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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第十話・グレイグフ皇太子の最後



 ザラストさんが「ヨハン」 と叫ぶ。同時にヨハンがダミアンを押さえようとしたが、レイレイがそれを防ぐ。その間にダミアンが銃を構え皇太子夫妻を撃った。グレイグフ皇太子は額を撃ち抜かれ、動かなくなった。血しぶきというものをこの目で初めて見て私は動けない。ダ、ダミアン。あなた仮にも医師なのに。ゾフィも胸を撃たれて倒れた。しかしまだ動いている。とっさに私は叫んだ。

「ダメ、殺さないで。彼女は助けてあげて」

 私はすぐにレイレイに命令する。

「早く止めて」

 三つ巴のもみ合いになった。ロザチカが何かを言うが、私は無視する。レイレイは私のものだ。彼は私のいうことだけを聞く。そのはず。たとえロザチカがなにか言ったとしても。そう確約した。今の状態は薄氷の上だが、そんな悠長なことを思っている時間ではない。

 私たちの間には愛はない。協調。それあるのみ。今それがわかった。レイレイは太后よりも私をとった。ロザチカと私は? どうだろう。口約束は信用してはならない。レイレイは自身の立場を有利にしたいのは間違いない。でもその有利って私の犠牲の上に立つ。それが頭にくる。この国の誰にも絶対にこれ以上勝手なことはさせない。拉致させて子を産ませたことは許せない。私は再度叫ぶ。

「ゾフィは殺さないで。彼女はきっと役に立つ」

 何を口走っているのか私は。でも身体も止まらない。私はゾフィを庇うとダミアンは銃を下ろした。レイレイがロザチカに何かを言っている。ザラストさんや筆子さんは無言。私はゾフィを見たが、大丈夫、お腹の妊娠に見せかけるクッションが胸元まで来ていてそれで助かったのかも。ゾフィが私の手をつかんで目を明けた。全身汗をかいている。私は彼女の手を握りしめて頷く。

 次にロザチカは倒れたゾフィをそのままに「グレンごにょごにゅ」 と叫ぶ。レイレイが部屋を飛び出した。

 ザラストさんが何かを言いかけたがロザチカは話させない。というか視線一つで黙らせた。私はあっと思った。レイレイが戻ってきた。なにか抱えていると思ったらグレンだ。私の赤ちゃんを別室から連れてきた。まさか消すことはないだろう。私はゾフィから離れレイレイに駆け寄る。赤ちゃんを見たい。

 グレンは金髪で目が青かった。私に似てない。そりゃ、私は身体を貸しただけだから。でも私が産んだ。それは間違いなく。彼の首がもうすわっていた。成長が早い。ダミアンとレイレイが育てたようなものか。私はレイレイにもっとすり寄る。当然だ。私が産んだから。グレンを覗き込むと目があった。グレンは歯のない口で笑った。ああ、とてもかわいい。私の息子。何度でもいう。強制的に出産させられたとはいえ、グレンは私が産んだ。ゾフィ皇太子妃が産んだことにされても。ロザチカは彼女もついでに殺して一体どうする気だったのだろう。


 ……太后につづく誰も逆らえない権力者が誕生しつつある。それはレイレイが連れてきたロザチカになる。でもなんのために。

 レイレイが釈放したのか。これは太后の遺言ではないだろう。そう、太后の遺体に対する冒とくを見れば絶対に彼女の遺言ではない……ということは、ロザチカとレイレイ、ダミアンが太后の存命中から通じていたということか。

 私は壊されていたはずのパソコンのうち一台がまだ起動しているのに気づく。そっと背中越しにつま先の指を伸ばす。バレエレッスンのタンジュのように思い切りつま先を伸ばして……端のボタンを押した。ロック画面が出た。カンのよいレイレイがこちらをちらりと見たが、すぐにグレンをロザチカの方に連れて行って見せている。私はその間に画像を見た。九つの点を指で行き来して開錠するタイプでそれもつま先でレの形にたどる。画像が開けた。太后は老眼だったものね。鏡越しのストレッチでも、私は彼女の操作を見ていた。だからわかる。もうあんなおばあちゃんだったもの、しょっちゅう暗証番号を変えるのもめんどくさかったでしょう。それを私は知っている。生かせ、その知識を。今こそそれを使わなくてどうする。

 まさに今、私は人生最大現に頭を回転させている。

 良い方向へ。


 次に私はさっと立ち上がってレイレイからグレンを受け取った。というよりも奪い取った。ロザチカは目を細めた。もう本当にこれは一瞬だった。グレンの小さな体の柔らかさを味わいつつ、私はぎゅっと放さない。びっくりしたグレンが泣きだしたがそれでも放さない。レイレイは取り返さない。そりゃそうだ。私との密約がある。私は信用している。

 筆子さんが近寄ったが「ダメ、離れて」 と吠えた。筆子さんはびっくりして後ずさりをした。それでいい。私はロザチカに向かって叫ぶ。もちろん日本語だ。かまうものか、私は日本人だし日本語専門だし。

「この子は私が産んだ。ロザチカ、私が産んだのよ。そして私を拉致した太后は死んだ。そう、あのスタブロギナ・プラスコヴィヤ太后よ。さあ、どうするつもり」

 ロザチカが釈放されてこの部屋に入り、太后の遺体を損壊し、次に太后の儀式のドレスを着た。この時間にして三十分もたってない。話がスピーディにすすんでいる。よし、この流れにのろう。次に私はザラストさんに向かって叫ぶ。

「ザラストさん。あなたは太后の弟で唯一私を助けられたのに。ロザチカさん同様どうして私を助けてくれなかったの。おかげで私は子どもを産んだ。でもどうする気。ゾフィさんと私をこの世にいないことにでもするの? 太后がいないまま? バカッ、あなたたち全員がバカだわ」

 グレンの小さな指が私の顔にさわった。その指が濡れている。ということは、私は今、泣いている。そう、泣いている。言葉が通じなくっても大丈夫、私はまだ感情が残っている。そして……そして。私は声を張り上げる。

「世界中の皆さん、私は生きている。私の名は爆雪ばくせつめぐみ。メイディドゥイフ王国の太后に拉致されて子どもを産んだ。ゾフィ皇太子妃が産んだことにして、私を世に隠そうとした。そこまでした結果は、国民や全世界の人々を騙してまで彼女は何をしたかったのか」

 私は呼吸を整える。

「メイディドゥイフの名誉だったら、子どもはどうでもいい。そして私のことなぞどうでもいい。太后はそういう女。でも私は生きている。多分この出産がうまくいけば、第二第三の出産を考えていたのかも。でもそれも亡くなったのでわからない。そしてロザチカも釈放された。死んでなお権力は維持できないもの。私は自由よ。自由のはず。私はこの子を連れて日本に帰りたい。坂手大臣、どうかわたしを迎えにきてください。そしてお父さん、もうすぐ帰るから待っていて」

 いうなり、ダミアンが部屋のすみにあったパソコンを足でけり上げた。私の視線で起動がわかったのか。遅いよ。ダミアンはパソコンを銃で撃った。パソコンは今度こそ完全に壊れた。筆子さんがつぶやいた。

「めぐみさん、あなた、まさか……」

 そう、そのまさか。

 いちかばちかに賭けた。私は馬鹿だったけど、日本にいた間はスマホやパソコンを当たり前に使っていた。詳しくないけれど、起動のやり方と動画の撮り方も知っている。筆子さんがおずおずと話しかける。

「……でもこの国は完全な独裁政治で全世界には通じないわよ。めぐみさん、あの……言論統制ってわかる? この王宮でしか……」

 私は筆子さんを真正面から向き合い目を覗き込む。

「死んだあのクソ太后はこの部屋で日本にいる私の動画を見つけて私を拉致したのよ。つまりこの部屋ではなんでもできるのよ」

 筆子さんは黙った。

 晩年の太后と一緒に過ごした人は子どもでも孫でもない。まったく別世界にいたド庶民の日本人。レイレイたちを動かしてDNA検査をしたとはいえ、ほんの少しの縁があるとわかると私の承諾なしに私の人生を動かした。すべてはこの部屋から始まったから、この部屋で終わりにしたい。

 グレンが泣き続ける。おむつが暖かい。

 私はレイレイに言った。

「おむつとおしりふきをお願い。今後は私がこの子を世話するからね」


 そして完全にさようなら。スタブロギナ・プラスコヴィヤ太后。

 命ってすぐに消えて肉体だけがその証に転がるものなのね。さようなら、グレイグフ皇太子。あなたは私のファーストキスの相手だったわね。でも、死んじゃったらおしまいね。

 

 




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