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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第十一話・大団円もどき



 私は賭けに勝った。

 あのときの動画は五秒もなかったし、不完全でスリッパを履いた私の足の指しか映ってなかった。でも音声はしっかりと入っていた。

 元来、メイディドゥイフ国民にはパソコンの閲覧は職務以外には許可されていない。王室のこの部屋だけがWi-Fiがあった。私はそのことすら知らなかったので、ものすごい賭けだ。それはあっという間に全世界に拡散した。

 この部屋は外部からの連絡はここから指示しない限り接触できない。太后のやっていたことが逆に私の役に立った。

 運命の音声動画が拡散するまで私を含めメイディドゥイフ王室メンバーが知らなかった。またメイディドゥイフの国民の大半も。そういう専制王国だ。

 爆雪めぐみの生存が確認できる音声が拡散……それがわかったのは、五分後だ。パソコンをつぶしたダミアンは念のためにと己のスマホを閲覧した時はもう遅かった。


 それを知ったロザチカの行動は素早かった。レイレイに命じて改めて真正面から動画を撮らせた。もうスタブロギナ・プラスコヴィヤ太后はいない。専制君主はここにいない。相談や会議、協議はない。ロザチカは戴冠式の服装で国民の前で即位宣言という挨拶をした。私はおもむろにグレンを抱いて彼女の横についた。だって私にはその場に立つ資格がある。ロザチカは拒否しなかった。ロザチカの反対側にはザラストさんがついた。

 ロザチカは簡単な演説のあと、つまり、太后とグレイグフ皇太子の死去並びに日本人の高校生を承諾を得ないままに拉致して子を産ませたことにも謝罪したようだ。これはあとで筆子さんから聞かされた。ロザチカはとっさに短いスピーチながら、ネットで王位宣言と後継者はグレイグフではなく、グレンだと話した。最後に私の話で仕上げだ。よく考えてみると、ネットでというのがすごい。でも私の出産だって出発点はネットからだった。最後のしめくくりもネットになって当然かもしれない。また不特定多数が閲覧可能な状況でまだ乳児のグレンの紹介までした意味も非常に大きい。議会承認など不必要な専制君主制ならではの話かもしれないが即断即決だ。

 メイディドゥイフの国民よりも早く、パソコンを持つ全世界の人々が謎の国のメイディドゥイフ王室の人間の動画を閲覧できた。それでよかったのか、悪かったのかわからない。ロザチカの言葉はわからないなりに、太后のドレスと王冠そして冷蔵庫の奥から大事なグレン将軍の形見の国旗を広げて宣言した。

 ……メイディドゥイフの太后はすでに亡くなられています。私はこの国を継承しました。グレイグフ皇太子は謀反の為、なくなりました。ゾフィ元皇太子妃は生きていますが名誉はく奪です。私の後継者は先月生まれたばかりのグレンです。太后はゾフィが産んだことにするつもりでしたが、隣にいる日本人少女のめぐみが産みました。太后はこれをするために日本から拉致しました……


 全部暴露もいいところだ。最後にロザチカがグレンを抱っこしている私の肩に手を回して終わりだった。これで先に音声が流れた私の言葉を裏付けてくれたことになる。


 筆子さんはずっと両手で己の口元を押さえて震えていた。私はとっさにグレンを抱いたまま、グレンを全世界の人々に見えるようにした。そして微笑む。ロザチカの言葉が終わると、思い切り息を吸い込んで日本語で怒鳴った。

「お父さん、見て。私は生きているわよ。生きているって信じてくれてありがとう。私はこの子を連れて日本に帰るから」

 筆子さんを除いて、私の言葉を理解できるのはレイレイだけだ。レイレイが明らかな動揺を見せて動画を切った。私はレイレイを睨みつける。

「あんた、私のいうことを聞くって言ったわね? どうして動画を切るの。バカ。あなたとなんか結婚しないわよ」

 レイレイはうなだれるだけだ。その動画の効果はてきめんだったらしい。筆子さんの携帯から緊急ブザーの音が流れてきた。筆子さんは皆の前で、メールの内容を聞かせてくれた。

 坂手大臣と自衛隊有志と自衛隊を退役した有志、そして国連軍が私を迎えにくるという。対応が素早い。さすが我が日本。筆子さんは本当に頭がよく、その場でロザチカに許可を取り、私の父と会話させてあげてほしいと頼んだ。

「この国はWi-Fiすらないと思っていたけど、この部屋だけ全世界に繋がるのね。さあ、坂手大臣と話してみて」

「いいえ、お父さんを先にお願い」

 ロザチカは迷わない人だった。視線一つで、すぐにレイレイにつながせた。筆子さんはまず坂手大臣と連絡をとり、しばらくすると、私はお父さんとリアルタイムで先にスマホ通じて対面できた。なじみのあるお父さんの声が!


「……め、め、め、め」

「お父さん」

「めぇ、めぇ、めぇ、めぇ」

「お父さんたら」

「めめめめぐみっ。よ、よく生きておおおおおぅ」

 画像のお父さんは泣きすぎて目が腫れ上がっており、鼻水がとめどなく流れ、頭は毛の一本もない。私はこんなに容貌が変わるほど、父に心配かけた太后に改めて腹が立った。

 確かに若い頃の太后は王権奪取を警戒した政敵に幽閉され拷問や虐待を受けた。だからといって、王権を守るために、内密に己の血を持つ子供を産ませるために私を拉致した。これを命令とはいえ、全部やってのけたレイレイにも改めて腹がたつ。

 そして全世界に向けて、私はやる。

 太后の悪事、ここまでして王室を守りたかったのはなんだったのかはこれからわからせる。まだ全貌がわかっていない私と太后の妹やダリア、ロザチカの幽閉話も。

 殺されたグレイグフ皇太子も悪い人ではなかった、とは思う。ゾフィ元皇太子妃とヨハンがいつのまにか姿を消した。殺したのかとレイレイに通訳させて聞いてみたら、ヨハンに命じて監獄に入れたという。ヨハンは警察関係の自治を掌握しているとでも。レイレイはその命令もできるとでも。よくわからないなりに、こうしてロザチカが出て戴冠式もすっぱ抜いて、世界中に太后の悪事をばらしても、同じことを繰り返すのか。

「一体ゾフィがなにをしたというのよ。彼女も私と同じ犠牲者じゃないの。あやつり人形ではあるまいし、あの太后ときたら、自分の遺伝子を混ぜた子供を日本から拉致させて私に産ませて、ああ、本当に腹がたつわ」

 幸い、太后よりも話しかけやすいロザチカが横にいるので、その場で釈放をお願いする。すると首を振る。次の王室転覆を狙われるといけないので、終身刑になるだろうと。レイレイの通訳を聞いた、私はやはり同じことの繰り返しだと実感する。では私はどうなるのか。筆子さんは元皇室の人だから、一緒に殺されることはないだろうが、よく小説である上級国民用の暗殺という手もある。

 ロザチカはあの太后のコピーにでもなる気か。ロザチカは今は私に優しいが私もいずれ幽閉になるかもしれない。私は見た目アジア人なのでこの国の王位を狙うことは絶対にないのに。

 私はグレンを抱きしめる。もうここは嫌だ。できるだけ早く日本に帰ろう。


」」」」


 ロザチカは太后のような秘密主義はやめたらしい。私の帰国についてはロザチカも迷っていたようだ。考えさせてくれと言った。

 太后とグレイグフ皇太子の遺体はすぐに引き上げられた。この部屋はロザチカと私とグレンだけの部屋になったが、しょっちゅう人間が行き来した。いずれもメイディドゥイフ王家の重鎮らしき人物ばかりだ。当然初対面ばかり。誰が誰か皆目わからない。ロザチカもまた、いきなりグレイグフ皇太子を撃って殺すような太后もどきな人間だ。

 私が無害だということをわかってくれたらよい。私は最初からメイディドゥイフの莫大な財産や政治的な権利などもろもろのことは興味はない。

 ロザチカと私、グレンの周囲はレイレイとダミアン、そしてヨハンが重点的に守備した。この三人の誰かが常にこの部屋にいる。ロザチカは三人とも家来のようにあしらう。聞けば太后はロザチカに人工授精でこの三人を無理やり産ませたという。だったら私とほぼ同じ。あの太后は血縁者だけで固めたかったのか。誰にも頼らずに政治をしていたつもりだったのか。

 その後、ロザチカも高齢になって妊娠や出産ができなくなった。しかし太后は医学の進歩で亡くなった建国者のグレン将軍の遺伝子と太后の卵子で子供を作れるとわかって、代理出産できる血縁者を探していた。それだと人工授精よりも、太后の血が濃いとなる。でも身内には信頼に足る人物がいず、太后の妹、行方不明のダリアしかいなかった。その子孫が私というわけか。話はそこまではわかったが、心底わかってない。だって私自身がそんな話を信じられないから。

 食事はユタカハラさんが担当だった。なんということだろう。坂手大臣がグレイグフ皇太子の結婚式に招待された時、温泉を持ってきた。ついでに日本料理専門の調理者だといって一年契約で置いてきたという。独裁者とはいえ太后が許したものだ。でも温泉も日本食も喜んでいたので日本が好きだったのかも。あれはあれで、私に気を使っていたのかも。

 ロザチカは太后と同様、暗殺を恐れているようで、目の前で調理させたからわかった。でも私が知っているユタカハラさんの顔が違う。おそるおそる聞いたらあのあと、大やけどをしたので整形したという。でも優しい視線と声はそのままだった。

「材料が日本のものではないので、味は日本のようにはいきませんが、がんばります」

 私がユタカハラさんの料理は大丈夫だと力説したせいか、ロザチカは日本食に同意した。


 こういうことがわかったのもロザチカと通訳の筆子さんのおかげだ。日本の元皇室の人間というだけでロザチカも相応の敬意を払って接しているのがわかる。面倒見の良い筆子さんがいてよかった。ずっとヨーロッパ暮らしだったので海外の王室事情にも通じている。そしてメイディドゥイフ語にも。坂手大臣の人選と手配は正しかった。

 筆子さんはロザチカに同情的だった。ロザチカもまた太后によって数十年の間幽閉されていたから。そして私同様強制妊娠に出産させられていた。ダミアン、レイレイ、そしてヨハンは兄弟。私のカンは当たっていた。みんな血縁者だった。

 太后は狂っていた。ロザチカが年を取り、妊娠できなくなったら、今度は私。金と権力にモノいわせて、日本政府にねじこみしかもそれを裏切って無理やり拉致と言う形で私を連れてきた。レイレイの罪は重いが、レイレイも逆らえなかった。というより逆らうこと自体がありえない世界だった。


 ロザチカは即位した。ロザチカにも長い名前があるが、忘れた。この国は言論統制が強く、動画撮影はおろか視聴もできないが、太后だけは視聴が自由だった。だからこそ、私もこの部屋から動画をあげられた。グレンをしっかりと抱いた私をば。

 こんなにうまくいくとは思わなかった。

 死んだはずの爆雪めぐみが赤ちゃんを抱っこしていたというので、日本はじめ世界中が大騒ぎだったようだ。不思議の国のメイディドゥイフがやらかした秘密の強制妊娠と強制出産。口頭でとはいえ、明るみになって良かったと思う。やられたことは決して消えることはないからね。

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