら父と坂手大臣が首相の外遊用専用ジェット機を使って迎えにきてくれることになった。よかった。


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