第十一話、取材回避のために家を出る
◎ 第十一話
お父さんは電話に出た。田中さん、と呼びかけた。外務省の田中さんだ。はい、はい、というお父さんの返事だけが聞こえる。お父さんは電話を切った。同時に私は何を言ってきたのかを聞いた。
「外務省から騒ぎになってしまったので、公式な談話を記者会見で話すということだ。事務次官の大山さんが出てくれるそうだ……家の前にいる記者たちを引き上げさせてから会見に応じるということで」
「当然でしょ」
「でも記者会見したら本人に一言コメントが欲しいとか言ってくるだろうから、外務省から差し回しの車に乗ってこっちに来てほしいと」
「えっ私も記者会見に出るの、うそ?」
「記者会見に出ろとまでは言われてはいない。とりあえず、事態を沈静化するために全力をあげるとあちらは言っている。断って昨日終わった話なのは確かだが、社会的な興味をひいてしまったんだ。外国の皇太子からの申し込みってそんなニュースは前代未聞だろ、しかも国交がないので、実態がよくわからない国ときている。こりゃマスコミが飛びつくのも当たり前だろ。だが終わった話だからめぐみはこういうことがありましたといえば、数日間は騒がれるけどあとはきれいさっぱり忘れられると思うがね」
「でも記者会見だなんてイヤよ、恥ずかしいわ。絶対に人前に出たくない」
「うーん、お父さんも実は迷っている。こういうことはどうしたらよいかなどのアドバイスなんかどこを探してもないからね。でも大山さんが出て記者会見してあとは取材自粛を要請したらそれで終わりじゃないか」
「取材自粛って取材しないでってことよね、それでいいわ、それなら私も記者会見に出なくてもいいし。大山さんにそう言ってもらってよ」
お父さんは居間のカーテンの隙間から外を覗いた。
「うん? 家の前の記者たちが車に乗り始めたようだ。外務省がぼくらの家の前の囲みを解けば記者会見に応じるとでも言ってきたのじゃないかな、よかったな」
「でも車を差し回すっていうことは私たちも外務省に行くということでしょう? やっぱりイヤよ」
「お父さんは行った方がいいと思う、昨日のことで今後何が起こるか予測がつかないんだよ。それに田中さんは強硬で、必ず来てほしいという話だった。だから支度しなさい」
「……何を持っていけばいいの?」
「お父さんにもわからないが、どうせ一日で帰れるだろうし、ハンカチぐらいでいいのじゃないかな、あともしかしたら写真を知らずに撮られるかもしれないからできるだけ身ぎれいにした方が無難かな」
私はため息をついた。自分が注目されることがこんなにうれしくないなんて。そうだ、私はバレエでも学校でも目立たない。目立ちたくない。針と糸だけあれば私は幸せなのだ。運動不足になるといけないので、週に一度はバレエレッスンを受ける。それでいいのだ。本当に私は目立ちたくないのだ。
お父さんの携帯電話がまた鳴った。
「今から田中さんと鈴木さんが普通車のバンで迎えにくるそうだ、それに乗って外務省に行こう」
「……わかったわ」
私は二階の自分の部屋に戻り今度は目立たない白いブラウスに薄いブルーのデニムのひざ下まである長めのスカートにした。靴下は迷ったが短いソックスにする。これも薄いブルーだ。
それに私は白いレースのハンカチとやりかけのお花のクロスステッチのキット、小さな裁ちばさみをそっと入れた。これは小さいサイズなのでかさばらない。
お父さんはくたびれた昨日と同じスーツだった。
記者さんたちがいなくなった頃を見計らったように再度また携帯電話がかかった。田中さんと鈴木さんが迎えにきたのだ。
お父さんが行くぞというので私も靴を履いた。玄関を開けると鈴木さんが運転席に座ったまま合図した。私はさっと外に出てお父さんはすぐに鍵をかけた。
どこからか「爆雪さん、このたびはおめでとうございます」と声がかかった。カメラを構えた人が数人私を囲んで激写した。まだ記者たちが数人残っていたのだ。私は反射的に顔をバッグで隠して鈴木さんが乗っているバンを開ける。お父さんが私の背中を押して車の中にいれた。
ドアが閉まると同時に車が発射した。
「めぐみ、伏せておきなさい」
言われなくとも私は顔を伏せた。まるで何かの犯罪者みたい! 不本意だったが結婚も決まってない使節に会っただけだというこの話、終わっているのに今からシンデレラストーリーが始まるようなテレビや新聞記事はごめんだった。私はとても恥ずかしかった。こんなことになるなんて思わなかった。
だけどこれは序の口だったのだ。




